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化学反応

 決意を固めたはいいが、決意だけで勝てるほど、目の前のゴーレムは甘くないようだ。


 鉄のゴーレムはうなり声を上げながら、セリカたちを殺そうとする。

 セリカたちはゴーレムの攻撃を避けながら、勝利の策を練る。


「……キバガミの攻撃は効かない。わたくしの魔法も効かない。そんな相手をどうやって……」


 一応、ダメ元で《火球》の魔法を叩き込むが、鉄を溶かすことは出来なかった。

 鉄を溶かすには1538度の熱を継続的に与え続けなければいけないのである。それにはセリカの火球はあまりにも小さく、貧弱すぎた。


(これでも魔法科中等部最強の白百合と呼ばれたのですが……)


 この世界には自分より強いものなどいくらでもいると思い知らされる。

 そう思ったセリカは切り札を使う。

 後方に跳躍すると、こう叫んだ。


「フィル様! あの鉄の塊を溶かしちゃってください!!」


「らじゃー!」


 と出てきたのはその切り札、賢者フィルであった。彼女は元気よく返事をすると、無詠唱で《火球》をぶっ放す。その火球はセリカが先ほど放ったものより二回りは大きかった。無論、威力も熱量も桁外れである。鉄の巨人をチョコレート菓子のように溶かす。


 それを見たシュリンは「なっ!」眉をつり上げる。


「この小娘はわたしがほしかった『美』だけでなく、最強の力も持っているというの」


 次の瞬間、シュリンの内なる声がささやく。


『ならばその力も喰らってやればいい。喰らって己が肉とするがいい』


 その言葉を聞いたシュリンはにやりとする。


「そうね、その通りね。先ほど喰らった学院生のように食べてしまえばいいんだわ」


 そう言うとシュリンは今日の夕食のメニューを考案する。


「ハンバーグの起源は北方の騎馬民族が移動の際にお尻に敷いていた馬肉が起源だという。馬肉はカロリーが低いのに美味しい。あの賢者の肉も同じかしら」


 シュリンがそう言うと鉄の巨人が光り、素早さが増す。強化魔法を付与したようだ。一瞬で素早くなる。しかし、それはフィルも同じ。いや、フィルはそれ以上に素早くなっていた。


 残像を残すようなスピードで鉄巨人の攻撃を避け、華麗に反撃を加えている。これはいくら鉄巨人を強化しても無駄だろう。周囲のものはそう思ったが、フィルには弱点があった。それは他者を思いやる優しい心である。暴食のグラトニーはそれを知っていた。


 グラトニーはシュリンを通じて言う。


「フィルローゼ! 抵抗をやめなさい。さもなければこのものたちが死ぬわ」


 シュリンはそう言うと口から玉を吐き出す。そこにはシュリンが連れ立って歩いていた魔法科と戦士科の生徒がいた。玉の中で苦悶の上々を浮かべている。


「能力を奪うために捕食したけど、命までは奪っていない。でも、わたしがその気になったらこの玉を潰せる。これがどういう意味か分かる」


 分かる。


 だからフィルは動けなくなり、それ以上、攻撃できなかった。シュリンはその隙を見逃さず、鉄巨人にフィルを捕縛させる。巨大な手がフィルを掴むと、両手で握りしめる。


 ぐぐぐ、という巨大な圧力がフィルを襲う。鉄巨人の力は巨木を軽くへし折り、岩をも粉砕する。巨大な万力のようであった。普通の人間ならば三秒でミンチになるところであるが、フィルの頑健さはこの世界でも指折りだった。苦痛は覚えるが、ミンチにまではならない。


 しかし、それも最初だけ、時間が経てばフィルの防御魔法が途切れ、ミンチとなることだろう。そう悟ったセリカは行動に出る。


「キバガミ、フィル様を助けます」


「どうやって?」


「わたくしには策があります」


 ごにょごにょとキバガミの犬耳に耳打ちをするセリカ、その策を聞いたキバガミは驚愕するが、その策しかないと腹をくくる。


「では、我らが特攻しますが、もしも失敗すればフィル様は悲しまれましょうな」


「そうね。だからできる限り失敗しないようにしないと」


 セリカはそう言うと、リュックサックの中から小瓶を取り出す。それは先ほど採取した附子硫黄だった。それが入った小瓶を握りしめながら、キバガミの背中に乗ると、シュリンの近くまで走る。


 それを見つめたシュリンは余裕綽々で迎撃に出るが、セリカは挑発する。


「先ほどの会話、聞かせてもらったわ。あなたは悪魔と契約しているのよね」


「その通りよ」


 隠すつもりもないようだ。


「捕食と言っていた。ということは暴食のグラトニーに支配されているのね」


「違うわ。わたしが支配しているの」


「さあ、それはどうだか。わたくしから見ればあなたは可哀想な道化。化け物の一器官、胃袋にしか見えないわ」


 その挑発に怒り狂ったシュリンは言う。


「ならばその胃袋で朽ちなさい。胃液で溶かしてやる」


 彼女はそう言うと大口を開ける。そこから大気を吸い込む。いや、大気だけでなく、周囲のすべてを飲み込む。これがグラトニーの能力『捕食』であった。


 こうなるのをを察していたセリカはキバガミを逃がすと、自身はその吸引の風の中に突っ込む。無論、防壁を張ってのことであるが、セリカには計算があった。


「一分、いえ、30秒でいい。30秒、グラトニーの胃液に耐えきれば、この附子硫黄が効果を現すはず」


 悪魔といえども生物。生物ならば劇毒は有効なはずであった。それで倒せないにしても、一瞬でも魔力を弱めることが出来るはず。


 その考えは正しかった。


 セリカを捕食したシュリンは悶え苦しむ。附子硫黄と胃液が化学反応を起こし、体内で強烈な毒ガスが発生しているのだ。


 もだえ苦しむシュリン、彼女は鉄巨人の肩から転げ落ち、地面を這いずる回る。

 それによって鉄巨人のコントロールは弱まる。フィルはその隙を見逃さない。


「ぬおおおおおおりゃああーーー!!」


 銀髪の少女はそう叫ぶと、巨人の両手を強引にこじ開ける。

 それが反撃の狼煙となった。

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