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ダンジョン・ティータイム

 ひっかきモグラを押したフィルたち、そのままキャンプを張ってティータイム。


「ダンジョン・ティータイムです」


 とセリカが宣言したとおり、結構本格的なお茶会だった。カップこそ木製であるが、茶葉はセリカがこだわり抜いた逸品である。


 セリカが注いだ芳しい紅茶は、ダンジョン探索で疲れた一行の身体と精神を回復してくれる。セリカ自身もほっとため息をつきながら紅茶をすすった。


 ちなみにセリカが好きなのはレモンティー。砂糖は三杯入れる。フィルが好きなのはミルクティー、彼女も砂糖を三杯。キバガミは狼なのでお茶は飲まず、ぬるめの白湯を飲んでいた。


 フィルはいつものようにごきゅごきゅ飲むと、

「旨い! もういっぱい!」

 とお代わりを所望してくれる。セリカはそれを予見していたのでお湯を沸かしておいた。


「フィル様は必ずお代わりをするので、一杯目はぬるめにしておきました。そうすれば舌を火傷しませんから」


「おお、すごいの。配慮がこまやか」


「美味しいお茶を淹れるのが淑女の条件でもあります」


「セリカはすぐに中等部に上がれそうなの」


「もしかしたら来春の昇格試験で上がれるかもしれませんが、フィルさんの状況次第では留年します」


 力こぶを作り、宣言するセリカ。セリカとしてはフィルと同じクラスで机を並べるために転科までしたのだから、自分だけ進級する意味はない。フィルが進級できないのであれば、セリカも留年するまでだった。


「それは嬉しいけど、来年にはボクは山に帰っているかも」


「山に帰るのですか?」


「うん、元々、爺ちゃんが帰ってくるまでの数ヶ月って約束なの」


「…………」


 セリカが沈黙したのは、フィルの祖父がすでにこの世の人ではないからである。つまり、山にフィルの祖父が帰ってくることはないのだ。しかし、フィルは祖父が旅に出ていると信じ込んでいるのでそのことを口にすることはできなかった。


「爺ちゃんは案外、さみしがり屋なの。ボクがいないと寂しいはず」


 それにとフィルは続ける。


「仮に爺ちゃんが戻ってこなくても、ボクは山に帰らないと。山には仲間がいるの。ハチやギンジたちも寂しがっているの」


「……そうですね。フィル様は山の中心でしたから」


 フィルと戯れる熊や狼たちの姿を思い浮かべる。


「しかし、フィル様、街にもたくさん、友達が出来たのではないですか。メイドのシャロン、新聞部のシエラ、獣人のビアンカ、男爵令嬢のテレジア」


「うん、その子たちも大切な友達なの。だから山に彼女たちの家を作るの。木の上に家を作って、そこでみんな暮らすの」


「それは楽しそうですね。ツリーハウスは子供の夢です」


「うん、セリカには特別大きな家を作ってあげる。ちょーかっこいいやつ」


「それは有り難いですが、それはまだ遠い未来の話。今はフィル様と王都での暮らしを楽しみたいです」


「うん。実は王都も好き。大好きな人たちがいるし、食べ物は美味しいし、それに便利なの。図書館というところはすごいの。いくらでも本が読める」


「王都には娯楽があふれています。本にサーカス、演劇も。王都にいる間だけでもそれらに親しみ、楽しんでください」


「うん、分かった。今度、サーカスというやつに連れて行ってほしいの。お猿さんが芸をするらしいの」


「山のお猿はしませんでしたか」


「したけど、空中ブランコには乗らなかったの。あと、『反省』という技は覚えていないの。是非、間近で見たいの」


「分かりました。王都でも有数のサーカス団のチケットを手配します」


 セリカは断言すると、三杯目の紅茶を作った。三杯目は一番熱く作る。フィルの喉も十分潤っているはずなので、濃いめに作る。フィルはそれを少しずつ飲みながら、王都でやりたいことを列挙していった。セリカはそれらすべてにうなずき、彼女の話を聞いた。


 願わくはフィルの夢がすべて叶いますように。

 フィルと一緒にそれらをできますように。

 それがセリカのささやかな願いであった。



 ダンジョン・ティータイムが終ると、フィルたちは遅れを取り戻すようにダンジョンを降りる。途中、ダンジョンのモンスターに恐れをなした参加者たちが戻ってくるのが見える。このダンジョンは初心者向けであるが、参加者は基本的にご令嬢が多い。お嬢様たちは荒事になれておらず、ダンジョンに耐えられなくなったようだ。その判断は正しい。下層で音を上げるようならば、最下層には近づけもしないだろう。


 セリカたちは脱落者を横目に地下に潜るが、途中、知り合いの参加者とすれ違う。彼女は満身創痍だった。


「なにがあったのです」


 セリカは回復魔法を掛けながら、彼女たちに話しかける。彼女は苦痛に満ちた表情で言った。


「それがモンスターと対峙中になにものかに襲われたのです。どうやら参加者のようでした」


「参加者が妨害するのはルール違反なの!」


 フィルは憤る。


「その通りですが、巧妙に妨害してきて実行委員の目を欺いているようです」


「そのものの名を聞かせてもらってもいいですか」


 女生徒はこくりとうなずく。


「私たちを妨害してきたのは、暫定一位の生徒シュリンです。恐ろしく冷たい目をした少女、貪欲な目をした少女でした」


 その言葉を聞いたセリカは「やはり……」とつぶやく。

 セリカは傷付いた少女をいたわるように見送ると、フィルのほうへ振り向いた。


「フィル様、おそらくですが、このダンジョンの最大の難関は、最下層までの道のりでも、そこにいる守護者でもないです。シュリンという女生徒が最大の難敵となりましょう」


 その言葉を聞いたフィルは、真剣な表情で「うん」と返答した。


 シュリンはあらゆる手段を用いて一位を目指してくるだろうが、フィルたちは正々堂々と彼女に立ち向かわなければいけない。フィルはこの学院の良心ともいえる存在だからだ。それに彼女には将来、この国を導いてもらわなければいけない。もしかしたら王宮が山の奥に引っ越す可能性もあるが、それでもフィルはこの国を統治するのにふさわしい人格を持っていた。


 正々堂々、聖者のように胸を張ってシュリンの挑戦を受けなければいけない立場だった。


 セリカは改めて決意を固めると、地下に降りる。

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