クッキーで休憩!!
ダンジョンは学院の敷地の外にあった。しかし、学院を出てから数時間で到着できる。もしもフィルだけならばさくっと走って速攻で潜っているところであるが、キバガミはともかく、セリカはそんなに早くなかった。
それにこれはチームワークを見る審議でもあるらしい。フィルひとりが突出してもなんの意味も無いだろう。そう結論づけると他の参加者と同じくらいの速度で歩く。
ただ、そんな中にも素早く移動するものはいる。件のシュリンは、屈強な戦士科の戦士にお姫様抱っこをされ、参加者たちを置き去りにする。戦士が疲れたら、魔法使いの魔法で素早く移動する。そんなんでは迷宮では持たないだろうに、と思うが、シュリンは不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「フィル様、我々も同じ手を使いますか。このキバガミの背中に」
「ううん、やめておくの。迷宮はどんな仕掛けがあるか分からないし、ゆっくり確実に行くの」
「さすがはフィル様です。王者の貫禄がある」
キバガミは鼻を鳴らすとそのまま歩みを進めた。すると十数分後、ぽっかりと空いた穴が見えてくる。
「あれが件のダンジョンでしょうか」
セリカは尋ねる。
「そうみたいだね」
「中に入りますが、フィル様はくれぐれも戦闘をしないように」
「うん、分かってる。今日はボクがランタン持ちがかり」
フィルはリュックサックからランタンを取り出すと、それに《着火》で火を付ける。
フィルのランタンで明るくなったダンジョンだが、奥の方にはちらほらと光が見える。
「すでに参加者は奥に向かっているようです。遅れを取り戻すために急ぎましょう」
セリカが言うと、洞窟の奥からなにものかが迫ってくる。
目のない四つ足の獣だった。ひっかきモグラである。ダンジョンによく棲息している下級の魔物だった。普段ならばフィルがデコピンで倒すモグラも今日はそうはいかない。フィルが戦えないからだ。
代わりに戦うのはセリカとキバガミ。
まずはキバガミがひっかきモグラの懐に入り込むと、喉笛に食らいつく。そのまま絞め殺そうとするが、二匹目がやってくる。そいつはセリカが魔法を喰らわせる。
「ファイアボール!」
火球の魔法であるが、下級のモンスターにはそれで十分だった。フィルのように禁呪魔法を放ってオーバーキルする必要はない。ひっかきもぐらは見事に燃え上がる。
フィルはセリカたちの連携の取れた戦いを見て感嘆の声を上げる。
「ほえ、強い。セリカってこんなに強かったんだ」
「いつもはフィル様がいますから目立たないのです。しかし、わたくしはこれでも魔法科の元主席。それに幼き頃から鍛錬を受けていますので」
「その通り。セリカお嬢ちゃんもなかなかだ。しかも、フィル様より連携が取りやすい」
キバガミは断言すると、一匹目のモグラを絶命させる。
「さて、三匹目も行くとするか」
キバガミがそう言うと三匹目、四匹目がやってきた。キバガミは三匹目を爪で切り裂くと、セリカは木の棒を出す。最初、それで撲殺するのかな、とフィルは思ったが違うようだ。
「これは理力の杖。ユグドラシルの木を削って作ったもの。持ち主の魔力を限りなくロスすることなく力に変換してくれます」
セリカがそう言うと杖は黄金色に輝く。
「おお、すごいの! まるで剣みたい」
フィルがそう言うとセリカは軽い剣舞を行う、ぶおん! ぶおん! と魔法剣独特の音が周囲に響く。
セリカは剣に痺れ属性を付加させると、それをモグラに突き立てる。セリカの剣を喰らったモグラは「きしゃあああ!」と声を上げ、気絶する。セリカはモグラの命を奪う気はないようだ。
「ここまで実力差を分からせれば、以後、襲ってはきません」
キバガミは甘いな、という顔をしたが、彼も攻撃の手を緩めた。するとセリカの宣言通り、生き残ったモグラたちは退散していった。
フィルはそれを見て大喜びする。セリカは満足げにフィルを見る。
こうしてダンジョンの緒戦を終えたが、最初に戦ってみた感想は「楽勝」というものだった。王都近郊のダンジョンであるし、そんなに危険な魔物は潜んでいないようだ。これならば余裕で最下層までいけるだろうし、他の参加者も怪我などしないだろう。
問題なのは他の参加者より先んじて秘宝を手に入れられるか、それと実行委員会の思惑だろうか。実行委員会は秘宝を持ってこいとは言ったが、秘宝を持ってきた人物の勝ちとは言わなかった。この冒険は参加者の内面を見るものだとも言っていた。つまり、フィルたちの立ち居振る舞いを見られているのである。
「この審査は参加者の心を見る競技。我々は美しい女性は心も美しいと定義しています」
と言う司会者の言葉を改めて反芻するが、セリカは軽く笑みを漏らす。
なにを心配しているのだろう、と思ったのだ。
我々にできることは最下層にある秘宝を持って帰ること。それにフィル様の役立つこと。そのふたつだけだ。仮にこの冒険がフィル様の内面を見るものだとしても、なんの問題があるか。フィル様の心は清流のように清らかだ。その唇は真実と愛のみを語る。彼女の側にいれば誰しもが幸せになれる。そんな少女の内面が低い評価を下されるわけがなかった。
そう確信したセリカは、杞憂をすべて振り払うと、水場を探した。
休憩をするのである。王都から歩いて二時間しか経過していないが、フィルは弁論審査と水着審査を行っているのだ。さぞ疲れていることだろう。
というわけでキバガミに水場を探してもらうと、その付近に《聖域》の魔法を掛け、一休み。
「秘宝は逃げませんわ。ここでしばらく休憩してから探しましょう」
セリカがそう声を掛けると、フィルははち切れんばかりの笑顔を浮かべた。
「うん! 休む! 実はさっきからセリカのリュックに入っている甘い匂いが気になっていたの」
「あら、さすがはフィル様ですね。実は甘い物を差し入れしようと、今朝、クッキーを焼いてきたのです」
「まじで! セリカのクッキーは世界一旨い」
フィルはテンションをマックスにさせながら、シートなどを敷く手伝いをしてくれた。




