必殺のスターライトエクスプロージョン
瓦礫に埋もれた大髑髏。これ以上なにもできずに千年後に化石となって発掘されるはずであったが、そうはならなかった。
大髑髏を倒したと思い込んだセリカは後方からフィルのところへ向かうが、大髑髏はその瞬間を待っていたかのように、瓦礫の中から手を出す。
にょきりと白骨化した手が、巨大な手が伸びるとその手はセリカを掴む。
「きゃああああ!!」
と悲鳴を上げるセリカ。その様子を見てフィルは顔をこわばらせる。
「セリカ!」
魔法を唱えて救おうとするが、大髑髏の手を焼けばセリカも傷付く。フィルは手も足も出なかった。
苦痛に悶えるセリカ。大髑髏はセリカを絞め殺そうとしている。
このままではセリカは殺される。だがなにもできない。もどかしい状況が続く。しかし、その状況を変えたのはモルドフだった。
「銀髪の娘よ、俺に策があるが信じるか?」
「信じるよ。だっておじさんはさっきもボクたちを導いてくれた」
「いい度胸だ。ならばこれからあの金髪の娘に《即死魔法》を掛けるんだ」
「え? どうして」
「あの大髑髏は生に執着している。金髪の娘の生命力に反応しているのだ。一瞬でも死ねばその手を緩める」
「でも、セリカが死んだら元も子もないよ」
「だろうな。だから死んだら、即座にそのポシェットの中の霊薬を使うんだ」
「これを?」
「それを即座に飲ませれば、仮死状態から復活する。時間が経ちすぎれば駄目だが」
「何分くらい耐えられる?」
「2分」
「乾麺も茹でられない……」
フィルは己の唇を噛むが、即座に決断する。このままではセリカの全身の骨が砕かれそうだったからである。
呪文を詠唱する。即死の呪文、デスの魔法を。
この魔法は禁呪魔法でもさらに使用を制限されている危険な魔法だった。フィルも使うのは初めてである。
まさか生命活動を停止させる魔法を放つ日がくるとは思っていなかった。しかも大好きな少女に向かって。
奇妙な感覚だが、あらゆる魔法を教えてくれた爺ちゃんに感謝する。爺ちゃんがこの魔法を教えてくれなければセリカを救うことなどできなかった。
爺ちゃんの言葉を思い出す。
「フィルよ、魔法には無限の可能性がある。だからあらゆる魔法を習得するのだ。いつか、必ずお前とお前の愛するものを救うだろう」
その通りだった。フィルは禁じられた魔法で大好きな友達を救うのだ。
呪文の詠唱を始める。
「暗黒の大鎌を振るうもの。命を狩る農夫の神よ。あの金色の髪の娘の命を収穫せよ。冥府への道案内をせよ」
途中までだけどね、と最後に共通言語で付け加えると、なにもない空間から黒い外套をかぶった死に神が現れる。
骸骨の顔に大鎌といういかにもな格好だったけど、死に神はいかにもな方法でセリカの命を刈り取る。大鎌を振るい、心臓に突き立てる。
物理的なダメージはないが、魂に一撃を食らったセリカの両目から明かりが消える。
呼吸をやめ、生命活動を停止させる。
セリカは死んだのだ。この一瞬で。
フィルの両目に涙が溜ったが、それを流すことはなかった。
まだセリカが完全に死んだわけではない。今後のフィルの行動次第ではすぐに蘇るのだ。最善の手を打ちたかった。
フィルは大髑髏を観察する。モルドフの宣言通り、やつは死んだセリカに興味をなくし、右手を離す。
今がチャンス!!
そう思ったフィルは、全身の魔力を解放させる。文字通りすべて。フィルの中にある魔力、生命力、根性、すべてを燃やし尽くす。
すべての小宇宙を解放する。
それを見ていたモルドフは、《転移》の魔法でセリカのもとまでワープすると、セリカを回収する。
いくらでも最強の一撃を放ってくれ、無言の合図であった。
キバガミも後方に下がり、フィルの強大な一撃に備える。
有り難い。今からフィルが放つ魔法はこのダンジョンの地形さえ変えてしまうような強大なものだった。
フィル史上最高の一撃を相手に喰らわせるつもりだった。文字通り、骨ひとつ残さない一撃。それが今、フィルが放つ究極魔法スターライト・エクスプロージョンである。
星の力そのものを体現した魔法。あらゆるものを消滅させる最強の呪文。
この魔法を教わったとき、爺ちゃんは言った。
「いいか、スターライト・エクスプロージョンは危険な魔法だ。下手をすればこの星そのものを消し去ってしまうかもしれない」
当時のフィルは尋ねる。
「そんな危険な魔法なら覚えたくない」
「そうはいかない。お前はやがて最強の賢者になるからな。この国を、この星を救う存在になるかもしれない。そのときに必要になる力だ」
爺ちゃんはそう言うと目を閉じる。瞑想をするように続ける。
「いいか、フィルよ。どのように素晴らしい正義の力でも、一歩間違えれば悪しき力となる。しかし、逆にどのような悪しき力も使いようによっては正義の力となるのだ。願わくはお前が『力』の意味を知り、それをただしく使える存在になることを祈る」
爺ちゃんはそんな台詞とともに教えてくれた。 究極魔法スターライト・エクスプロージョンを。
そして今、フィルはその究極の力を使う。大親友であるセリカを救うために。
フィルの身体が黄金色から、青色に輝く。夜空に輝く青色矮星のように光る。
まるで生命の故郷であるかのように生命力が満ちあふれる。
フィルはただそれを解放するだけだった。
「この星のゆらめく力を借りて、今、必殺のスターライト・エクスプロージョン!!」
フィルがそう叫んだ瞬間、フィルの全身を包み込んでいた青い光は解き放たれる。悪意あるアンデッド、大髑髏に向かって解放される。
ちょうど、瓦礫から脱出しかけていた大髑髏はその一撃をまともに食らう。
いや、仮に大髑髏が隼のように動けたとしてもフィルのスターライト・エクスプロージョンを避けることは不可能だっただろう。
スターライト・エクスプロージョンはそれほど早く、広範囲の魔法だった。
まるで光の根源のような一撃は、優しく大髑髏を包み込むが、その威力は優しくなかった。
溶けるというよりも消えると表したほうがいいだろう、光に包まれた箇所から消えていく大髑髏。その周囲の瓦礫も同時に消える。
地形さえ変える一撃、星さえも削ってしまう一撃、それが究極魔法スターライト・エクスプロージョンだった。
その洗礼を受けた大髑髏は、1分。正確には62秒で消滅した。
あっという間だった。あれほどの再生力を持った大髑髏があっという間に消え去った。再生するその場から肉体を消滅させたのだ。
文字通りちりひとつ残さなかった。青い光が覆った先には、なにひとつ残っていなかった。ただ、半球形の大きなくぼみがあるだけだった。
モルドフはその光景に呆れ、キバガミは大口を開け、ぽかんとするだけだったが、フィルはぼけーっとする間はなかった。
フィルは全速力でセリカのもとへ駆け寄ると、彼女の容態を確認した。やはりセリカは息をせず、両目をつぶっていた。
一刻も早く霊薬を、エリクサーを飲ませねば。
そう思ったフィルは小瓶を出すが、とあることに気が付く。
この小瓶はセリカの命を助けるものであると同時に、モルドフさんの親友を復活させる霊薬でもあるのだ。それを自分のためだけに使っていいのか、そう思ってしまった。
フィルはモルドフを見上げるが、彼は悟ったような顔で言った。
「俺の親友はもう死んでいる。しかし、そのお嬢ちゃんは死につつあるだけだ。まだ死ぬ定めにない。どちらを先に救うかは問うまでもなかろう」
「…………」
フィルはモルドフの悲しげな瞳を見つめると、決心した。霊薬を口に含むと、セリカに口移しで飲ませる。
霊薬を飲んだセリカは数秒後――、
数秒後、目を開き、こう言った。
「おはようございます。フィル様。今日もとても良い天気ですね」
見れば先ほどの魔法によってダンジョンの天井に大きな穴が空いていた。そこから青空が見えていた。
フィルもセリカと同じ光景を見るとこう言った。
「おはよう、セリカ。もう大丈夫なの」
ふたりは抱き合うと、再会を喜び合った。




