表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/172

勝利のVサイン

 元々、モルドフは悪の魔術師ではなく、王立学院を卒業し、象牙の塔という魔術師組合に就職したまっとうな男だった。


 王立学院での成績も主席、象牙の塔でも新魔法開発リーダーを務める優秀な男であったという。


 しかし、幼なじみの親友が不慮の事故で死に、彼を復活させようと象牙の塔を辞めてから、彼の転落人生は始まった。


 最終的には非合法の研究に手を染め、治安当局に逮捕されたわけだが、そのときも護民官20人ほどと大立ち回りを演じたらしい。


 つまり彼は武装した兵士20人と互角に戦えるのだ。

 それほどの実力を持っているモルドフは、フィルとて容易に倒せない。


 フィルの力の入った拳を素手で受け止め、逆に蹴りを入れてくる始末。その蹴りも重く、鋭い。もしもまともに食らえば悶絶することだろう。


 フィルの隼のような拳と、モルドフの鷹のような蹴りの応酬は10分ほど続いた。息をのませぬ攻防である。


 その間、セリカとキバガミはじっと見ているしかなかった。


「これは一騎打ち、キバガミとセリカは横で見ていて」


 とフィルに注意されたからだ。


 フィルは拳と拳で語り合い、モルドフと会話をしたいようだ。まるで拳法の達人だが、キバガミにはその気持ちが分かるらしい。


「男はときに拳で語り合うもの。背中で語り合うもの。女子供、四つ足の出る幕はない」


 女子供であるセリカにはいまいち分からないが、それでもキバガミの指示に従う。

 最強の賢者であるフィルが囚人に後れを取るとは思わなかったのだ。

 実際、戦いは膠着していたが、徐々に実力の差が現れる。


 モルドフが10発拳を放つ間にフィルは11発、モルドフが岩を裂く蹴りを加えたあとにフィルは岩を砕く蹴りを加える。


 体術だけでなく、放つ火球の大きさも一回り違った。モルドフがなんとか互角に戦えているのは実力の差を経験で補っているに過ぎないのだ。


 しかし、経験でも体力までは補えない。

 モルドフは肩で息をし始める。フィルは余裕を見せている。


 化け物には敵わないことのあるフィルだが、人間と比較した場合、その体力の差はすさまじい。フィルの体力を10とすれば一般人は1、訓練を重ねた騎士でも5というところだった。


 当然、モルドフのほうが先に息を上げる。


 フィルはその瞬間を見逃さない、隙ができたお腹にリバーブローをぶち込もうとする。


 まずは左フック気味のブローを左腹に、それでよろけたところをショートアッパー、のけぞったところにスイングを噛ましながらデンプシーロールを決める。


 それがフィルの思い描いた必勝パターンであるが、実行することはなかった。

 事態が急変したからである。


 フィルたちの後方、先ほどスケルトンたちと戦っていた間で地響きが聞こえる。



 ゴゴゴ、ゴゴゴ、と。



 地響きのあとに聞こえるは、がしゃがしゃと骨がぶつかり合う音。

 スケルトンたちは完膚なきまでに叩きのめしたはずだが。

 そう思ったセリカだが、後方を確認するとそれは間違っていなかった。


 がしゃがしゃと音を立てていたのは、スケルトンではなく、破壊されたスケルトンがひとつに集まってできた怪物だった。


 粉砕された骨、折れた骨、それらがひとつに集まって巨大な骨の戦士となっている。


 巨人のように大きくなったスケルトンは、カタカタと拳を振るわせ、それをセリカに振り下ろす。


 あまりの速さに動けずにいると、フィルが素早く対応し、セリカを抱きかかえる。

 まるで王子様のように颯爽とした動きだった。

 お姫様抱っこされながら、セリカは口にする。


「どうやら古代の遺跡の守護者のようです。倒せますでしょうか」


「倒すしかないでしょう」


 そう言うとモルドフのほうへ振り向き、宣言する。


「おじさん、一時休戦。一緒にあの化け物を倒すの」


 モルドフは一瞬、考えを巡らせたが、結局、そうするしかないと悟ったのだろう、手のひらに火球を作り出すと、それを大髑髏に投げつけることによって意思を表明する。


 大髑髏は燃え上がるが、それでも火葬することはできなかった。


 やつを倒すにはもっと強い力がいる。そう思ったフィルはセリカを安全な場所に置くと、キバガミに護衛を命じる。


 キバガミは一命に賭けてもセリカを守ると誓うと、彼女の前に仁王立ちする。

 安心したフィルは、大髑髏を倒す算段をする。


 試しに禁呪魔法のひとつである《獄炎》を唱える。プロミネンスと呼ばれるその地獄の炎は大髑髏を溶かすほどの勢いだったが、大髑髏は魔法の加護を受けているようだ。燃え溶けた先から復元していく。


「この大髑髏は再生能力を持っているようだ。厄介だぞ」


「みたいだね。どうしよ?」


 頭をひねるフィル。フィルは最強の魔力を持っていたが、それが通じないとなるとただひたすらに困る。


 そんなフィルを見かねたのか、モルドフが語りかけてくる。


「そこの魔法使いのお嬢ちゃん、俺にアイデアがあるんだけど聞くかね」


「聞く聞く」


 前のめりになるフィル。


「良い態度だ。普通、先ほどまで戦っていた相手のアドバイスなど聞けない」


「モルドフは悪い人じゃないから。私利私欲の人じゃない」


「それはどうかな。俺はな好きな女のために親友を蘇らせたいんだ。その人に笑ってもらうために頑張ってきたんだ。これは私欲だ」


「でも良い私欲だ」


 フィルはにこりと笑う。


「さて、延々と話すわけにもいかないから、要点を話すぞ。やつには最強クラスの再生能力がある。お嬢ちゃんの魔法でも仕留めきれない」


「それは痛感した」


「やつを魔法で消し去るのは大賢者とて難しいだろうが、倒すのではなく、封じることならばできる」


「おお、魔封魔法を使うの?」


「それも手だが、もっと原始的な方法だ」


 モルドフはそう言うと大髑髏の頭部を見る。そのさらに上を。大髑髏は天井に頭が付くほど大きかった。


「あの天井を崩し、瓦礫に埋もれさせればやつを無力化できる」


「おお、そうかやってみる」


 近所に散歩に行くかのような気軽な口調で応じるフィル。呪文を唱える。


「地を這う精霊よ、汝の無明の叫びを具現化せよ。大地を割れ、地を響かせよ!」


 《大地震》の魔法によって、ダンジョンは揺れる。上に横へに揺れる。すると天井に亀裂が入り、崩れ落ちる。


 その瞬間を見計らって、モルドフは粘着質の物体を召喚、それで大髑髏の足を封じる。大髑髏はなにもできないまま、崩れ落ちた天井の瓦礫に埋まる。


 岩や外壁が大髑髏を包み込む。一瞬で瓦礫に埋まる大髑髏。


「勝ったの……」


 セリカはささやくように問うた。フィルはにこりとVサインをしてセリカに答える。


 こうして大髑髏との戦いは終った――、かに見えたのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ