16.狩猟会 その1
間があいて申し訳ありませんでした。連載再開します。
コンスタントに継続するように頑張ります。
飛行機の初飛行から数日が経った。
「エル、街の方には飛行機についての噂はながれていないみたい」
エリアスの部屋で、アイアリスが報告をしていた。
飛行実験のあのとき、誰かに見られたような気配を感じたエリアスは、街で飛行機に関する噂が流れていないかを探っていた。
とはいえ、社交界などになるべく関わらないようにしていたエリアスの交流範囲は狭い。どうしようかと考えあぐねていたところ、なんとアイアリスが手を上げた。
「変な物、常識外のものについて相談が寄せられるのは魔術組合」
とのことである。そこでアイアリスに調査を頼んで数日間、彼女に魔術組合に入る情報を偵察に行って貰っていたのだった。その結果が先ほどの台詞である。
「そうですか。あのときの気配は気のせいだったのでしょうか……すまないねえイリス。僕に社交性がないばっかりに……」
「ううん、そんなことない!」
「いやそこは、『それは言わない約束だよ、おとっつぁん』とか言うところでしょう」
「え、なんでおとっつぁん……?」
「いや冗談です」
向こうの世界のお約束が通じないアイアリス相手に軽口を叩きながら、雑談をしていると、部屋のドアがノックされた。
「エリアス様、よろしいですか」
「ナーニャ? どうぞ」
ドアをくぐりナーニャが入室してくる。
「オースティル家より、狩猟会の日付が決まったとのご連絡がありました」
「狩猟会、なんだっけ……ああ、そんな話もしましたね。すっかり忘れていました」
「エリアス様、お約束は大事です。ちゃんと覚えておかないと……」
「ああ、はいはい。わかってますよ。で、いつになったんですか?」
「まったく……。開催は五日後です。猟犬や追い立て役などは向こうで用意するので、準備は弓だけで良いそうです」
「猟犬?」
エリアスは首をかしげた。狩猟というのだから、幼少期に裏山で行ったように、山に入って自力で獲物を探して狙撃する物だとばかり思っていたのだ。
「エリアス様、貴族の狩猟というのは下男や雇われの追い立て役が猟犬を使って野ウサギや狐などを主人の前まで追い立て、主人は出てきた獲物を弓で射る、そういうものです」
エリアスの勘違いに気づいたナーニャが説明してくれる。
「本来、いかに優秀な猟犬や追い立て役を擁しているかというのも、貴族の狩猟の腕前のうちなのですが、この狩猟会では参加の間口を広くするために、その辺りをダフト様が用意しているということです」
「なるほど」
優秀な猟犬を常に飼育していなければならないというのは、本格的に狩猟が趣味の貴族でないとなかなか難しいところである。普段はやらないが、軽く狩猟を体験してみたいという人でも気軽に参加してほしい、というダフトの心遣いだった。それは裏を返せば、この会がおもてなし、つまり接待の場であり、接待ゴルフのようなものであるということでもあるのだが。
「すでにお聞きかと思いますが、リース様や女性の方達もピクニックとして参加なさるとのことです」
「たしかそう言ってたね」
「エリアス様もそちらでお食事をとることになるでしょう。当日は私とアイアリスさんが同行し、エリアス様のお世話をさせて頂きます。また、護衛にイリーナさんを付けて下さい」
「つまり、いつもの四人だね」
「そうです」
気心の知れた三人と一緒であるし、色々話を聞くと、本格的な狩りではなくレクレーションのようなもののようであるし、エリアスもだんだんと楽しめそうな気がしてきた。
そこでふと、部屋の隅の寝床に「いつものメンバー」がもう一人いることに気づいて、エリアスは声をかけた。
「あ、そうだ。フィリアも行きますか?」
「んー、いいわ。私、ずっと森にいたから今さらだし。姿を消して街を散策でもするわ」
しかし、つれない返事だった。
「そうですか、騒ぎを起こさない下さいね。……それにしても弓ですか。すっかり忘れてましたが、普通の弓はからっきしなんですよね、僕。まさか銃を持っていくわけにも行かないし、クロスボウでも大丈夫かなあ」
エリアスは宙を見つめてぼやいたのだった。
◇◆◇◆
そして狩猟会の日になった。
悩んだ末に、結局エリアスはクロスボウを持参することにした。ほとんど使えない弓を持って行っても恥をかくだけである。それならクロスボウを使って笑われる方が良い、とエリアスは考えたのだった。
エリアスはクロスボウと矢だけを持って馬車に乗り込んだが、外ではまだナーニャとアイアリスが、食事や食器などを運び込んでいた。イリーナも手持ちぶさたなのか荷物運びを手伝っている。
準備が整った頃、オースティン家から案内の者がやって来た。彼の先導に従い、エリアス達一同が乗った馬車は、オースティン家の狩り場に向かったのだった。
「エリアス様! お待ちしておりましたわ」
狩猟場に着いたエリアスが馬車から降りると、既に到着して待っていたリースが駆け寄ってきた。そのまま飛びついてきそうな勢いである。
「これこれリース、はしたない」
後れてやってきたダフト氏が、リースをたしなめた。
「ダフトさん、本日はお招きいただきありがとうございます」
「いえいえエリアス殿下。今日はお互いに楽しみましょう。おっと、他の参加者も到着したようですな。リース、お友達に挨拶をしてきなさい」
「わかりました、お父様。ではエリアス様、また後ほど」
エリアスが振り返ると、いつの間にか馬車が七台停車していた。それぞれの馬車の中から貴人とお付きの者が降車していた。貴人達は女性が四人と男性が三人だった。女性達はリースと挨拶を交わし、そのまま話込んでいる。ピクニック参加組だろう。
男性陣三人はこちらにやってきた。
「久しいなダフト。前回の狩り以来か」
先頭に立って歩いてきた男が尊大な態度でダフトに声をかけた。年の頃は三十路前くらいだろうか、よく言えば恰幅が良い、悪く言えば小太りの小男だった。
「これはこれはガリアン殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
「うむ」
ガリアンは尊大な態度を崩さない。
(殿下? 王族ですか? また面倒そうだなあ……)
エリアスが自分のことを棚に上げてそんなことを思っている間に、ダフトは残りの二人にも挨拶をしていた。彼ら三人は何度かこの会に参加しているとのことだ。そうこうしているうちに、ダフトはエリアスの紹介に入った。
「ガリアン殿下、こちらはエリアス・ヴェン・フリートラント殿下です」
「よろしくお願いします」
エリアスの方を見たガリアンが、少し眉をひそめたような気がした。
(……うん?)
「カースルト王家当主、ガリアン・ヴェン・カースルトだ」
一貫して尊大にガリアンも名乗った。そこには先ほどの表情は見られない。
(気のせいでしたか……? それはともかく、カースルト王家……聞いたことがあるような……)
エリアスの脳裏に何かが引っかかった。記憶を探るが、なにせ王家とか貴族社会のことは普段全く興味を持っていない。どこで聞いたかすらおぼつかなかった。
エリアスが悩んでいる間に、他の二人も自己紹介をしていた。ダフトの商人仲間の富豪と、領地持ちの貴族らしい。さすがダフトの人脈である。裕福な人間が多い。
エリアスとガリアンという、王族の人間を二人も私的な会に呼べるその人脈は、実際のところかなりのものだった。今回の狩猟会にダフトがエリアスを呼んだのは、新しく知り合ったエリアスにそれを披露し、自分の有能さを売り込むという意味もあった。
「エリアス殿下のお噂はかねがね。こんな場所でお目にかかれるとは思ってもいませんでした」
「公の場ではほとんど見かけませんからね。功績と噂だけが宮中を飛び交っております」
富豪がリップサービスでエリアスを持ち上げると貴族もそれに乗った。一方、ガリアンは明らかに不機嫌になっている。
(うわあ、不機嫌を隠す気もないよこの人。他の二人は顔が見える位置にいないないので気づいていない……まあ、他人が褒められるのを聞いてもおもしろくないか……なんとか話題を変えよう)
「ええと……、この会に何度か参加されているということは、ガリアン殿下は狩りはお得意で?」
エリアスは少し露骨すぎる話題転換だったが、ガリアンに話を向けた。
「そ、そう! ガリアン殿下の弓の腕前はすごいですぞエリアス殿下」
エリアスの横で、ガリアンの表情をうかがって気をもんでいたダフトが、ここぞとばかりにガリアンを持ち上げる。
「ダフトよ。本当のこととはいえ、褒めても何も出ないぞ」
「いえいえ、ガリアン殿下の実力は私などでは筆舌に尽くしがたく……」
ダフトが必死におだて続けている。ダフトのお世辞攻勢を受けて、ガリアンの機嫌は明らかに良くなってきた。
(うわー……、めんどくさい人です……めんどくせー……)
その様子を見ていたエリアスは内心げんなりしていた。正直、もう帰りたい気分だった。
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