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15.飛行機

 オースティル家訪問をすませたエリアスは、今度こそ飛行機の開発に着手した。とはいえ、エリアスには完成形は見えているので、答えを知っているパズルを解くようなものである。


「それでは遅くなりましたが、飛行機の開発を始めましょう」

「やったー。まってました」


 フィリアがぱちぱちと手を叩いた。


「いくつか技術的な課題がありますが、まずは本体の前に、動力を作ってしまいましょう」

「どーりょく?」

「さすがにモーターとバッテリーでは飛行機には重すぎて無理です。ここは内燃機関の出番ですね。ふふふ……ついにファンタジー世界に内燃機関ですよ。エンジンの開発をここに始めます!」


 エリアスはそう宣言すると、単純な小型の2サイクルエンジンの設計図を一晩で書き上げた。元の世界ではラジコンカーやラジコン飛行機によく使われる、最も単純と思われるエンジンである。

 いまだ石油の確保ができていないので、燃料はアルコールを使用するつもりだった。

 構造が単純で部品数も少ない。部品単位で見ればこの世界の鍛冶師にも製造は十分に可能であるとエリアスは思っていた。


「アルコールとの混合気がちゃんと爆発してくれるかが問題ですね。例によってドノヴァンの工房に製造をお願いしますか」


 エンジンの部品の製造をお願いしに行くと、ドノヴァンはぼやいた。


「また何か面倒な物をもってきやがったな?」

「そんな嫌そうな顔しないでください」

「嫌じゃねえよ。難しい物を注文どおり、いや、注文以上の品質で作るのが職人魂ってもんだ。それにうちの工房も、おまえが持ってきたエリアス灯の製造でずいぶん儲けさせてもらったしな」


 エンジン部品の製造を待つ間、エリアスは飛行機本体の製造に入った。エリアスはまず木製の骨組みを作成した。小さなフィリアが乗れれば良いので、ちょうどラジコン飛行機くらいの大きさのものが出来上がった。


「飛行機は軽くなくてはいけません。木製の骨組みにこれを貼り付ける方式で行きましょう」

「なにそれ?……雨合羽?」


 フィリアが言ったとおり、エリアスが取り出したのは雨合羽に使われる布だった。


「これは厚手の布にムルファの木の樹液をしみこませた物です」


 ムルファの木は天然ゴムの木のようなもので、その樹液をしみこませた布は水や風をよく防ぐため、テントや雨合羽によく使われている。


「ふーん、それをこの骨に張るの? 心許ないわね」

「大丈夫です。毎年琵琶湖で行われる自作飛行機コンテストではビニール張りの飛行機が何キロも飛んでいるのです。空気さえ通さなければ全然問題ありません」

「ビワコ? ビニール?」

「いえ、何でもありません。こちらの話です」


 エリアスはムルファ引きの布で、飛行機の翼や胴の骨組みの表面を張っていった。


 こうしてできあがった試作機は、一メルト半ほどの主翼に、垂直尾翼と水平尾翼を持つ、ごくスタンダードな飛行機の形となった。フィリアが乗り込むにはちょうど良い大きさである。

 エリアスとフィリアは完成した飛行機の試作機を持って裏庭に出てきた。


「おお、なんか飛びそうな形ね!」

「当然です。飛ぶように作っていますから。大体形ができあがったので、いよいよ風洞実験をしましょう」

「ふーどー実験? 前も言っていたわね?」


 エリアスは飛行機をロープで縛ると、そのロープの反対側を地面に打ち込んだ。


「屋外なので正確には風洞ではありませんが……いきなり飛ばして空中でばらばらになったりしても困るでしょう? 地上でちゃんと飛ぶか確かめるのです。と言うわけで、今日はアイアリス先生に来ていただきました」

「エル、何……先生って?」


 そこに、エリアスに呼ばれたアイアリスがやってきた。


「イリス、この飛行機に向かって、魔術で前からまっすぐ強風を吹かせてください。僕の魔術では微風しか起こせないのです」

「ん……よくわからないけど、わかった。【強風】(ハイウィンド)


ゴウッ……!


 アイアリスの前方から、飛行機の方向に強風が吹く。風を受けた飛行機は、一瞬浮き上がったかと思うと、バランスを崩してひっくり返ってしまった。


「イリス、ストップストップ。重量バランスが狂っているのかな」


 アイアリスの魔術を中断させると、エリアスは飛行機に駆け寄って、各所におもりを取り付ける。そして、尾翼のフラップを微調整すると、またアイアリスの元に戻ってきた。


「イリス、もう一度お願いします」

「ん……【強風】(ハイウィンド)

「やった! 浮いてるわよ!」


 飛行機は、今度はバランスを崩すことなく、宙に浮いていた。ロープで地面に係留されているため、一定以上の高度にはならないが、確かに揚力が発生して浮いているのであった、


「はあ、はあ……エル、もう良い?」

「あ、イリス、もう良いです。ありがとうございます」


 魔術を長時間使ったアイアリスは肩で息をしていた。


「あとはエンジンを組み込んでから、もう一度重量バランスを取り直せば飛びそうですね。そろそろ部品ができているはず。取りに行きますか、フィリア?」

「飛んだ! これに乗れば私も空を……えへへ」


 フィリアは飛行機を見つめて動かなかった。



◇◆◇◆



 エンジンの部品を受け取ったエリアスは、すぐに組み上げて動作検証をしたが、なかなかうまく動いてくれなかった。懸念したとおり、気室の密閉が悪かったり形が悪かったりしたのか、混合気の爆発がなかなか起きなかったのだ。


「うーん、さすがに一発ではうまくいかないですね」

「エリアス、何を悩んでいるの? アイアリスがやったみたいに、私が乗り込んで魔術で風を起こせばいいじゃない」

「それはなかなか面白い提案ですが、どうやって前進するのですか? 浮くとは思いますけど」

「それは後ろから風を……」

「却下です。気流が翼から剥離して墜落します。それにずっと魔術を行使し続けるのは無理でしょう? 風が止まれば落ちますよ?」

「ううー……」


 結局エリアスは、バルブやキャブレータの形を変えた試作機を何個も作成する羽目になった。

 しかし、そのいくつもの失敗作の後、ついに動作するアルコールエンジンの製作に成功したのだった。


 エンジンを完成させたエリアスは、飛行機にエンジンとプロペラを組み込んだ。そして、アイアリスの協力のもと実験を繰り返した。


 またその際、フィリアも飛行機に乗り込み、主翼と尾翼のフラップの操作とそれによる機体の制御を練習した。その中でこまごまとした不具合を解消し、飛行機は完成に近づいていった。


 そしてついに満足いく完成度となった飛行機は、郊外での飛行実験を行うことになった。



◇◆◇◆



「いいですか、フィリア?」

「今までさんざん練習してきたんだからばっちりよ」


 エリアスとフィリア、それに乗りかかった船でついてきたアイアリスと、護衛役なので一応同行したイリーナは、街の郊外にやってきていた。あまり街に近いと、飛行する姿を住人に見られる可能性があるので、わざわざ森一つ挟んだ平地にやってきたのだった。


「そうはいいますが、実際に飛ぶとなると突風にあおられたりするかもしれないですし。危ないと思ったら躊躇なく脱出してくださいね。飛行機はまた作ればいいので」


 フィリアなら高いところから飛び降りても無事に降りてこられるため、飛行機に脱出装置はついていない。飛行機を捨てて脱出するだけだ。

 なるべく平坦な直線を滑走路に見立て、飛行機を設置する。設置された飛行機にフィリアが飛行機に乗り込む。


「では、エンジンを始動しますよ」


 エリアスがエンジンから出ているひもを引っ張り、スターターを回転させる。エンジンが回転し始め、さほど大きくないエンジン音が。聞こえてくる。


「いくわよー!」


 フィリアの操作によってエンジンの回転数が上がり、プロペラの回転が勢いを増していく。それに従い、停止していた飛行機がじわじわと前進を始めた。


「おお、進みました!」

「ん……」

「にゃにゃ……動いた!?」


 エリアスたちが見守る中、飛行機は速度を上げていく。そしてすぐに、ほぼ水平飛行状態へと移行した。


「フィリア! 機首を上げて下さい!」


 エリアスが叫ぶが、プロペラ音に遮られてフィリアには届かない。しかしその思いが届いたのか、単にフィリアが思い出しただけなのか、飛行機は機首を上げると一瞬のうちに高度を上げて、大空へと飛び立った。


「にゃー、飛んだ! 飛んだよエリアス!」

「飛んでる……」


 鳥以外のものが空を飛ぶという常識外の自体に対して、イリーナとアイアリスは空を見上げて呆然としている。

 飛行機はしばらく危なっかしくふらふらとしていたが、フィリアが操縦に慣れたのか、次第にその動きは安定してきた。上昇や下降、旋回を繰り返し、機体の性能を試しているようだった。

 やがて、周りを飛び回るのに飽きたのか、飛行機はエリアス達の上空で旋回し出した。


「にゃ、フィリアは何してるのかな」

「そうですね、満足したのなら降りてくればいいのに……あ!」

「エル……どうしたの?」

「もしかして、降り方がわからないのかも……」

「あ!」


 思わず三人は顔を見合わせる。上空ではフィリアがいまだ旋回を続けていた。


 結局、燃料切れになった飛行機が、滑空して降りてきたのは三十分ほど後だった。フィリアはそれでも果敢に軟着陸を試みたが、オーバーランして茂みに突っ込んで止まることになった。エリアス達はすぐに駆け寄った。


「うう……寒い……ぶるぶる」


 ようやく地上に降りたフィリアは、長時間プロペラの強風にあおられて、すっかり唇が紫色になっていた。


「なんだか……すみません、フィリア」


 着陸のことを考えていなかったことや、それに防寒対策を全く忘れていたことなど、様々な落ち度があったことは否めない。それをひっくるめてエリアスは謝った。


「何で謝るのよエリアス。すごいじゃない! 飛んだ! 私ちゃんと空を飛んだのよ!」

「ええ、見ていました。見事な飛行でした」

「鳥のようだった」


 アイアリスも思わず声をかける。


「えへへ……ついに飛べた」


 そうやって三人が初飛行を喜び合っていると、イリーナが鋭い声を上げた。


「エリアス! 向こうに誰かいる!」


 エリアスがそちらの方を見ると、遠くの森の端の茂みが揺れているように見えた。


「だめだ、もう逃げちゃったよ。飛んでいるところ見られたかも」

「仕方ないですね……屋外で実験を行う以上、誰かに見られる可能性はゼロにはできませんし」

「きっと大丈夫。せいぜい噂になるくらい」

「噂でもあまり広まって欲しくないですけどね」



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