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14.オースティル家

 屋敷に戻ったエリアスは、ナーニャにオースティル家について聞いた。


「オースティル家ですか? 王国建国時から続く伝統と格式のある良家ですね。経済的にも、各地との貿易でかなりの財があるようです」

「ダフトさんにはうちも貿易でいろいろお世話になっているのよ。エリアスが他家の話を聞くのは珍しいわね?」


 ルーシアが口を挟む。


「実は今度、お家にお招きいただくことを約束させられまして……」

「あら」


 ルーシアは口に手を当てると、にやりと笑う。


「あそこのお家には、確かエリアスと同じ年頃の娘さんがいたはずよね? その子の関連かしら? かしら?」

「はい、エリアス様と同年齢のリース様と仰る方がおられます」


 祝賀パーティで、様々な家の娘がエリアスにアプローチをかけようとしていたのに、それをすべてエリアスがすげなくかわしてきたのを、ルーシアはつまらなく思っていた。

 エリアスも成人したことでもあるし、浮いた話の一つもあればとルーシアは思っていた。当初はアイアリスとの仲が発展するのを期待していたが、どちらも奥手で全くそんなそぶりを見せない。ならば、外部からの刺激が必要であるとルーシアは思った。

 そして、ちょうどいい具合に刺激が降って湧いて来たようだ。


「これは面白くなってきたわね!」


 ルーシアは両の手を胸の前で握りしめて言った。



◇◆◇◆



「さあエリアス、翼の実験をするわよ!」


 エリアスが自室に戻ると、どこに隠れていたのかフィリアが現れて言った。


「さすがに今日は勘弁してください。それにさっきの話を聞いていたかもしれませんが、明日辺りにオースティル家からの招待状が届くでしょう。そうしたらそちらに出かけないといけません」


「ぶー、約束したのに」


 フィリアはまた姿を消すと、次に姿を現したのはフィリアの寝床の上だった。


「本当にすみません……ところで、それ、どうなっているんですか」

「それ?」

「姿を消しているのです」

「どうやってって言っても、普通に消えているだけよ。あなたも歩くのをどうやるのかって聞かれても説明できないでしょう?」


 人間が特に考えずに歩けるように、魚が泳げるように、姿を消すというのは、フィリアにとっては当たり前のようにできることだった。


「うーん……それと、不思議に思っていたんですが、消えている間は目は見えるのですか? 外から見えないということは、中からも見えないと思うんですが」

「見えないわよ」

「え?」

「消えてる間は中からも見えないって言ったの。真っ暗よ」

「でも祝賀パーティーで食べ物を食べに回ってましたよね? あれ噂になりそうなので次からはもっとこっそりやってくださいね……」

【魔素】(マナ)を見ているのよ」

「あ……!」


 エリアスにも集中すれば見ることができる【魔素】(マナ)の視覚、それを使ってフィリアは光学的な迷彩の中から外を見ているのだった。


「じゃあ【魔素】(マナ)を見れば、消えているフィリアも見える?」

「見えるわよ。ほら」


 フィリアが試しに消えてみせる。エリアスが【魔素】(マナ)をみると、確かにそこにフィリアがいるのがわかる。


「だから本気で隠れるときは、【魔素】(マナ)も遮断して消えることもできるわよ」


 そういうと、エリアスの【魔素】(マナ)の視界からもフィリアの姿は消えた。


「外の様子が全くわからなくなるから、魔獣とかに襲われてやりすごすときくらいにしか使わないけれどね。そうすると今度はあいつら匂いで追ってくるのよね……」


 姿を現したフィリアは、両腕で体を抱いてぶるぶると震える仕草をする。フィリアもこれまでになかなか怖い思いをしてきたようだ。


「それではフィリア、本当に申し訳ありませんが、翼の話についてはオースティル家訪問の後にまたやりましょう」

「もういいわよ。あなたは嫌がってるけど、ご近所づきあいは大事よ、エリアス。ちゃんと挨拶しておかないと、縄張り持っている鳥につつかれたりするんだから」


 フィリアにすら人づきあいの大切さを諭されたエリアスだった、



◇◆◇◆



 数日後、エリアスとルーシアはオースティル家にやってきていた。二人は応接間に通され、リースとダフトの歓待を受けていた。


「エリアス様、火竜を倒した話をぜひお聞かせください!」


 応接間のソファには、ルーシアとエリアスが隣同士に座るのが筋だとエリアスは思うのだが、なぜがエリアスの隣にはリースが座っていた。

 エリアスに話をねだるリースは、無意識にか意識してかはわからないが、エリアスとの距離を詰めてくる。リースのピンクがかったブロンドの髪がひと房、エリアスの肩に掛かり、ふわりといい香りがする。その香りにどぎまぎとしたエリアスがリースをのぞき込むと、胸が大きく開いたドレスを上から見下ろす形になり、そのまぶしい胸の谷間が目に入る。


「あ、あの! リ、リース……ちょっと近い……!」

「え……あ……ごめんなさい。私ったら」


 リースは真っ赤になって視線を俯かせる。しかしその距離を離そうとはしない。


(前世も含めると僕ももういい歳です。いまさらこんなことでは動じないと思っていたのですが……リースの胸は反則でしょう!)


 こうして、エリアスも顔を赤くしながら視線を中に泳がせることになった。ルーシアとダフトはそんな二人を温かい視線で見つめている。


「え、えーと……ごほん。火竜は僕一人で倒したのではないのです。うちの使用人(メイド)二人と、幼なじみの剣士、彼女たちがいなければ倒せなかったでしょう」

「エリアス様くらいのご身分ともなれば、使用人(メイド)を連れて行くのは当然でしょう?」

「いえ、そうではなくてですね……うちのメイドはその、ちょっと世間のメイドとは違いまして……」


 剣術の免許皆伝のメイドと、王国随一の魔術師のメイドのことをどう説明しようかとエリアスが悩む。そんなエリアスにリースが助け船を出す。


「でも火竜って強いんでしょう?」

「ええ、鱗はかたく、剣や弓矢もほとんど通じませんでした。空を飛んでは口から炎のブレスを吐いてくるのです」

「まあ怖い! それでエリアス様は、剣も弓矢も通じない相手をどうやって倒したのですか?」

「一緒に戦っていた剣士が、羽の付け根に鱗がないことに気がついたのです。そこを僕が遠くからそこを狙撃して地面に落としました」

「それで倒したのですか?」

「火竜は地面に落ちた後もブレスを吐いて、僕たちを近寄らせませんでした」

「まあ!」


 聞き上手なリースに乗せられて、だんだんとエリアスの口調にも調子が出てきた。それを食い入るように聞くリースとの間は、自然と距離が近くなる。二人はいつしか顔を寄せ合うような距離となっていた


「それで火竜の口めがけて……あっ……」

「エリアス様……? あ……」


 至近距離で顔を寄せ合っていることに気がついた二人は慌てて距離を取る。


「しかしエリアス様は、火竜討伐だけでなく、エリアス灯事業でも大活躍ですな。うちでもそこにぶら下がっております」


 ダフトが部屋の天井からつり下がるエリアス灯の指さし、場をつなげる。


「なんでも、儲け話のにおいをかぎつけて、同じようなものを作ろうと様々な者が挑戦しているそうですが、未だに成功していないとか」

「構造は単純なんですけどね」

「そう、単純そうに見えるからと同じように作っても、中の光る部分が一瞬で切れてしまうそうで。一体どうなっているのか」

「そこはまあ、企業秘密という奴です。しかし、人の口に戸板は立てられないといいます。いずれは製法を盗まれてしまうでしょう」

「それまでが稼ぎ時というわけですな……うん?そうか。エリアス殿下、ルーシア殿、そろそろ食事の用意ができたようです。食堂の方に」


 使用人からの連絡を受けたダフトがそう言って、場を締めくくった。



◇◆◇◆



「エリアス様は幼少の頃から狩猟をたしなんでおられたとか」


 ダフトが話を振る。食事をしながらの会話である。ルーシアが答える。


「懐かしいわね。アインブルクにいた頃は、エリアスが狩ってきた兎やキジが食卓にのぼったものよね。スチールなんとかという魔獣を倒したときは驚いたけれど」

「スチールタイガーです。お母様」

「スチールタイガーですら、通常の成人の儀の範囲を超えた魔獣です。それを幼少期に倒すとは……それでカースルト王家やナハティ王家が警戒してあの様な試練の課題になったと聞いております。おっと、ここだけの話ですよ」


 ダフトは声を潜めてささやくように言った。


「それはともかく、火竜を討伐なされたのも、その弓の腕があればこそですな」

「はあ……はい……そうですね」


 本当は弓ではなく銃の力なのだけど、そこはごまかしておくエリアス。


「それでですな、今度、私の友人達の間で、狩猟会のようなものがあるのですが、エリアス様も参加なさりませんか?」

「狩猟会?」

「半分ピクニックのようなものです。町の外の狩り場まで遠出して、男連中は適当に兎や鳥を狩る、女連中は野点をして楽しむ、そういった感じです」

「エリアス様がいらっしゃるなら、私も参加しますわ」

「えーと」」


 エリアスは少し焦る。クロスボウや魔導小銃のおかげで、魔獣と戦えるほどの射撃力を得ているエリアスであるが、実際のところ、弓の腕はひどいものである。純粋に弓しか使用できないとなると無様な姿を見せてしまうだろう。


「いいじゃないエリアス。こうやって交流を広めるのも」

「……はい、わかりました」

「おお、それはよかった。ではまたいずれ日時が決まりましたらご連絡いたします」


 ダフトとルーシアに軽く乗せられた感じがするエリアスだったが、


「エリアス様、楽しみですわね」


 純粋に楽しそうなリースの顔を見ると何も言えなくなってしまった。


「そうですね。楽しみましょう、うん」


 エリアスはリースに向かって笑いかけた。そして、リースはその笑顔ぽーっと見つめるのだった。


 エリアスとリースがそんなやりとりをしている間に、ダフトとルーシアは仕事の話に入っていたようだ。


「やはり貿易は情報の鮮度が命ね」

「しかし伝書鳩を飛ばしても、その速度には限度があります。それに鳩では確実性に欠ける……」

「そうなのよね。瞬時に情報がやりとりできれば儲け放題なのに」

「世の中そんなに簡単な儲け話はないということですな」

「遠くと情報のやりとりをしたいのですか? 距離にもよりますができますよ?」


 エリアスが口を挟む。ぎょっとした顔をするルーシアとダフト


「一番簡単なのはそうですね、エリアス灯を隣の町とつなげればいいんです。点滅のしかたで合図を決めておけば、たとえば二回点滅が『はい』で三回だと『いいえ』のようにいておけば、瞬時に連絡できますよね?」


 だんだんと言葉とその重要性を理解していくルーシアとダフト。


「エリアス灯だとそんなに点滅をさせたらすぐ切れてしまうから、イヤフォンでも付けて電信にした方がいいですね。もういっそ電話の方がいいか」


 だんだんと独り言になっていくエリアスの言葉がダフトの耳に入っていることに気がついたルーシアがエリアスを止めた。


「エリアス、ストップストップ! ……ダフト様……今聞いたことは」

「はい、無論他言無用です。しかし事業化の際にはぜひ一口乗らせて頂きたいものですな」

「仕方ないですわね……エリアス。もうちょっと自分の言葉の影響を考えて喋りなさい」


 ルーシアにしかられるエリアス。そんな様子を見ていたリースは、


「エリアス様……すごい……」


 エリアスへの評価をさらに高めていたのだった。



◇◆◇◆



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