17.新たな武器
エリアスとイリーナがいる道の少し先に、体長3メートルの大白虎が飛び出してきた。青年団が山狩りで倒そうとしているスチールタイガーであろうことは、エリアスにはすぐにわかった。
大白虎の体には数十本の矢が突き刺さり、腹からは血が流れている。満身創痍といった風体だったが、その足取りは力強く、大きなダメージを受けているようには見えなかった。森から飛び出して目が慣れないのか、その場にとどまって息をついている様子だ。
大白虎の背中に剣山のように突き刺さった矢を見て、エリアスは思わず叫んだ。
「何が矢を滅多打ちにすれば倒せる、ですか! やっぱり無理じゃないですかー!」
「あ、馬鹿、エリアス! しーっ!しーっ!」
大声でツッコミを入れてしまったエリアスに、イリーナが慌てて声を抑えるように言った。
しかし時すでに遅し、声に気づいた大白虎が、ゆっくりと頭をこちらに巡らせる。その目にエリアスとイリーナの姿が映った。
「にゃ……。こっち向いた! こっち向いたよ!」
「大丈夫、まだこちらの様子をうかがっています」
「なんか強そうだよあいつ」
「めちゃくちゃ強いです。こないだあれの子供相手に死にかけました」
エリアスとイリーナは小声で相談する。まだこちらの動きを探っているのか、大白虎にまだ動きはない。
「どうする? 戦っちゃう? 剣もあるし」
「だからスチールタイガーに剣の斬撃は効かないんですってば」
「え、あれがスチールタイガーってやつなの?」
虎を知らなかったイリーナは、スチールタイガーを本当に大きな白猫のようなものだと思っていた。今日、山狩りが行われているという情報も知らなかったため、イリーナは実は状況がよくわかっていなかった。
「じゃ、逃げる?」
「あいつはめちゃくちゃ足が速いです」
「もう、エリアスは文句ばっかり! どうすればいいのよ!」
「逃げましょう!」
大白虎はまだこちらに明確な敵意を向けていない。今のうちなら逃げられるかもしれない。エリアスはイリーナに目配せをすると、じりじりと後ろに下がった。一歩二歩と歩き、そこから二人で全力で走り出す。
「はあ、はあ、どう?」
「うわ、なんかこっちに来ようとしてますよ!」
二人が走りながら振り返って確認する。大白虎は、逃げる獲物に本能が刺激されたのか、こちらに歩を進め始めていた。最初は何となく歩いているような速度だったが、徐々にスピードを上げて走り始めた。
「にゃー! なんで追ってくるの!」
「知りませんよ! はあ、はあ……、重い!」
「エリアス、その棒捨てちゃえば?」
二人は叫びながら走る。エリアスはショートソードに加えて2本の鉄棒を肩に担いで走っているので、だんだんイリーナに対して遅れてきた。そして後方の大白虎は完全に追いかける体勢に入っていた。
「イリーナ、あいつが走って追ってきます! もうどのみち逃げ切れません」
「ええっ!?」
「それにこのまま逃げたら街に連れ込んでしまいます」
「しかたないね。ここで迎え撃とう!」
イリーナはそう決断すると行動は早かった。その場に立ち止まると、即座に反転し大白虎に向かって駆けだした。
エリアスはどう行動するか少し迷う。スチールタイガーに剣で挑むのは無謀である。突きを主体に戦えば可能性はあるかもしれないが、エリアス達の学んでいる剣術は、基本的には切る動作が主体に考えられているため、動きがかなり制限される。
しかしイリーナ一人を戦わせることはできない。それに、超音波ショートソードならば少しは戦えるかもしれない。そう考えてエリアスも大白虎の元に向かった。
大白虎から逃げているときは、イリーナはエリアスに速度を合わせていた。しかし、イリーナは全力疾走で大白虎のもとに向かった。獣人の身体能力を持つイリーナが全力で駆けたので、エリアスを簡単に振り切ってしまった。イリーナは単身、大白虎と全速で正面から激突する。
ガアウゥ!
大白虎がイリーナに飛びかかる。イリーナは正面から受けて立つ。大上段から大白虎の脳天に剣を振り下ろす。いかに毛皮が刃を受け付けないといっても、頭蓋をたたき割られては無事ではいられない。たまらず体をよじってこれをかわした大白虎の側面に、イリーナはすれ違いざまに剣を叩きつけた。しかしその刃はやはり、毛皮に阻まれてダメージを与えられなかった。
着地したイリーナは、その足に力をためると、そのまま全身のバネを使って大白虎に飛びかかる。全身の力を込めて首筋に剣を突き入れようとしたが、大白虎は迫る切っ先をかわした。大白虎はそのまま、イリーナの剣を持つ手をかみ砕こうとした。
危険を察知したイリーナは、剣をすぐさま地面に突き立てた。剣を支点に体を倒立させると、そのまま一回転して白虎から距離を取った。大白虎は追撃をかける。瞬間移動としか見えない速度の踏み込みでイリーナに飛びかかると、右前足の爪、牙、左前足の爪と三連続攻撃で強襲する。
イリーナは後転してそれを避けるた。そのまま後ろの木の側面を蹴って、反動でその身を空中に躍らせる。そして落下の勢いを乗せて大白虎の背中に剣を突き立てようとした。しかし寸前で大白虎は横にステップしてこれをかわした。
エリアスが遅ればせながらイリーナと白虎の近くに着いたとき、両者はこのように、飛び回り、体を入れ替え、激しく戦っていた。双方とも【身体強化】を時々使用しているのか、目にも見えない動きで加速したり、跳躍して空中戦を行ったりしている。
(スチールタイガーもたいがいだけど、イリーナの動きももう人間の動きじゃないよ! これにどうやって介入しろっていうんだ!)
エリアスは、後生大事に担いできた鉄筒を近くに捨てると、超音波ショートソードを構えて攻撃の機会をうかがった。しかし、戦っている両者の動きがあまりに激しすぎてタイミングを計れないでいた。
「ええい、見ていても仕方がない! イリーナ、加勢します!」
エリアスは意を決して両者の攻防に割って入る。【身体強化】を使用してスタートダッシュをかけると、超音波ショートソードに【魔素】を流し込み起動する。そしてそのまま大白虎の胴に斬りかかった。
ザンッ!
イリーナとの戦いで余裕がなかったのか、それとも剣の斬撃など気にするまでもないと思ったのか、大白虎はその斬撃をよけることもなく胴にまともに食らった。
ショートソードの超音波振動が毛皮を切り裂き傷を与える。しかし浅い。もう一撃、と踏み込もうとしたその時、エリアスの体は右手から超高速で飛んできたイリーナとぶつかってしまった。思わずエリアスはたたらを踏んだ。
ガアアッ!
二人が体勢を崩したのを好機と見た大白虎が、エリアスに襲いかかる。あわやエリアスが二の腕を食いちぎられそうになったその瞬間、イリーナが大白虎の頭に剣を叩きつけ軌道を変えた。そしていまだ体勢が整わないエリアスを後方に蹴り飛ばした。
「にゃー、もうっ! エリアス邪魔。遅い!」
怒られた。もはやレベルが違いすぎてエリアスには手出しができない。下手に介入してもイリーナの邪魔にしかならなかった。
ならば、とエリアスは叫ぶ。
「イリーナ、この剣を使ってください! 剣に【魔素】を込めれば、そいつの毛皮でもなんとか切れます!」
超音波ショートソードをイリーナの近くに投げた。イリーナは自前の剣を左手に持ち直し、超音波ショートソードを右手に拾った。そして、二刀流で大白虎に斬りかかっていった。
「にゃー! てやー!」
二本の剣によって手数が増えたことで、押され気味だったイリーナが立ち直った。イリーナは左手の通常のショートソードで大白虎の攻撃をいなしながら、右手の超音波ショートソードで攻撃を加える。超音波ショートソードによって、大白虎の毛皮に小さな傷を与え始めた。突きを巧みに使い、毛皮を突破する傷もいくつか負わせた。しかしどれも威力に欠けた。
もう、直接戦闘ではエリアスにできることはない。何か他にできることはないか。一つだけあった。
「これはただの思いつきで、部品の試作もさっき受け取ったばかりで、本当に使えるかわからないけれど……!」
イリーナは善戦しているが、攻めあぐねている。大白虎を倒すのは難しいだろう。激しく動き続けていて、体力もいつまでもつかわからない。エリアスは賭けに出ることにした。
エリアスは急いで先ほど捨てた鉄筒のもとに向かった。布をはぎ取り中身を取り出す。中には細い鉄の筒と、ほぼ同じ長さの細い木の棒が入っていた・
鉄筒は一見ただの筒に見えた。しかし、筒の一端はふさがっており、片側のみが開口していた。
さらにエリアスは、ドノヴァンから受け取った皮袋を取り出した。中には数十の鉛の球が詰められていた、その中からいくつかをつまみ出す。
「ええい、精度が悪い! これは微妙に径が大きい、これは小さすぎる。これがだいたいぴったりか」
鉄筒の穴にぴったり合う鉛玉を選定したエリアスは、それを穴に放り込んだ。そして、鉄筒と一緒に入っていた細い木の棒を使って、鉛玉を筒の奥に押し込める。
そして、鉄筒を抱えて戦闘の場に戻った。
「イリーナ! 一〇秒、いや五秒、そいつの動きを止められませんかっ!?」
大白虎から数メルトほどまで近づいたエリアスがイリーナに叫んだ。
「にゃー、無茶だよっ! でもこのままじゃジリ貧……。わかった、やってみる!」
縦横無尽に飛び回り大白虎を攪乱して戦っていたイリーナは、エリアスのリクエストに応えるため、正面に回った。そして両手の剣を交差させると、大白虎の口に押し込んだ。
「ぐ、エリアス、ボクの力じゃ長くは持たない!」
イリーナは、両手の剣で大白虎の頭を押さえ込んだ。しかし、今まではスピードで翻弄してなんとか戦ってきたが、イリーナの九歳の小さな体にはパワーはない。大白虎は剣を噛み締めると、イリーナごと持ち上げて振り回そうとする。イリーナの体躯は今にも吹き飛ばされそうだ。
(本当は頭を狙いたかったのだけど、イリーナに当たってしまう!)
決死のイリーナが作ってくれた千載一遇の好機に、エリアスはさらに大白虎に近づき、数歩の位置まで来ると鉄筒を大白虎の体に向けた。筒はまっすぐ心臓の位置を指している。
「銃床も照準もついていないけど、この距離なら確実に当たります! 【爆発】!」
エリアスの指先から流れ出た【魔素】が、鉄筒の尻にねじ込まれた魔導ネジを通って筒内に浸入する。そして筒の一番深いところで【爆発】が発動した。
筒内の最奥に押し込まれていた鉛玉の、さらに奥で小爆発が起きた。密閉空間で発生した爆発は、鉛玉を外に向かって押し出す。行き場を失った爆発のエネルギーは筒内で鉛玉を加速させた。筒の腔内で加速を受け続けた鉛玉は最終的に音速の数倍に達し、ついには筒から射出された。
ターン!!
銃声が鳴り響いた。
超音速で鉄筒から射出された鉛玉は、大白虎の硬い毛皮を突き破った。そして勢いそのままに心臓を貫いて止まった。
心臓を撃たれた大白虎は一瞬動きを止める。そしてふらふらと二、三歩歩くと、
どうっ……!
地面に倒れ伏した。
大白虎の動きを押さえていたイリーナだったが、完全に動かなくなったのを確認して、やっと一息つく。
「はあ、はあ……。な、なにいまの。その筒。魔術?」
イリーナが息を整えながら訊ねた。今まで散々攻撃を与えても致命傷を与えられなかった大白虎が、一撃で倒されたのをみて驚愕していた。
「先込め式の銃……の、銃身です」
エリアスが答える。
「ジュウ?」
「まあ、魔術ですよ」
「あ、いま面倒になって適当に答えたでしょ!?」
極度の緊張から解放されて、二人は軽口をたたき合った。
「あー、疲れたー。もう動けない!」
イリーナが地面に仰向けに倒れ込んだ。【身体強化】を駆使して無理な機動で高速戦闘をしたので、もうくたくただった。
「屋敷が近いから、ナーニャを呼んできます。後のことは任せましょう」
「お願ーい。ボクはここでスチールタイガーの死体見張ってるよ」
大して戦闘に参加できなかったので疲れていないエリアスは、ナーニャを呼びに屋敷に走った。
◆◇◆◇
エリアスに呼ばれたナーニャは、スチールタイガーの成獣にエリアスが遭遇したことを聞いて卒倒しそうになり、さらに子供二人でとどめをさしたということで気を失いそうになったが、状況を理解するとすぐに事後の手配を行った。状況から山狩りに行った青年団が大きな被害を受けていることが予想できたため、まずは医師や治癒魔術の使い手を手配し、救急救命活動を行った。
アインブルク青年団の被害は、死者2名、重軽傷者15名と、かなりのものだった。そもそも青年団は戦闘のプロというわけではなく、個々の戦闘力では、子供であるが人間を超えつつあるイリーナに大きく劣るものだった。それが、稚拙な作戦とその失敗によって被害を大きくしたのだ。
スチールタイガーの成獣は、青年団の攻撃でふらふらに弱って逃げ出してきたところにエリアスとイリーナが遭遇し、二人がかりで戦って、剣を心臓に突き立ててなんとかとどめを刺した、ということになった。
実際のところ、遭遇時にはあまり弱っていなかったのだが、青年団がスチールタイガー退治に失敗し、あげく街の方にを逃して、途中遭遇した子供の命を危険にさらした、という失態の事実だけでは責任問題に発展しかねず、今回大きな人的被害を出している青年団においては組織の崩壊の危機であった。
それに、子供2人で戦闘能力の残っている状態の三メルトのスチールタイガーの成獣を倒した、という話は信憑性が全くなかった。ナーニャと相談して、そういったもろもろの大人の判断で、今回は青年団に花を持たせることにしたのだった。
しかしナーニャは、前回のスチールタイガーの子供に続きついには成獣を倒した事実を受け止め、エリアスへの評価をかなり上方修正したのだった。
◆◇◆◇
魔法で爆発を発生できるなら、火薬なんてなくたって銃火器とか作れるじゃない。




