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14.魔獣

 狩りをしたり、武術の訓練をしたりと、いつもと変わらぬ日々を過ごしているうちに、エリアス達はいつの間にか4年生になっていた。アイアリスは相変わらず学校にいる。しかし、年齢的にそろそろ学校にいられる限界に達しつつある。エリアスがそれとなく今後の進路のことを聞いてもはぐらかすばかりだった。


 その後、イリーナは剣術の訓練にたびたびエリアス宅を訪れるようになった。イリーナが来ると、エリアスは普段よりハードな訓練を一緒にナーニャに指導してもらう羽目になった。エリアスは、自身の剣の腕も多少はマシになってきたと感じていたが、それはあくまで元の世界の基準での話で、ナーニャやイリーナに比べたらまだまだであった。


◆◇◆◇



 その日、エリアスはいつものように狩りをしていた。兎を一羽しとめ、もう一、二羽狩って帰ろうと探していたところだった。

 獲物がなかなか見つからなかったため、いつのまにか、いつもより森の深いところにまで入り込んでいた。


「いけない。ちょっと深いところに来ちゃったか」


 そう独りごちたエリアスだったが、あまり不安は覚えてはいなかった。敷地は魔獣よけの柵内にあるはずで、まだ柵は見ていないため、敷地内であろうと予想できた。


「せっかくだから、その柵というのが見えるところまで行ってみるのも、良いかもしれません」


 今日はあまり獲物も見つからないし、敷地の果てまで散歩して帰るのも一興かと考え始めていた。そんなときに、それを見つけた。


(なんだろう……、兎とは違う獣……?)


 木々に遮られて通常の視覚ではまだ見えなかったが、兎を探すために展開していた【魔素】(マナ)の視覚に、大きめの生き物が映った。エリアスが狩りを始めてからしばらく経つが、兎と鳥以外の小動物に出会うのはこれが初めてだった。

 ここから少し先、二〇〇メートルくらいだろうか、樹がやや開けたところがあり、その生物はそこにいるようだ。一カ所に佇んでなにやら体を動かしている。


 エリアスは、しばらく【魔素】(マナ)の視覚で観察していた。しかし、目標の生物はそこから動かないようだった。そこで、目視で直接確認をしてみようと思った。エリアスから右手方向に、やや樹が薄い面が広がっており、そちらに移動すれば直接に目標が見えるかもしれない。そう考えて、気づかれないように細心の注意を払い移動を開始する。距離はそのままに、大回りして目標が見える位置を探す。


 なるべく音を立てずに横に二、三〇〇メートルほど移動したときだった。エリアスの目に、ついに生物の一部が視界に映った。


(あれは……、虎? 白虎か?)


 そこには白銀に輝く虎のような生き物がいた。全長は一メートル半に満たず、エリアスが考える虎からすると少し小さめで、銀色に黒の縞模様の毛はとがっており硬そうだ。口からは二本の上の犬歯が大きくはみ出しており、獰猛なサーベルタイガーを彷彿とさせた。


 白虎は兎をむさぼっていた。兎の腹を割いて内臓を食べていた。隣にはもう一つ兎のあばら骨が転がっているので、二羽目の獲物なのだろう。


(どうしようか……)


 エリアスはしばしの間考えた。虎にしては小柄とはいえ、エリアスの身長ほどもある明らかな肉食獣である。危険を冒して戦いを挑んでも良いことは何もない。このまま気づかれないうちに逃げるのが、正しい選択のように思えた。しかし、


(この距離なら、気づかれずに一射くらいはできるかも……)


 つい魔が差してしまった。魔術複合クロスボウの射程は一〇〇メートル以上。威力も今までの兎狩りで実証済だ。そして、彼我の距離はまだ一〇〇メートル以上あり、樹の陰から狙撃している限り、向こうに見つかる危険は限りなく低いと思える。ならば、クロスボウの威力を試してみたい。そろそろ兎は飽きてきた。そういった思いにとりつかれてしまった。

 一射だけ行って、無理ならすぐに隠れるなり逃げるなりしよう、エリアスはそう考えた。


 クロスボウの巻き上げ器のハンドルを持つと、ゆっくりと時間をかけて音を立てないように弦を巻き上げた。そして、矢筒から矢をつがえると、樹に隠れるようにして、体をさらさないようにして、慎重に白虎を狙う。


【遠視】(スコープ)!)


 魔術で望遠鏡を作り上げ、照準を合わせる。


【竜巻】(トルネード)! 発射!)


バシュッ!


 矢が発射された。魔術で螺旋状の回転を加えられた矢は空を裂いてまっすぐに飛んでいく。


ダンッ!


 矢は白虎の前足に当たり突き刺さった。

 一心不乱に兎を味わっていた白虎は、突然の痛みに飛び上がった。地面を転がって矢を引き抜こうとするが、深く刺さった矢はそう簡単には抜けはしない。


(よし、こちらには気づいていない。行ける!)


 地面に身を投げ出し暴れ狂っている白虎を見たエリアスは、二射目を準備する。巻き上げから矢をつがえる一連の動作の後、狙撃に入る。二射目が放たれた。


バシュッ!


 先ほどと同じ勢いで放たれた二射目は白虎に吸い込まれていく。そして、白虎の腹に矢が着弾しようとしたまさにそのとき、


(避けた!?)


 白虎は、目に見えないような速度で後方に飛びずさって矢を避けた。そして矢が飛んできた方向を正確に把握すると、首を巡らせてそちらを向いた。

 次の瞬間、エリアスは正面から白虎の視線に射貫かれた。エリアスと白虎の目が合った。



◆◇◆◇



「まずい! まずいヤバい! あれはヤバいです!」


 目が合った瞬間、エリアスは全速力で逃げに入った。白虎がそれを追う。


 白虎とエリアスの間には木々が所々に生えていて、まっすぐに追ってくることはできないが、その距離はせいぜい一〇〇メートルしかないのである。四足獣である白虎が本気で走ったら、ものの十秒たらずで追いつかれてしまう、そういった距離だった。


 白虎は前足の一本に矢が刺さっているせいで、全力疾走ができずに、白虎としてはゆっくりとした速度でエリアスを追ってきた。対するエリアスは、走りながら巻き上げを行おうとするが、ハンドルで省力化されているとはいえ。強弓の巻き上げはそんな片手間にできる作業ではない。そしてそんな作業をしながらの逃走が早いわけがなかった。何十秒とたたないうちに、後ろからは獣の息吹が聞こえてきた。


ガアアァッ!


 白虎は咆吼してエリアスに飛びかかった。エリアスはその直前、地面に体を投げ出して、転がってこれを避けた。

 エリアスは転がりながらクロスボウを捨てると、藪を進む際のなた代わりに使っている大ぶりのナイフを腰から抜いた

 そこに、先ほどの跳躍から着地し反転してきた白虎が、エリアスにのしかかってきた。


ガルゥゥッ!


 白虎は、叫び声を上げてエリアスの首を食いちぎろうとする。下に組み伏せられたエリアスは、ナイフとは逆の手に砂利を掴むと、白虎の顔の前に放り投げた。そして


【爆発】(エクスプロージョン)!」


 エリアスは自分の目と顔を腕で守ると、空中にある砂利の中心に【爆発】(エクスプロージョン)の魔術を実行した。爆竹よりもう少しだけ強力な小爆発が発生し、砂利を全方向に撒き散らす。


バチッバチバチ!


 目に見えない速度で飛んできた砂利は、エリアスにも降り注ぐ。腕で目を守ったエリアスには、かばいきれなかった頬にいくつも切り傷ができた。しかし、大したダメージはなかった。一方、至近距離でまともに食らった白虎はたまったものではなかった。


ギャンッ!


 むき出しの目と鼻に超高速の砂利を食らった白虎は、思わずひるんだ。エリアスは、この好機にナイフを白虎に首に押しつけ、体重をかけると、そのまま体勢を入れ替えて地面に組み伏せる。


ギンッ!


「え!?」


 そのまま白虎の喉を引き裂こうとしたエリアスだったが、しかしナイフは白虎の毛皮に止められてしまった。硬くとがって見えた白虎の毛はその見た目の通り、針金のような硬度を持っていたnのだ。硬いと言っても、ナイフの刃が欠けるようなことはなく、数本の毛は切断できている程度なのだが、硬い毛が何本も重なり合った毛皮を切り裂くことはできなかった。

 白虎は、まだ目に入った砂利に苦しんでいるが、このまま時間をかけるとすぐに逆襲されることは明らかだった。


 万策尽きたエリアスは、次の一手を考える。その間にも虎は体重をかけてきて、エリアスの動きを封じてきた。


「はあっ、はあっ……この、体勢から、抜け出すのは無理ですか! この状態から使えるのは………そうだ!」


 エリアスが思いついたもの、それはまだ思考実験の段階で、実際には上手くいくか実験してない奥の手だった。


【振動】(バイブレーション)!」


 【振動】(バイブレーション)は子供用魔術冊子に載っていた、物を振動させる魔術である。エリアスはこの魔術を振動数を可能な限り高めるように制御して、ナイフの刀身に対して使ったのだ。


キーン!


 澄んだ甲高い音をたて、ナイフが振動する。エリアスが全力でそれを白虎に押しつけると、ナイフが、硬く拒んでいた毛皮にじわりじわりと食い込んでいく。

 微細な極短周期振動を刃に発生させて部材に刃を食いつかせるナイフ、これは超音波ナイフ、超振動ナイフと呼ばれているものである。あるいはあるアニメ作品で有名になった呼称を用いるなら、プログレッシブナイフである。


 相変わらず、エリアスの首の根に食いつこうと暴れる白虎。一方、エリアスはナイフに力を込め続ける。徐々にナイフが毛を切り裂いていく。



「やった、いける……この!」


 数秒の後、エリアスと白虎の力比べが続いたが、数秒の後ついにナイフが毛皮を貫いた。ナイフが白虎の首に到達し、白虎の喉から血しぶきが上がる。エリアスはナイフをそのまま肉に突き立てる。


ガハッ!


 ついに、喉にナイフを突き立てられた白虎は小さく断末魔の声を上げると、その体から力が抜ける。どう、と音を立てて倒れる白虎。白虎はそのまま地面に血を吐くと動かなくなった。



◆◇◆◇



 なんとか白虎を倒したエリアスは、屋敷に戻ってナーニャを連れてきた。泥だらけで傷だらけのエリアスの姿に卒倒しそうになったナーニャがルーシアを引っ張ってきて【治癒】(キュア)の魔術をかけさせたりしたのだが、なんとかなだめて白虎の死体のところまでナーニャを連れてきたのだった。


「これは魔獣! 魔獣の侵入を許すとは! 私の管理が行き届いておりませんでした……」


 エリアスを危険にさらしたことが堪えているのか、ナーニャはしゅんと小さくなっている。


「だ、大丈夫だったんだから、そんなに気を落とさないでよ」

「いえ、エリアス様にもしものことがあったらと思うと私は!」


 その後ナーニャをなだめて話ができるようなるまで、しばしの時間が必要だった。



「これはスチールタイガーの子供ですね。やっかいな魔獣です」


 何とか立ち直ったナーニャが話し始める。


【身体強化】(ブースト)で四方の樹を足がかりに飛び回り、その体毛は鉄のように硬く刃物を寄せ付けません」

「やっぱり魔獣だったんだ?」

「はい。子供とは言え、エリアス様、よく仕留めましたね。弓矢や槍での刺突は毛をかき分けて何とか体に届きますが、刃物で切りつけても剛毛に阻まれてなかなか通じないはずなのですが」


 掻き切られた白虎ののど元を観察しながらナーニャが首をかしげた。たしかに切りつけたエリアスのナイフは普通には通じなかった。普通ではない方法で通したのだが。


「魔獣の死体は放っておくと、体内に魔素結晶があった場合、周囲の【魔素】(マナ)に悪影響が出るかもしれません」

「魔素結晶?」


 魔素結晶とは、【魔素】(マナ)が結晶化した物で、【魔素】(マナ)を吸収し続けた魔獣の心臓の近くにできると言われている。魔術を使用した魔導具を作るための材料になるため、高価で取引されているとのことだ。


(魔導具ってなんだ? また新ワードだ……)


「この魔獣は毛皮が硬いのでいまの手持ちの道具では解体できません。専門の業者に頼みましょう」


 こうして、後日魔獣解体にノウハウのある業者を呼んで解体してもらうことになった。



◆◇◆◇



ゲーム風に言うと属性「貫通」は効くけど「斬撃」は効かないとかそんな感じ。

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