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10.はじめてのおつかい

 二年生になってしばらく経ったが、学校生活が大きく変わることはなかった。午前中はアイアリスと読書等をしてすごし、午後は授業を受けた。変わったことと言えば、登下校をナーニャの手を借りずに一人で行うようになったことくらいだ。


 その日の午後の授業は内容は、あいかわらずゆるゆるの雰囲気で簡単な内容だった。社会の授業だ。最近の社会の時間は、お金のことや買い物のやりかたについて学んでいた。

 お金の単位はディールで、この国の貨幣には、銅貨と大銅貨、銀貨、金貨の種類があり、銅貨が一ディール、大銅貨が二〇ディール、銀貨が二〇〇ディール、金貨が四〇〇〇ディールとなっていた。普段の買い物で使うのは銅貨か大銅貨がほとんどで、銀貨は両替商での両替が必要になる場合が多く、金貨にいたっては庶民の生活ではまずお目にかかることはない。果物が1つ一ディール程度、五から一〇ディールほどあれば、安めの店で食事ができると、実例をあげて金銭感覚を教えてくれた。


(1ディール一〇〇円くらいかな。となると金貨は約四〇万円か。でかすぎるだろ。まあ使わないよな)


 エリアスは日本円との独自換算レートを暫定的に脳内で策定した。食料品以外はまた物価が違うのかもしれないので、あくまで暫定だ。


 お金の勉強が終わると、お店での買い物のしかたを教えた。店員役と客役に分かれてのロールプレイなども行い、物を購入して、適切な硬貨を支払い、おつりと品物を受け取るという一連の行動を、全ての子供ができるようになった。


 その後、この街、アインブルクの地理と、食料品を売るマーケットや、商店街の場所等をみんなが覚えた頃に、先生は言った。


「それでは来週は、実際に街でお買い物をしてもらいます。お家の人と相談して買ってくる物を決めてください」


 来週は実地授業であるとのことだった。要するに、家のおつかいを行うという授業である。家の人からお金をもらって、頼まれた物を買ってくる。簡単なお仕事である。


(そういえばまだこっちで買い物したことなかった。それにちゃんと街を歩いたこともなかったな)



◆◇◆◇



「それじゃあ何を頼もうかしら。アーリエが切れていたわね。ひと瓶買ってきてちょうだい。粉の奴ね」


 そう言うと、ルーシアはお金の入った皮袋を渡した。アーリエは香辛料である。肉の臭みをとるときなどに使う。


「お金は、あまったらエリアスのお小遣いにしていいわよ」


 その日の午後の社会の授業。『学校』の教室では、街に出発する前の2年生達が集まっていた。


「よう、エリアス。何買いに行くんだ?」

「うちはアーリエだよ」

「そうか、楽そうでいいな……。おいイリーナ、お前は?」

「にゃ? お魚。今日の晩ご飯」


 そんな会話をしていると、教員から出発の号令がかかったので、二年生達は教室を出発し街に出ていった。


 エリアスは、食料品の市場(マーケット)に来ていた。色とりどりのフルーツ、肉や魚、野菜などを売っている様々なな露天が軒を並べて活気づいていた。


(ええと、香辛料香辛料……。あ、あった)


 香辛料を売る屋台を見つけ、近づいていく。さっそくアーリエを買おうとしてふと気づいた。


「そういえば、皮袋の中身見ていなかった。一枚しか入っていないようだったけど、大銅貨かな。アーリエっていくらするんだろう。足りるよね?」


 皮袋の中身を確認しようとする。そこでふとルーシアの言葉を思い出した。余ったら小遣いにしていい、確かそう言っていた。香辛料は結構高そうなので、大銅貨で払ったら数ディールしか残らないような気がした。


「数ディールでお菓子でも買えってことだね。まさか銀貨だったらどうしよう。なんてね」


 銀貨は二万円相当(エリアス暫定換算レート)である。そんな大金を子供に持たせるはずがないとわかっていた。

 エリアスは皮袋から硬貨を取り出した。金色だった。


「お、お母さまあああ!」



◆◇◆◇



 エリアスは両替商にいた。場所は屋台の店主に聞いた。商売人なら必ず知っているだろうと思ったのだ。やはり、店主は簡単に両替商の場所を教えてくれた。


 金貨を、銀貨と銅貨に両替してもらう。両替毎に手数料が取られるので、銅貨を多めにしてもらった。皮袋がいっぱいになってしまった。両替商は、子供が大金を持っていることに驚き、大丈夫か? と心配してくれたが、ありがとう大丈夫といって立ち去った。両替商ではないが、子供に四〇万円相当(エリアス換算)のお金を持たせるなんて、どうかしてる。常識がないとかそういうレベルではないとエリアスは思った。


 両替商が少し混んでいたので、両替に三〇分以上かかってしまった。急いで元の露天に戻った頃には1時間が過ぎていた。


「おじさん、アーリエある?」

「ああ、今ちょっと品切れでな」


 その後、何件か香辛料を扱っている店を回ったが、どこも売り切れだった。最後の店の店主が教えてくれた


「昼頃にどこかのお屋敷の料理人がやってきてな、なんでも大きなパーティがあるとかで、この辺の店のアーリエをみんな買い占めてったんだ」


 なんとタイミングが悪い。


「問屋にはあると思うんだがなあ」

「問屋はどこですか? 買いに行きます」

「問屋は小売りはやってねえよ。でもそうだな、こうしよう。坊主、俺の代わりに問屋に行って一ケース仕入れてきてくれ。そうしたらひと瓶を売ってやる。この際だ卸値でいい。こっちも困ってるんだ」


 エリアスは問屋に走る。問屋街はマーケットから遠かった。片道三〇分かけて問屋にたどり着いたエリアスは、露天商の名を告げて、アーリエを1ケース買った。急いで今来た道をとって返すと、アーリエを露天商に届けた。

 こうしてようやくエリアスは、アーリエをひと瓶手に入れたのだった。



◆◇◆◇



 エリアスが教室に戻ると、もう夕方だった


「つ、疲れた……」


 教室にはもう誰も居なかった。みんなもう帰ってしまったのだろう。自分も帰ろう、そう思った時、誰かが教室に入ってきた。


「お、エリアス。まだいたのか? アーリエ買うのにどんだけ時間かかってるんだよ」


 ドノヴァンはそう言うと、抱えていた袋をドスンと床に下ろした。


「ドノヴァン、何ですかそれ? 重そうですね」

「鉄鉱石だ。本当は荷車でまとめて運ぶのに、親父の奴嫌がらせでこんなもん言い付けやがって。倉庫が遠くてな、こんな時間になっちまった」


 ドノヴァンもなかなか苦労したようだ。


「もう遅いから帰ろうぜ」


 こうして二人は帰途についた。



◆◇◆◇



 帰宅したエリアスは、残りのお金を返そうとしたが、ルーシアは受け取らなかった。


「一度あげると言ったのだから、あげるの!」


 相変わらず子供みたいな人である。 仕方ないのでエリアスの貯金にすることにした。望外に大金が手に入ってしまった。


「発想を変えよう。これはお母さまからいただいた教育資金だ。有効に使わせていただきましょう」


 まずは、本でも買おう。それに、いくつかやりたいこともある。しばらくお金の心配をしなくてもいいのは大きい。


「そろそろ自由に活動してもいい頃です。街に出ていろいろ買ってきましょう」


 エリアスはこれからの計画を立てるのだった。



◆◇◆◇



エリアスの軍資金調達編でした。

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