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29.鍵を握る者

 それから私たちはそれぞれの役割をこなし、離宮が燃えてからわずか半月ほどで申し開きのための場が設けられることになった。


 王宮の会議室に集められたのは、陛下とミハイル様、マルク様。そして私の両親とローレンス兄様、私とデジレ。その全員が大きな円卓の周りに着席している。


 レナータは逃げ出さないように縄で戒められ、両脇を武装した兵士に挟まれたまま会議室に連れてこられた。その姿を見て、両親が小さなうめき声を上げていた。


 そしてもう一人、見慣れない人物がこの場に呼び出されていた。レナータとよく似た暗い紫色の瞳をした中年の男性で、身なりは平民のものだが立ち居振る舞いにどこか気品がある。


 よく見ると、彼の面差しはレナータのそれにとても良く似ていた。彼が、レナータの実母の従兄であるエドワードだろう。レナータは彼のことを「伯父様」と呼んでいたが。


 レナータとエドワードは着席せず、会議室の奥の方に間を空けて立っていた。いよいよ、申し開きが始まるのだ。ここで私たちが陛下を説得するに足る証拠を出せるか否かで、レナータの運命が変わる。私は緊張に顔をこわばらせながら、ゆっくりと立ち上がった。




 私は全員の顔を順に見渡してから、マルク様から預かった手紙を円卓の上に置いた。中から二通を取り出す。皆の視線が集まっているのをひしひしと感じながら、私は手紙の内容を読み上げていった。


「まず、この手紙によればエドワードさんはレナータに私を殺すようそそのかしています。その提案に従い、彼女は私を誘拐させました。そのことは、彼女自身が認めています」


「そのことについては、私も確かに聞いている。あの誘拐は自分が仕組んだことだと、レナータはその口ではっきりと言っていた」


 険しい顔のデジレが、あの日のことを思い出しているのか低い声でそう付け加えた。レナータはうつむいていて、その表情はうかがい知れない。


 私たちの言葉を聞いた両親が、口元を押さえながら悲鳴のような声を上げた。マルク様とミハイル様も悲痛な顔をしている。既に全部の手紙に目を通しているデジレと兄様は、ただ静かに目を伏せていた。


 レナータは相変わらず憎しみをたたえた目でこちらをにらみ、エドワードはわずかに目を見張って小さな笑みを浮かべている。その表情は、この場にはひどく不釣り合いだった。


 そして裁きを下す立場である陛下は、堂々と、そして悠然と話に耳を傾けていた。


「そして、二通目の手紙では離宮に火をつけろと提案しています。憎い二人が大切にしているものを踏みにじった上で、二人まとめて始末してしまえばいいと、そう書かれていました」


 両親の悲嘆の声がさらに大きくなっていく。しかしエドワードは全く動じることなく、手紙をのぞき込むとさらりと言い放った。


「確かに、君の言う通りの内容がここには書かれているね。けれど、憎い相手に消えて欲しい、そんな風に願うことすら罪なのかい? 誰しも、嫌いな相手に消えて欲しいって思うことくらいあるじゃないか」


 まるで世間話でもしているかのような気軽な調子でエドワードは続ける。その場の空気がどんどん冷えてきていることなど、彼はお構いなしのようだった。


「こんなことを実行したら大変なことになるってことくらい、誰にだって分かるだろう。まさか本当に実行するなんて、想像もしなかったな」


 そう白々しく答えるエドワードの顔には、後ろめたさはひとかけらも無いようだった。そのことが、余計に薄気味悪く思える。


「いいえ、あなたはレナータがあなたの提案を実行に移すだろうと確信していました」


 そう言いながら、私は別の手紙の束を取り出して円卓の上に並べた。兄様が家から持ち出してきた、エドワードがレナータにあてた手紙の山だ。整理整頓が苦手なレナータにしては珍しく、きちんと順に並べて箱にしまわれていたのだそうだ。まるで、宝物のように。


 その手紙を目にしたレナータがさらに憎々しげな目でこちらをにらんできたが、私はその視線を受け流して説明を続けた。


「この手紙には、レナータの実母であるセレナがアンシアの家で受けていたひどい扱いや、私たちアンシアの者がレナータのことをうとましく思っていることについて、とても事細かにつづられています」


 私が手紙の内容をいくつか抜き出してさっと朗読すると、父様が顔色を変えて立ち上がった。


「その内容は、全て事実無根です! 神に誓って、私たちはそのような行いに手を染めておりませんし、レナータのことは他の子供たちと同じように愛しております!」


 真っ青な顔でそう叫ぶ父様に、陛下は表情を変えないままゆっくりとうなずいた。父様が母様に支えられながらもう一度席に着く。母様の顔も、父様に負けず劣らず青ざめていた。


 陛下が話をうながすようにこちらを見る。私は舌で唇を湿すと、またエドワードに向き直り、ゆっくりと言葉を続けた。


「あなたは以前からレナータの憎悪を育ててきました。彼女がまだ幼い頃から、あなたはずっとアンシアへの憎しみをかきたてる偽りの文を彼女に送り続けてきたんです」


 手紙を手に取り、エドワードに突きつける。彼はまだ、余裕の笑みを浮かべたままだった。


「そうやってあなたがレナータにアンシアへの間違った憎しみを植え付けなければ、レナータもこんな恐ろしい行為に手を染めることはなかったでしょう。すべての元凶は、あなたです」


 語気を強めてそう断言する。しかしエドワードは相変わらずうさん臭い笑顔を浮かべたまま、ぬけぬけと言い放った。


「そもそも、それが俺の出した手紙だという証拠はあるのかな? 俺に罪を着せるために、誰かがねつ造したものかもしれないだろう?」


「証拠ならありますよ」


 エドワードの言葉に続けるようにして、今まで無言を貫いていた兄様が口を開いた。懐から一枚の紙を出し、既に円卓に広げられた手紙の隣に並べる。


「あなたは城下町で、書面の代筆などをして生活費を稼いでいますね。僕は、あなたが代筆した書面を手に入れてきました」


 兄様はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべたまま、それぞれの紙を指し示した。


「ほら、この筆跡は間違いなく同一人物のものです」


 全員の目が円卓の上に注がれ、そしてエドワードの方に向けられた。言い逃れができなくなったことを悟ったのか、彼は軽薄な笑みを消すと、醜く顔をゆがめて低く吐き捨てた。


「……ああ、お前らの言う通りだよ! それもこれも、そこのアンシア男爵のせいだ」

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