27.告白と断罪
「あなたがデジレの傍にいて、彼に守られていることが気に食わなかったの。だから、マルク様にお願いして人手を借りたのよ。彼らはマルク様の腹心で、あの方の言うことならなんでも聞く駄犬だから」
じわじわと広がってきた炎に赤く照らされながら楽しそうに話すレナータに、私は恐怖に近いものを感じていた。私を守ろうと寄り添っているデジレも動揺しているのが、私の肩にかけられた手から伝わってくる。
「あなたに死ぬほど恐ろしい思いをさせてやりたかったの。もしそのまま死んでしまっても、別に良かったし」
「レナータ、どうしてあなたはそこまで私たちを憎むの。……あなたに、その憎しみを吹き込んだのは誰なの」
「吹き込んだなんて失礼ね。この憎しみは私が抱いて当然のものよ。私と、セレナお母様を虐げたあなたたちに対する当然の感情だわ」
幼さの残る顔にあでやかな笑みを浮かべたレナータが高らかに言い放つ。その時、凍り付いたようなその場に別の声が割り込んできた。声変わりする直前のような、少しかすれた少年の声だった。
「しかし、お前の憎悪をあおった者がいるのは事実だろう、レナータ」
思わず振り向くと、屋敷の中からたくさんの兵士を連れたマルク様が姿を現すのが見えた。兵士たちはめいめい水桶を持ち、統率の取れた動きで庭の火を消しにかかっている。
安堵のため息をつく私たちとは対照的に、レナータは眉をつり上げてマルク様をにらみつけていた。彼女の視線は、マルク様が手にした紙の束に吸い寄せられている。
「どうして、マルク様がそれを持ってるんですか!」
動揺した様子のレナータと、いつになく静かな表情のマルク様。いつも不機嫌そうな表情をしていた彼は、少し見ない間にひどく大人びたように見えた。
「お前の不在時に、侍女に命じて探らせた。お前は何か隠し事をしているようだったからな。しかし、少し遅かったようだ。こんなことになる前に止めたかった。まさか、離宮に火を放つとは」
沈痛な面持ちでマルク様がつぶやく。私とデジレは、手を取り合ったままただ成り行きを見守ることしかできなかった。
「どうしてそんな、他人事のような言い方をするんですか。誘拐に関わったという点ではマルク様だって同じでしょう。今さら裏切るなんてひどい!」
レナータはまるで幼子のように憤慨すると、足を踏み鳴らさんばかりにしてマルク様を怒鳴りつけた。それでもマルク様は動揺することなく、静かに言葉を返していた。
「ああ、俺もお前と同罪だ。デジレへの怒りにとらわれて、お前に配下を貸したのは間違いだった。俺はその償いをしなければならない」
私はその様子に驚きを隠せなかった。ついこの前まで、マルク様とレナータは幼さを残したままの、年相応の二人に見えていた。それが今では、まるで十ほども年が離れたかのように見える。それほどにマルク様は、短い間に思慮深さと分別を身に着けたように見えていた。
マルク様は聖女の儀式以来考え込むことが多くなっていたのだと、ミハイル様から聞いたことがある。彼にも、色々と思うところがあったのだろう。
「俺は、ずっと前からお前のその悪意に疑問を感じていたのだ。かつては俺自身も兄上に悪意を抱いていたからさほど気にも留めていなかったが……今にして思えば、お前のその感情がおかしなものであるとはっきりと分かる」
私がそんなことを考えている間も、マルク様はゆっくりと話し続けていた。その雰囲気に呑まれたのか、レナータも黙って彼の話に耳を傾けている。おびえたようなその表情は、どこか昔の彼女を思わせるものだった。
「お前は普通ではあり得ないほど強い憎しみを抱いている。しかしその理由は、とてもぼんやりとしたものでしかない。そこがどうにもちぐはぐに思えて、調べてみたらこんなものが出てきた」
言いながらマルク様は手にした紙束を掲げ持ち、中の一つを抜き出す。それは手紙のように見えた。
「お前の実の母の従兄にあたる人物、エドワード。彼がお前にあてたこの手紙を見る限り、彼がお前の憎悪をあおり、フローリアへ危害を加えるようそそのかしているのは明白だ」
そう言うとマルク様は手紙に目をやり、その一部を朗読し始めた。
『可愛いレナータ、お前の邪魔をしているのはフローリアという女だろう。お前には権力があるんだ、そんな女は亡き者にしてしまえばいい。直接手を下すのが恐ろしいのなら、どこか人の来ないところに閉じ込めてしまえばいいんだよ』
「お前の伯父上とやらは、ずいぶんと卑劣な提案をする人物なのだな」
マルク様があきれたような声でそうつぶやくと、レナータはかみつかんばかりの形相で反論した。
「エドワード伯父様は、私のたった一人の理解者なんです! 悪く言わないで!」
その言葉には、彼女がマルク様のことなど露ほども気にかけていなかったことがはっきりと表れていた。彼女にとって、マルク様は理解者たりえなかったのだ。
マルク様もそのことには気づいていたようで、大人びた苦笑を浮かべるとまた言葉を続けた。
「そうか。彼にもいずれ、事情を聞くことになるだろう。しかしその前に、俺にはやるべきことがある」
小さく息を吐くと、マルク様は背筋を伸ばし、どこか沈痛な面持ちで朗々と言い放った。彼はまだ若くとも陛下の血を継ぐものなのだと、聞く者に実感させるような声だった。
「レナータ、俺はお前を罪人として捕えなければならない。今のお前の行いは、言い逃れのできないものだ」
彼が手を鋭く振ると、彼の後ろに控えていた兵士たちが機敏な動きでレナータに駆け寄り、その動きを封じる。レナータは激しく暴れて抵抗するが、兵士たちはびくともしなかった。
「放しなさいよ、その手をどけろって言ってるのよ!」
野の獣のように暴れながら引きずられていくレナータの姿を、私は直視することができなかった。




