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24.アンシア家の事情

 陛下は私とレナータの処遇に頭を悩ませているらしく、何の沙汰もないまま数日が過ぎていった。


 レナータが聖女であるということは既に国中に広まってしまっている。しかし真の聖女は彼女ではなく私だった。


 どうして神託が外れてしまったのか、その理由を明らかにしなければならない。そうでなければ、五十年後の聖女選定や聖女の儀式に影響が出てしまう可能性があるからだ。今回はたまたま私が儀式に立ち会い、偶然に封印を施すことができたからよかったものの、次もこううまくいくとは限らない。


 神官たちは幾度となく私のもとにやってきては、何か心当たりはないかと尋ねてきた。当然ながら何も心当たりなどない私は、黙って首を横に振ることしかできなかった。


 何も答えが出ないまま、私はデジレと共に離宮に留め置かれたままでいた。生活に何も不便は感じていなかったが、どこかつかみどころのない不安はずっと胸にわだかまっていた。




 そんなある日、真剣な顔をしたローレンス兄様が訪ねてきた。


「フローリア。どうしても君に聞いて欲しいことがあるんだ。神託について」


「ふむ。私は席を外そうか」


「いえ、大丈夫です。良ければあなたにも聞いていただきたいと、僕としてはそう思っています。……あなたは、妹の大切な方ですから」


 気を遣うデジレにそう言うと、兄様は沈痛な面持ちで説明を始めた。


「これは父様と母様が打ち明けてくれたことなんだけどね。レナータの実の母親、セレナのことなんだ」


 思わぬ人物の名前に、私は思わず小首をかしげる。父様の側室だったセレナは、レナータがまだ小さい頃に病気で亡くなっている。もう十年以上前のことだ。そんな昔の話がどうしたというのだろう。


「かつてセレナは、よく一人で城下町に出かけていたらしいんだ。当時、父様たちは何とも思っていなかったけれど、今にして思えば城下町に誰か想う人がいて、その人に会っていたんじゃないかって、父様たちはそう考えている」


 つまり、セレナは不義を働いていたのではないかと、父様たちはそう言っているのだろう。けれどもう彼女もこの世のものではないし、それが神託の話とどう関係があるのだろうか。


 まったく話が読めていない私とは対照的に、デジレは納得したような顔でうなずいた。


「なるほど、レナータはアンシア男爵の実の娘ではなかったかもしれない、そういうことか」


「はい、両親もそう考えています。それでもレナータは自分たちの娘だと、二人ともそう主張していますが……神託は、レナータをアンシアの娘とみなさなかったのでしょう。そう考えればつじつまが合うんです。神託は間違っていなかった、間違えていたのは僕たちの解釈だった、と」


 その言葉に、私は雷に打たれたような心地がした。私は五人兄弟だ。姉が二人に、ローレンス兄様、私、そしてレナータ。レナータがアンシアの娘でないというのならば、アンシアの末娘という言葉が指し示すのは、間違いなく私だ。


 これで、私が聖女だということは確定してしまったのだろう。神託は正しく、真の聖女である私を指し示していた。


 けれど私は、そのことを嬉しいとはどうしても思えなかった。聖女としての権力も、周囲からの称賛も欲しいとは思えなかった。私にはデジレがいる、それで十分だった。


 それに、これでレナータとの関係が決定的にこじれてしまうだろう。今はそれが、ただ悲しかった。


「ただ、一つだけまだ分からないことがあるんです」


 兄様は衝撃に打ちのめされている私を気遣うようにちらりと見た後、目線をさまよわせながらつぶやいた。


「レナータがなぜあそこまで僕たちに敵意を抱いてしまったのか、その理由です」


「私も、ずっとそれは疑問に思っていました。あの子が私たちを憎んでいることは間違いないのに、どうして憎まれているのかは未だに分かりません」


 私が震える唇を叱咤してそう付け加えると、兄様は切なそうに微笑みながら私に向かって話しかけてきた。


「あの子は自分が側室の子だから、ずっと虐げられて育ったと主張していたね。僕たちは彼女を、実の兄妹として扱ってきたというのに」


 その言葉に、私は無言で力強くうなずく。そしてデジレは、そんな私たちを静かに見守っていた。


「だから、レナータの考えはまるきり勘違いによるものなのか、あるいは……僕たち以外の人間からそんな考えを吹き込まれた、とかかな。うちの使用人たちがそんなことをするとは思えないから、後は街の人くらいしか思い浮かばないけれど」


「街の人……って、もしかして、セレナの」


「君もそう思う? セレナがかつて会っていたっていう、城下町にいる彼女の想い人。その人が怪しいと思うんだ。もし違っていたとしても、その人を当たれば何らかの手掛かりが得られるかもしれない」


 兄様はそう言うと、私を安心させようとするかのようにゆっくりと微笑んだ。そんな私たちを、優しい笑みを浮かべながらデジレが見つめてくれている。


「僕はもう少し父様と母様に話を聞いてくるよ。それと、城下町の方も調べてみる。何か分かったらまた来るから。じゃあね、フローリア」


 そして兄様はデジレに向き直ると、きびきびとした動きで深々と頭を下げた。


「デジレ様、どうか妹をこれからもよろしくお願いします」


「ああ。できることなら君に手を貸してやりたいところだが……さすがに、私にできることはなさそうだ。済まないな」


「いえ、あなたがフローリアを守ってくださるおかげで、僕は安心して動くことができます」


 静かに交わされる二人のやりとりを見ていると、胸がいっぱいになってしまった。デジレも兄様も、私の身を案じていてくれる。私が聖女であるとか、そういったことに関係なく。


 聖女であるかどうかなんて、その人の本質には何も関係のないことなのだ。私はそのことをレナータに伝えたかった。聖女でなくても、側室の子でも、神託が認めなくても、それでもあなたは私たちの妹なのだと。けれど同時に、この思いが彼女に届くことはないのだろうという、そんな予感を覚えていた。

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