初陣 その6
「何ぃ!?」
割り込まれた緒方が憤怒の形相で睨んでくる。
「貴様何のつもりだ!」
「単純な突撃をしたところで、俺たちは━━━!」
宗次郎の呼吸が止まる。
それ以上喋れば殺す。
緒方の視線に込められた殺意に宗次郎の体がすくむ。
「慶次ぃ!」
「はい!」
「突撃だぁ!!」
「おおおおおおおおおおおお!!」
吠え声と共に突撃する波動師たち。
それを呆然と見送る宗次郎の元へ、慶次がやってくる。
「っ!」
ボグ、と鈍い音ともに頬をしこたま殴られる。それもグーで。
「甘ったれるなガキが! 上官の命令に口答えするな!」
「でも、このままでは全滅します!」
「この!」
再び殴られる宗次郎。先ほどよりも力強く、思わず倒れ伏す。
「ごほっ!」
「戦う前から負けるなどと! お前はそれでも剣士か!」
口から血を吐く宗次郎に慶次はなお突っかかる。
「波動師は戦って死ぬのが使命だ! 一体でも多く妖を殺し尽くせ!」
「っ、それは違う!」
宗次郎は立ち上がる。
「何が違う! 実戦が初めてのお前に何がわかるというんだ!」
「初めてだからだ!」
自分より大人で、戦闘力、経験値が上の慶次だからこそ見失ってしまったもの。
それは、
「俺たちが敵を倒すのは、大切なものを守るためだろ!」
「!?」
慶次の顔が固まる。
思い起こされるのは、家族や友人との別れを惜しんでいた波動師たち。
宗次郎が奴隷の少女を守ろうとするように、波動師たちも大切な人を守るために、大切な人の元へ帰るために戦っているはずだ。
だから、防御の要である砦を守るために、皆必死で戦っているのだ。
敵を殺すためだけに波動師が存在するというのなら。あの別れは一体何だというんだ。
「炎刀の奥儀! 朱雀!」
「うおっ!」
遠くから緒方の叫びが聞こえたと思ったら、爆風に煽られる。
緒方が開戦時と同様、奥義を使って妖の数を減らしにかかったのだ。
耳に飛び込む妖の悲鳴。吹き荒ぶ熱風。
「お前のいうことも一理ある! だが! 我々が負けることは決してない! 緒方さんがいる限り、我々が敗北することはあり得ない!」
「……」
慶次のいう通り、あの一撃があれば強化された妖といえど倒せるだろう。
妖との距離があり敵味方が陣形ではっきり分かれている今、広範囲の攻撃を放っても味方に被害は出ない。一網打尽にするには絶好の機会と言える。
だが、
━━━やっぱり、緒方さんも……。
使う技こそ開戦時と同様だが、その威力はやはり落ちている。妖の数が減ったから範囲を絞ったのか。それとも疲労が蓄積されているのか。
もしくはその両方か。
「いいから立て! 行くぞ!」
「……」
慶次に急かされ宗次郎は立ち上がる。
どの程度数が減ったかはまだ確認できないが、今はウダウダ考えている場合ではない。
そう自身を叱責して緒方たちの元へ向かう。
「やることは同じだ! 殺し尽くせぇ!!」
「おおおおおおおおお!」
疲労していた波動師たちの気勢が回復し、盛り上がる。
反対に上がっていた土煙が鎮まり出した、その時だった。
「……がはっ!」
煙から伸びた一筋の光が、緒方の胸を貫いた。
「なっ」
どさり、と膝から崩れ落ちる緒方。
傷口からぼれる血と虚な目に誰も彼も声を発さず沈黙し、ただ見守ることしかできない。
「緒方さん!」
慶次の悲鳴が聞こえた瞬間、宗次郎は走り出していた。
━━━間に合え!
活強を使い一瞬で距離を詰め、緒方のもとに駆け寄る。
「!」
遠目から細く見えていた光線は緒方の胸を丸ごと貫通していた。
━━━これは、もう……。
「緒方さん!」
すぐさまやってきた慶次に、宗次郎は首を横にふる。
「そんな」
「あ、ああああっ」
「嘘だ……」
多くの波動師たちのうめき声が痛い。
死んだ。
あの緒方が。誰よりも厳しく、強く。十二神将に匹敵するだろうとさえ思えた緒方が。
あっさりと、死んだ。
「!」
風が吹き、宗次郎は顔を上げる。
緒方の一撃により舞い上がっていた土煙が腫れた。それにより、緒方に殺された妖、そして緒方を殺した妖の姿がはっきりと映る。
━━━あの魚……鉄砲魚か!
犬の胴体に魚の頭がくっついている妖がこちらに狙いを定めている。
━━━来る!
魚の口から水が放たれたと同時、宗次郎は波動刀を抜く。
「はぁあああああああああ!」
とんできた鉄砲魚の水鉄砲を渾身の一撃で抑える。
「ぐっ! くぅっ!!」
右手で柄を持ち、刀身の背を左手で抑え、脚力と腕力を活強で強化してもなお押し返される威力。吹き飛ばされないように堪えるので精一杯だ。
「オラァ!」
なんとか高圧の水鉄砲を弾き飛ばし、宗次郎は膝をつく。
前方に布陣する妖は緒方の奥義を食らっておきながら、倒れているのは片手で数えられる程度。
「だ、だめだ」
「逃げろ!」
緒方によって上がった士気が最悪の形で下がってしまい、剣士の命である刀を取り落とし、逃亡を図るものすら現れる。
「慶次さん!」
落ち込む慶次に宗次郎は声をかける。
緒方が倒れた今、次の司令官は副官である慶次だ。
戦うのか。退くのか。宗次郎は撤退を進言したが、全ての決定権は慶次が握る。
「……それは」
未だ躊躇いを見せる慶次。
戦えば全滅する。それは慶次にもわかっているはずだ。
だが、安易に撤退は選べない。砦まで戻れば、戦線を維持できなかった責任を問われるだろう。さらに撤退したからといってこの戦いに勝てる保証はない。
「先ほど通った道まで撤退を! 考えがあります!」
宗次郎は背後に聳える崖を指差して叫ぶ。
「……わかった。総員、撤退! 来た道を戻れ!!」
苦虫を噛み潰した慶次の指示により、全員が回れ右をする。
自分の考えた拙い作戦がうまくいくか。宗次郎の額に汗が浮かんだ。




