初陣 その2
角根砦で決戦が行われる朝、宗次郎はいつもよりはっきりと目が覚めた。
━━━なんか、身体が軽いな。
戦闘に備えるため早く布団には入ったが、自分でも驚くほど早く寝れたおかげだろう。
━━━俺、今日戦うんだよな。
初めての実戦。訓練ではない、命をかけた戦いが後数時間で始まる。というのに、いつも以上に調子がいい気がする。
━━━ま、いいか。
宗次郎は布団から出て朝の支度を済ます。
「おはよう、少年」
「おはようございます。嶺二さん」
「よう少年、おはよう」
「片桐さん、おはようございます」
訓練のおかげで顔見知りになった波動師たちと挨拶を交わす。
宗次郎の方に余裕があるからか、なんとなくわかる。波動師たちはどこかソワソワしている。
━━━あぁ、本当に戦うんだな。
いまいち緊張感が持てない宗次郎は、ぼんやりとそんなことを思った。
緊張感が持てないというより、テンションが上がらないのだ。
「俺のために、国のために命をかけて戦え!」
今の大地にそう言われたところで戦う気力が湧いてくるわけがない。
何より、
「おい、今回の作戦に剣城殿は参加されないのか?」
「そうらしい。陛下が出撃するなと命じられたそうだ」
初代王の剣であろう剣城の戦いを間近で見られないのだ。
━━━せめて肩を並べて戦えたらなぁ。
憧れの英雄、初代王の剣。誰よりも強く、そして誰よりも忠義に厚い波動師。千年たった時代でも最強と謳われる波動師の力をこの目で見ることはできなかった。
宗次郎は頭をかきながら波動刀を差し、支度を完全に終える。
「よし」
あとはテントを出て集合場所に向かうだけ。
「あなた、いってらっしゃい」
「ああ、その子を頼んだぞ」
「必ず生きて帰ってきてね」
「もちろんそのつもりだ」
「……」
テントから出れば、出撃する波動師たちが家族や友人との別れを惜しんでいた。
元々この時代の人間ではない宗次郎にとっては馴染みにない光景だった。
━━━なんだかなぁ。
妖を二十体倒せ。
そう大地に命令されて宗次郎は戦いに参加する。
はっきり言って、モチベーションが上がらない。どうでもよかった。
まだ彼らのように守るものがあったなら、そう思わずにはいられない。
「あ」
守るものはあった。それを宗次郎を思い出した。
「私のこと、助けてくれる?」
俯きがちにそう言った奴隷の少女との約束。
もしこの戦いで宗次郎たちが負ければ、この拠点に妖が流れ込むことになる。
━━━なら、やるしかねぇよな。
そう意気込んで向かった先で、宗次郎は予想外のものを見た。
「っ」
思わず息を呑んでしまうほど、濃く張り詰めた空気。
その主は、部隊を率いる緒方だ。
作戦に参加する全員を見るためか、正面に座り、敵を殺さんばかりの鋭い視線を送っている。
まさに鬼だ。
真っ赤な羽織と和服に身を包み、頭には赤い鉢金を巻いている。さながら赤鬼だ。
その隣には青い羽織と和服を着て、青い鉢金を身に付けた慶次だ。いつも以上に顔が引き締まっている。
「揃ったな」
昨夜、一番遅かったので約束の時間より早くきた宗次郎はこの緊張に長く耐えなければならなかった。
━━━こりゃあ、失敗したかな。
「いくぞ」
静かな声に波動師たちは一斉に立ち上がった
「進軍、開始!」
気合の入った掛け声と共に緒方が馬に乗り、進み始める。
ちなみに波動師たちの移動手段は徒歩だ。作戦会議では、妖が砦にやってくるのは四日後と言っていた。
つまり、三日は歩き通しだ。
━━━話には聞いていたけどな。
宗次郎がいた時代には、鉄道が大陸を走り、車というものが街中に普及し始めていた。それに比べれば、なんと原始的な手段であろうか。
━━━ま、師匠と長距離歩行はやったからな。
引地に
「これも修行の一環だ」
と言われて、山籠りやら長距離の移動は経験済みだ。三日くらいならどうということはない。
宗次郎は背負った荷物を持ち直しながら、歩みを進める。
━━━よゆーよゆー。
あまりに楽勝すぎて思わずスキップしてしまう宗次郎。道はまだ続くようで、秋の日差しが心地よく雲から覗いていた。
「はぁ」
「どうしました?」
隣を歩く波動師が小さくため息をついたので、つい声をかけた。
「いや何、戦力がな」
「やっぱり剣城さんがいないのは痛いですか?」
「バカ、その名前を軽々しく出すな!」
慌てて波動師から口を塞がれる。
すぐ解放してもらったが、急に呼吸が止まるのでちょっと勘弁してもらいたかった。
「そんなにすごいんですか、剣城さん」
「当たり前た。って、お前は知らないのか」
がっくりと肩を落とした波動師は色々と教えてくれた。
「剣城という名前が尾州最強の称号なんだよ」
「ってことは、襲名性なんですか?」
「そうさ。国王陛下が、尾州の剣となり城となりうるほどの実力者にだけ当たる称号。だから剣城って名前なんだ」
「へー」
━━━十二神将と似てる……のは当然か。
尾州の王子である大地が皇王国を作ったのだから、皇王国最強の波動師”十二神将#と接点があるのは当然と言え
ば当然だった。
「だからこそ、こういう戦いでおいそれと出すわけにはいかないのさ」
「なるほど」
思わず天を見上げると、太陽があまねく全てを照らしていた。
これから歩むその道筋がまるで光り輝いているように。




