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初陣 その1

 宗次郎が大地のいるテントに呼び出された次の日。


 いつものように訓練に勤しみながらも、宗次郎はある変化を感じていた。


 ━━━いよいよ、か。


 ピリピリとヒリつく空気。緊張感がいつもより濃く、重いのだ。


 そんなこんなで、宗次郎が大地のいるテントに呼び出されてから三日目の夜、宗次郎は緒方に呼び出され、作戦指令室を兼ねたテントに向かった。


「集まったな」


 宗次郎が暖簾をくぐると、すでに数十人の波動師たちが集まっていた。


 ━━━俺が一番遅いのか……。


 約束の時間より十分近く早く来たのだが、と宗次郎は頭をかく。


 全員の視線が一斉に向けられて、宗次郎は居心地が悪くなる。非難の視線というより、なんでこんな子供がここに、という驚きの内容が強かった。


「では作戦を発表する。一週間前、現在地から北西に三十キロの地点で妖の一団を確認した。正確な数は不明だが、二百を超えるそうだ」


 ざわざわと波動師たちが騒ぎ出す。


 声が混ざり合ってよく聞き取れないが、ニュアンスとしては不安、焦りが多く含まれているように聞こえた。


 ━━━一週間前、か。


 妖の移動速度について宗次郎はよく知らないが、こうして作戦をとる以上はぎりぎりの距離にいるのだろうと推察する。


 何よりも問題なのは、


「二百もの妖と戦うなんて無茶だろう」


 一人の波動師がポツリとこぼした独り言に宗次郎は内心首を縦に振る。


 ここにいる波動師の数は四十人余り。仮にすべての妖が小型だったとしても、五倍の数を相手に戦いを挑むのは自殺行為だ。


「静かにしろ」


 緒方が一喝し、テント内に静寂が訪れる。


「妖は南下し、角根砦へと向かっている。我々の任務は砦の防衛。地上にて妖との近接戦闘を行う」


 静まり返ったテント内の空気が重くなる。


 無理もない。砦の中で戦うならまだしも、地上戦をやるなんて。宗次郎も気が重くなった。


「おい、地図」


「はい」


 波動師の一人が大きな地図を持ってきて、全員に見せるように広げる。


 地図の下部に四角い囲われた部分がある。あそこが砦だろう。砦に通じる道は一本だけ。その両脇は崖なのか、比較的高さがあるような描かれ方をしている。


 一本道を少し進むと開けた場所がある。緒方はそこを波動刀で指した。


「俺たちが戦うのはこの平野だ。妖が道に入らないよう守備を徹底して行う。よって……慶次、上がってこい」


「はい!」


 名前を呼ばれて壇上に上がったのは、宗次郎の元に訪れた三人のうちの一人、青羽織だった。緊張のせいか端正な顔は固く、口を真一文字に結んでいる。


 ━━━あんなに強い人でも緊張するのか。


 同時に、無理もない、と宗次郎は思った。何もない平野で戦えばどう足掻いたって数に勝る妖が有利だ。


 だったら狭い道に誘い込んで、少量でも確実に妖を倒したほうがいいんじゃないかと考えてしまう。


「この作戦は俺と慶次の部隊で行う。道から見て左側を俺、右側を慶次が担当する。なお━━━」


 ここで緒方は口を閉じた。


「なお、この作戦は信斐と合同で行う。彼らはこの崖から波動術で援護をしてくれるそうだ」


 ━━━あ、ならいいじゃん。


 宗次郎は内心ほっとした。援軍があるのなら話は別だ。術士のレベルにもよるが、広範囲に攻撃が可能なら戦いはいくらか楽になる。


 だが。


 ━━━え?


 どういうわけか、周りの表情がさっきより暗くなっていた。


 ━━━ん? んん?


 あの緒方までもが若干バツが悪そうにしている様に、宗次郎の疑問はさらに深まる。 


 なぜ援軍が来るのに全員の顔が暗いのだろうか。まるで意味がわからない。


「作戦は三日後の十時ごろだ。よって明日の朝にはここを立つ。各自準備をするように。以上、解散」


 微妙な空気を放置したまま、緒方と慶次は壇上を降りていく。


 波動師たちも溜息を吐きながらぞろぞろその場を離れていく。


 宗次郎もとりあえずその場を離れる。作戦は明日の朝だとすれば、今夜はしっかり寝る必要がある。


「おい、少年」


 踵を返したところで呼び止められ、振り向く。


 そこにいたのは、青羽織━━━慶次と呼ばれた青年だった。


「奴隷のテントで会って以来か。逞しくなったな」


「どうも」


 宗次郎は社交辞令をさらりと受け流し、改めて身体を慶次に向ける。


「何か用ですか?」


「あぁ。君は俺の部隊に配属となる。だから挨拶しておこうと思ってな。よろしく頼むぞ」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 宗次郎は勢いよく頭を下げる。


「そう畏まらなくていい。緒方さんのシゴキに耐えたその力、存分に奮ってくれよ」


「はい」


 宗次郎は頭を下げ、テントを後にした。


「……」


「どうだ、あいつの様子は」


 宗次郎の背中を見送っていた慶次に緒方が話しかけてくる。


「波動師としての腕前はかなりのものでしょう。歩き方からみても剣術の腕はわかります。それ以外は……まぁ、普通の少年じゃないですか?」


 暗に、宗次郎がスパイだとは思えない、と主張する慶次に緒方は頷く。


「俺も剣城殿も同じ考えだ。だが、あいつは何かを隠している」


「……」


 断言する緒方に慶次は目を見開く。


「それは、どうして」


「剣を交えたからな。何か秘密があるのは確かだ」


「やはり、スパイなのでしょうか」


「どうかな。本当にスパイなら俺に看破される程度の、それもあんな年端もいかないガキを送り出す意図が掴めん」


 そいういうと緒方は歩き出した。


「念の為、あいつから目を離すなよ」


「わかりました。ところで……」


 慶次はポツリとこぼす。


「あの少年の羽織はどうします?」


「……」


「え? もしかしてご存じないんですか?」


 この時代、波動師は自身の属性に合わせた色の羽織を身につける。緒方は炎の属性を持つので赤色。水波動を使う慶次は青色、といった具合に。


 だが、宗次郎はまだ羽織を身につけていなかった。


 緒方は宗次郎の属性に興味がなかった。それよりも克服すべき弱点が宗次郎にあると判断したから、波動刀を使った一対一の戦闘訓練をひたすら行なった。


 その弱点とは、実戦経験の少なさ。


 特に命をかけた戦いを全くしていない、と緒方は一目見て分かった。


 剣城からは妖との戦いに恐怖し気絶してしまった少年と聞いていた。なるほど、ろくな訓練も積んでいない素人が波動刀を握り、妖と戦おうとすればそうもなるだろう。


 だが宗次郎は素人ではない。現に無手で波動師を撃退している。


 とすれば足りないのは命を賭けて戦うという覚悟だけ。それを補うには、何度も実戦を積むのが一番手っ取り早い。


「もー、緒方さん実直すぎますって。剣術だけで相手を測ろうとするなんて」


「うるさいぞ」


 空気を若干緩くしながら、二人はテントの外へ向かった。




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