憧れと現実 その6
緊急事態。
そう言われて妖からの襲撃だと宗次郎は予想した。
妖。魔神・天修羅の細胞を生き物に取り込ませることで誕生する怪物。白い体躯を持ち、人を執拗に狙ってくる。
やがて大地と初代王の剣によって駆逐されるとはいえ、目の前の妖は自分で倒さなければならない。
だが恐れる必要はない。訓練の成果を見せてやる━━━!
そんな固い決意をした宗次郎がやってきたのは、大地が入っていったテントだった。
━━━作戦会議でもするのかな。
軍師。雲丹亀壕がいるかもしれないと期待していた宗次郎がテントをくぐると、
「来たな!」
という、憎しみに満ちた大地の声だった。
━━━は?
状況が呑み込めず、宗次郎は周囲の状況を確認する。
テントの中にいるのは、大地のほかに剣、爺、そして緒方。大地は玉座のような立派な椅子に座り、他三人が平伏するように前に座っている。
宗次郎を連れてきた波動師はただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、
「では、私はこれで」
と挨拶して出て行ってしまった。
流れ出した気まずい沈黙を破ったのは、大地の怒鳴り声だった。
「早く平伏しないか!」
雷のような怒号に宗次郎はむすっとしつつ、緒方の隣に並んで平伏する。
━━━なんでそんなに怒っているんだ。
平伏したのをいいことに、宗次郎は内面を顔に出す。
「では、全員揃ったところで始めますかな」
爺の疲れ切った声が頭上からする。
顔を上げられない宗次郎はとりあえず耳で拾えそうな情報を全てかき集めることにした。
「陛下、改めて全員を集めた理由をお聞かせ願えますかな?」
「わかっている!」
息を荒げた大地は一呼吸置いてから、
「緒方! 貴様なぜこの奴隷に剣を持たせた!」
と告げた。
━━━俺かーい。
この事態の中心が自分だとわかって、宗次郎は内心ガックリときた。
確かに、初対面からえらく嫌われていた自覚はあった。だがここまで大事にされると精神的に参ってしまう。
「言え緒方! いかに貴様とて勝手な行動は許さんぞ!」
「……お言葉ですが陛下。この少年、奴隷にしておくには惜しい人材です」
緒方は平伏した状態で、静かに大地に言い返す。
「波動の属性はわかりませんが、活強、剣術共に目を見張るものがあります。心構えが少々━━━」
「そんな事は聞いていない!」
淡々と述べる緒方の話を遮って、大地は立ち上がった。
「前にも言ったはずだ! この奴隷はスパイかもしれないと!」
━━━あー、そういやそうだったな。
そもそも目の前のクソガキが皇大地であるという現実にインパクトがあり過ぎて完全に忘れていた宗次郎は、ぼんやりと思い出す。
「そちらについても抜かりなく。常に監視の目を光らせておりましたが、外部と連絡を取り合った形跡もなく。スパイである可能性は著しく低いかと」
━━━え、監視とかつけられてたの!?
宗次郎は額に冷や汗をかく。
全く気づかなかった上に、監視されているという考えにすら至らなかった。
━━━もし変な動きをしていたら、殺されていたかもしれないのか。
「波動刀を持たせる許可に関しては、剣城殿の許可もいただいております」
「何!?」
緒方が言い放ったとどめの一撃により、大地の怒りの矛先が鶴城に向いたようだ。
「本当か、剣城」
「はい。軍事については私に一任されていましたので、許可を出しました」
「っ!」
宗次郎が肝を冷やしていると、大地の方は黙ってしまった。声に出ていない悔しさが肌にビリビリと伝わってくる。
「その理由はなんだっ……俺が納得できるほどの答えなのだろうな」
「陛下。我が方の戦力は全く足りておりませぬ。我が国民を、領土を守ることすら叶うかどうか……」
「そんな事はわかっている!」
再び声を荒げる大地。
「だがな、足りないからという理由でどこの誰ともわからぬ輩の手を借りていいとはならん! まして敵国のスパイがある可能性があるこいつを……」
後頭部にヒリつく殺気を感じて、宗次郎はさらに頭を下げる。
━━━ようやく全体像が見えてきたな。
状況から察するに、大地は宗次郎が波動刀を持ち訓練を積んでいることが許せないようだ。より正確にいうのなら、宗次郎に裏切られるのが怖くて仕方がないのだろう。国民を、土地を、そして自身を脅かすのではないか。そんな不安に駆られているのだ。
一方、剣城と緒方は足りない戦力をいかに補うかを考えている。妖との戦いに備え、一人でも多くの戦士が欲しい。そのためには多少身元が怪しかろうが使えるものはなんでも使うという腹づもりなのだろう。
━━━なんだかなぁ。
どちらの立場も理解はできるが、納得はできない宗次郎だった。
結局、議論は平行線のまま。両者一歩も譲らず、ただ時だけが経過していった。宗次郎の下げていた頭が鈍い痛みを訴え始めた頃、ようやく
「では陛下、こういうのはいかがでしょうか」
剣城がそういうと、足音がして静かになった。
どうやら剣城と大地がコソコソ話しているらしい。宗次郎は耳に神経を集中させるが、内容は聞き取れなかった。
「わかった。それで行こう」
どうやら大地は納得したらしい。あれだけ怒っていたのが嘘のようにおとなしい声音になった。
「緒方、お前のいうことも一理ある。ならばこの元奴隷が使えることを証明してみせよ」
「と、言いますと?」
「四日後に行われる信斐との合同作戦にこの元奴隷を参加させろ」
「それは……」
珍しく緒方が言い淀んだ。
━━━それほど難しい作戦なのか?
宗次郎は思案をめぐらせる。
「できぬというのか? こやつは強いのであろう? まらば妖の十や二十、簡単に倒せよう。違うか?」
「……」
「そこまでの働きを示せば、俺もこやつを認めようではないか。どうだ?」
ここで初めて大地が直接宗次郎に話しかけてきた。
断ればおそらく宗次郎は奴隷に逆戻りだ。それはごめん被りたい。
━━━なら、やるしかないか。
宗次郎は意を決して息を吸った。
「やれます」
「……決まりだな。お前は四日後の作戦に参加し、妖を二十体倒せ。できなければ奴隷に逆戻りだ! いいか、俺のために、国のために命をかけて戦え!」
そう言って大地は立ち上がった。
「陛下、どちらへ?」
「少し休む。一人にしてくれ」
そう言って大地はテントから出ていってしまった。
━━━命をかけて戦え、ねぇ。
宗次郎は大地の言葉を反芻しながら、ほうとため息をついた。
━━━死んでもごめんだぜ。
かつて憧れていたからこそ、今の皇大地に全く敬意を抱けない。
ついた宗次郎のため息は誰に届くこともなく、虚空へと消えた。




