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真実


「冗談で済む悪戯ではないな」


 天斬剣を向けられた正武家はあくまで冷静だ。


「いえ、本気です」


「何?」


「俺はあなたを捕まえます」


 一瞬の沈黙。


「おいおい、確かに私が犯人役だったが、今は試験どころじゃないだろう」


「わかってます。それでも本気で捕まえるんです」


「……罪状があるとしたらなにかな」


 ようやくふざけても無意味だと悟ったのか、正武家の声に冷静さがこもる。


 宗次郎は震えそうになる右手を抑えつつ、口を開いた。


「あなたには学院内で起きている生徒昏倒事件の教唆、そして天主極楽教との内通罪の容疑がかけられています」


「ふっ、あっははははははは!」


 顔に手を当てて大声で正武家に宗次郎は少しだけ動揺した。


「大きく出たな。元対天部の私にそこまで言うとは」


「だからこそ、です」


 宗次郎は静かに口を開いた。


「俺の仲間で最近対天部に所属した奴がいましてね。そいつは天主極楽教と繋がりのある貴族について調べていたんです。天主極楽教の起こり、つながっていた貴族の経歴などをね」


 燈に見せてもらった玄静の報告書を宗次郎は思い出す。


「そこで、気づいたそうです。これだけ大きな勢力を誇る天主極楽教が唯一手を出していない場所があると。それがこの三塔学院です」


「……」


 正部家は黙って聞いている。波動についても活性化は見られない。


 宗次郎はそのまま会話を続けた。


「ご存知の通り、この学院について三塔学院は大陸で唯一、波動を学べる場所。あまたの貴族を味方につけ、王国最大のテロ組織がそんな要所を見逃すとは思えない。その予想は大当たりだった。さすがに生徒にはいなかったそうですが、研究区画のうち何人かが容疑に上がっています」


「そこで私も容疑者に含まれていると? それはおかしいだろう」


 正部家は振り返らずに反論する。


「私は二年前まで対天部にいたんだぞ」


「その通り。だからこそ、あなたは怪しい」


 自らの覚悟を固めるように、宗次郎は天斬剣を握りなおす。


「あなたは対天部に所属して十数年、数々の事件を解決してきた。何事件の解決や蟠桃餅の製造拠点の制圧、幹部の捕縛まで。構成員の捕縛件数は部内でも上位だったとか。そんなあなたが、学院内に潜む不穏分子を見逃すはずがないそう考えて調べたところ、以前から天主極楽教と内通した人間が複数いた疑惑が持ち上がったんです」


 生徒や教師だけではない。貴族が出資した研究機関の中にも内通者と思しき人間が多数確認されたそうだ。


 対天部に所属して間もない玄静が発見した衝撃の事実だ。


「あなたは対天部に所属して十数年、数々の事件を解決してきた。何事件の解決や蟠桃餅の製造拠点の制圧、幹部の捕縛まで。信徒の逮捕件数は部内でも上位だったとか。そんなあなたが、対天部に所属してすぐの新人が思い当たる事実に気が付かないのは……おかしい」


 玄静の頭の良さ、六大貴族の身分からくる人脈と情報網の広さを加味したとしても。


 十年以上も対天部に所属し、数々の犯罪を解決してきた正部家が見逃すのは明らかな異常。


 さらに玄静の調べでは、正部家は三塔学院については問題なしと部長である母良田に報告していたそうだ。


「学院内で起きた生徒昏倒事件もそう。実行犯は生徒ただ一人でありながら、被害者は十名以上、四ヶ月も野放しになっていた。事件当初からあなたが捜査に当たっていたのに」


「……」


「そしてこのタイミングでの天主極楽教の襲撃。連絡門の爆破から考えて内通者がいることは明白」


 宗次郎は一歩前に出た。


「もしあなたが天主極楽教と内通しているのなら、辻褄は合う。対天部での成績は、組織内の捨て駒や不要メンバーを売り渡すことで積み上げたもの。昏倒事件を見逃したのは、学院の中に警戒心を持たせ、外からの襲撃を容易にするため。違いますか?」 


「それが私に刃を向ける理由か」


「……大人してください。あくまで疑いがあるだけです」


 言いながら、宗次郎の内心には否定してほしいという強い願望が生まれていた。


 玄静の報告では、これはあくまで可能性の話だった。


 玄静らしからぬふわりとした内容だが、無理もない。天主極楽教に関する調査だけでも膨大なのに、さらに生徒昏倒事件についても調べていた。しかも一か月と少ししか時間がなかったのだ。


 報告書には内通者の可能性が高いもののリストがあった。なかでも正部家はその経歴と学院の現状からして、天主極楽教と繋がりがあるかもしれない。確たる証拠はないので慎重に対応するように、と。


 はずれていてほしいと切に願った。玄静の心配が杞憂に終わってほしいと祈った。


 三塔学院に来てからどれだけ正部家の世話になったか。勉強以上のことを教えてもらった。


 しかし、


「ふ、ふふ。あははははははは」


 静かに、そして小さく正部家は笑った。


「何がおかしい!?」


「いやぁなに、何もかも思い通りに事が進むのは、やはり気持ちがいいと思ってね」


 宗次郎は身体を曲げるほど笑う正部家の正面に回り込んだ。


「はぁ。宗次郎、君の推論には一つ間違いがある」


 呼吸を整えた正武家は向けられた天斬剣を意にも介していない。自信たっぷりな様子に宗次郎の気が一瞬緩む。


「私は学院内で起きた事件を利用したんじゃない。私が生徒を使って学院内で事件を起こさせたんだ。精神感応が使えるようになった数納を使ってな」


「なっ!」


「それと宗次郎。長々とおしゃべりするのは、よくないぞ」


 正武家が左足を曲げ、足の裏を宗次郎に向ける。


 裏に波動符が貼り付けてあると理解した瞬間、水流が放たれた。



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