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祝宴の席にて その4

 新しくやってきたのは、巧実と同じく眼鏡をかけた女性だった。


「巧実、めったなことをいうものではないでしょう」


 声をかけてきたのは四角い眼鏡を賭けた女性だった。


 黒髪は八二で分けられ、肩まで伸びたショートヘア。顔つきは整っており、メガネを外した姿を見てみたい衝動に駆られる。相手を圧倒するような威圧感はないが、目つきが少々鋭い。黄色を基調とした羽織をしっかりと着こなしている。芯が通った一本の華のような女性だった。


 ━━━なんか、委員長って感じだな。


 記憶の治療中、別荘で見たテレビドラマで学園ものをやっていた。そこに出てくる委員長というキャラに雰囲気が似ている、と宗次郎は不意に思い出した。


あやお姉さま、申し訳ありません」


「わかればいいわ……燈お姉さま、ますますお美しくなられたようで、何よりです」


あや……」


 四角いメガネの女性を綾と呼んだ燈の声には意外そうなニュアンスが含まれていた。


 すめらぎあや。皇王国の第三王女。燈にとって腹違いの妹に当たる。年齢は今年で十六になる。なので━━━


「あなた、三塔学院はどうしたの?」


 燈の質問の通り、本来なら三塔学院に居るはずの女性だった。


 三塔学院は王国において唯一、波動を専門的に学べる学校である。一二歳から十八歳までの六年間を、三つに分かれた校舎で過ごす。それぞれの校舎に高い塔が経っているのでその名がついた。


 王国最高の学府であり、各地から波動の才能を持つ子供たちが集められる。一般市民から貴族の嫡子、果ては王族に至るまで。現に燈も三塔学院を卒業している。


今は五月下旬。定期考査が終わったばかりで、夏休みはまだ先のはずだ。


「事情を説明してお休みをいただきました。當間とうまと違い、私は成績がいいので」 


 綾は小さく燈に会釈した。


 當間とうまとは皇王国の第三王子であるすめらぎ當間とうまのことだろう。綾とは双子だったはずだ。


 ━━━やっべぇなぁ。


 綾も當間も三塔学院にいるから王城には来ないだろう、と踏んだ宗次郎は他の王族ほど彼らについて詳しくない。資料を流し読みしただけだ。


 しかし後悔したところで意味はない。宗次郎は自ら一歩前に出た。


「綾殿下、お初にお目にかかります。燈殿下の剣となる穂積宗次郎といいます」


「初めまして。皇綾よ」


 綾から手を差し出されたので、宗次郎も応えて握手する。


 燈のそれと違い、華奢ですべすべしている。剣を握ったことはないのだろう。


「武人の手ね。さすがは天斬剣に選ばれた御仁というべきかしら」


「もったいないお言葉です」


「皐月杯の決勝戦、素晴らしい戦いでした。学院では授業を中止して、皆でテレビを見ていたのですよ」


「そうだったんですか」


 学院に通ったことのない宗次郎でも、自分が生徒だったら皐月杯の決勝を見たい衝動に駆られるだろう。


 授業なんて受けていられない。学院の判断は英断と言える。


「貴殿の妹君も食い入るように画面を見つめていたそうですよ」


「え? 舞友を知っているんですか?」


 妹の話題が出てうっかりタメ口を聞いてしまった宗次郎は、すぐにハッとして口を押さえた。


 綾は露骨に目を細めた。しかしそれは、宗次郎が失礼な態度を取ったからではなかったようだ。


「知っているも何も、舞友先輩は生徒会のメンバーですから。成績もいいので先生の覚えもよく、模範的な生徒だと言われているんです」


 その声音は意外そうでもあり、妹のことを知らない宗次郎を咎めるようでもあった。


「もし機会があれば、妹君にもお会いしたらいかがですか? お喜びになるでしょう」


「え、えぇ。そうします」


 妹との仲を綾に咎められても、宗次郎は何も言い返せなかった。


 仲が悪いわけではない。ただ、距離感があるのだ。


 穂積舞友。宗次郎の四つ下の妹。引っ込み思案で、怖がりで。いつも背中にくっついて歩いていたので、宗次郎も守らなきゃという思いがいつもあった。


 そんな関係性は、もはや過去の話。


 波動を暴走させて、宗次郎は八年ほど千年前の時代にいた。当然、その間は妹と会えていない。


 その前にした会話といえば、十二神将第二席、引地鮎とともに修行の旅に出ていた帰りに、二言三言交わしただけ。


 およそ十年近く、宗次郎は妹と離れ離れだった。


 舞友にしても、宗次郎への距離感を図りかねているだろう。十年ぶりに再会した現代に再会した宗次郎は記憶と波動を失い廃人同然になっていた。


 意識は混濁していたものの、宗次郎ははっきりと覚えている。行方不明になった兄が戻ってきた喜びと、変わり果てた姿に対するショックが混ざった複雑な表情を。


 ━━━けど、俺たちは家族だ。


 どんなに期間が空いたとしても、顔を合わせづらくても、血のつながりが消えるわけではない。宗次郎にとっては大切な妹だ。


「あれだけ素晴らしい活躍をしたのです。兄の貴殿をとても誇らしく思っていることでしょう」


「そうだと嬉しいです」


「ええ、本当に素晴らしい。一体━━━いくらのお金が動いたのかしら」


 綾はうっとりした表情を浮かべ出した。


「今回の皐月杯は最高の売り上げを記録した。知っていて? 中止になった天斬剣献上の儀を補填するため、チケット代は五割も上がったのよ。なのに完売。八万四千人分のチケット代や、放映権を考えるととんでもない経済効果。それも━━━」


 綾の視線が宗次郎の腰に向けられる。


「あなたが持つ天斬剣と玄静殿の陸震杖、それらに対する圧倒的な期待値。違って?」


「いえ、私もそのように考えます」


 少しだけお辞儀をする宗次郎。


 流し読みした資料にあった通り。綾は金銭に執着があるようだ。


 それもそのはず。綾の剣は皇王国最大の規模を誇る銀行の大番頭だ。六大貴族には名を連ねていないが、負けず劣らずの勢力を持つ。ゆえに金銭や経済に深い造詣があるのだ。


「宗次郎殿、波動庁の広告塔になる気はない?」


「……え?」


 突然の申し出に宗次郎は目が点になる。


 波動庁と言われて先日訪れた建物が頭をよぎると同時に、広告塔になるという意味が理解できなかった。


「悪い話ではないのよ? 貴殿は三塔学院を卒業していないので八咫烏ではないが、実力は十二神将に匹敵する。その実力と知名度でメディアに出れば波動庁の、引いては全八咫烏の顔になれるのよ?」


「……」


 相手は王族。無礼があってはならない。


 そうわかっていながら、宗次郎はどうしていいのか分からず沈黙した。それが礼節を欠いた態度だとしても。


「お姉さまにとっても悪い話ではないでしょう?」


 燈に助けを求めようとしたのを先読みしたのか、それとも宗次郎では話にならないと判断したのか。


 綾は燈に視線を移して意見を乞うていた。


 巧実の時はそうでもないが、綾が現れてから燈の表情が硬くなった気がする。


 ━━━そういえば……。


 宗次郎は燈の母親のことを思い出す。


 燈の母親、皇穂乃花は殺されている。天主極楽教によるテロによって。しかしそれはあくまで表向きの理由であり、燈は情報を流した誰かがいると考えている。


 もし王族であるのなら、目の前にいる綾がそうである可能性が高い。


 ━━━胃が痛い……。


 天斬剣が奪われたときに味わった、誰が裏切り者かわからなかい不安がまたしても宗次郎を襲う。


「悪くはないけれど、そう言った考えはないわ。宗次郎には私と一緒に対天部に所属してもらうつもりだから」


「穂積殿の知名度を考えれば、実戦部隊よりもメディアに出たほうが国民のためになると思うのです。例えば、暁部隊のように」


「!」


 燈の眉がピクリと動いた。


 暁部隊とは、八咫烏四人で構成されるマスコット部隊だ。波動庁が主催するイベントに顔を出したり、コンサートを開いたりと、いわゆるアイドル活動をしている。


 八咫烏は皇王国の軍事、警察をつかさどる。そのためどうしても暴力的なイメージが付きまとう。それを払しょくするために結成された部隊だ。


 構成員はみなイケメンで、歌も上手く踊りも上手らしい。宗次郎も以前テレビで見たことがあった。


「綾、あなた……」


 天斬剣の持ち主を、それも自分の剣となる男を見世物で終わらせようとしている。


 燈はどうやら怒りを通り越してあきれていた。


「別に不都合はないでしょう? 十二神将であるお姉さまだってメディアには出ているのだし。お姉さまと、天斬剣を持つ宗次郎殿に、陸震杖を持つ玄静どの。三人揃えば、まさに注目の的。いくらでもお金を集められるわ。それに━━━」

 彩はなぜか、憐れむような視線を燈に向けた。


「私、お姉さまは武力に偏りすぎていると思います。この平和な時代に、それはどうかと思うのです」


 あ、やばい。そう思ったが時すでに遅い。


 表面上はとても穏やかながら、明らかに燈は内心キレいた。


「……そう。お金しか気にしないあなたに言われたくはないわ」


「あら。別に問題ないのでは?」


 燈の怒りをあっさりとやり過ごし、綾はメガネをくいと上げる。


「お金はこの世界で最も重要なものよ。人も物もすべて動かせる。幸せだって感じられる。燈お姉さまが責を追わなかったのは、天斬剣献上の儀を行うことで得られた利益を皐月杯で補填できたからでしょう」


「電車でチラシを巻くなんてどうでしょう!?」


「あら、いいアイデアね巧実」


 燈の殺気を感じてか、巧実の声も心なしか震えている気がする。


 ━━━にしても、やけにぐいぐいくるな。


 もしかして八咫烏の広告を担当している会社は綾と関係があるのだろうか。綾の目に¥マークが見えたところで、またしても来客が現れた。


「ふふ、面白そうな話だな。綾よ」


 やってきたのは、第二王子の皇歩だ。


「歩お兄様、こんばんは!」


「こんばんは、歩お兄様」


「巧実、綾。こんばんは。燈と宗次郎殿は先ほどぶりだな」


「燈。宗次郎殿。その服装、とても似合っているぞ」


 服装は会談で出会ったときと同じものだが、金の腕輪やラピスラズリの首飾りなど、祝宴に合わせて着飾っていた。


「あら、歩お兄様はもう会われていたのですね」


「ああ。今朝、王城の階段で偶然に。それよりも。燈」


 歩はその巨躯を燈に向けた。



「宗次郎殿を対天部に入れるというのは本当か?」


「そのつもりですが、何か問題でも?」


「あるに決まっている。彼は八咫烏ではないのだぞ」


 歩は宗次郎に一瞥をくれながら、自身の考えを述べ始めた。


「宗次郎殿が強いのは皆知っての通りだ。だが、強ければ何でもまかり通るというのはおかしいだろう。規則は守ってもらわねば皆が困る」


「……」


 燈は珍しく言い返さずに沈黙していた。


 歩の言うことは正論なのだ。


 八咫烏とは、波動師の中でも三塔学院を卒業し、国家試験に合格した者を指す。いわばエリートだ。


 求められる能力も多く、要求されるハードルも高い。戦闘能力はもとより、語学、数学、社会、理科などの一般教養、車両の運搬技術、基本的な医学薬学、捜査技術、高い精神力を備えている必要がある。


 一方、八年間も行方不明になっていた宗次郎は国家試験を受けるどころか、三塔学院に通ってすらいない。歩の言う通り、戦闘能力は引けを取らないがそれ以外の部分はお粗末と言わざるを得ない。


「八咫烏はみな厳しい試験を突破して仕事についている。天斬剣の持ち主だからといって特例を与えては不満を抱くものも出るだろう。そもそも、八咫烏は取り締まる側だろう」


「……相変わらず、規則にうるさいのね。お兄様」


「当然だ」


 胸を張った歩は自分の正しさを信じ切っているようだった。ルールや規則は守って当たり前のもの。例外はいかなる場合でも認めない。そんな考えが全身からにじみ出ている。


 ━━━これから、ねぇ。


 話題の中心にいながら会話に入る余地のない宗次郎は一人考える。


 燈の剣になる。幼いころに交わした約束は無事に果たせそうだ。


 問題はそのあと。


 燈の言うように対天部に入るのもいい。天主極楽教は放っておけないし、甕星みかぼしの件もある。


 それに━━━


「燈。お前は独断専行がすぎる。今回はたまたま上手くことが収まったが、次も同じとは限らないんだ。人の上に立つ以上、定められた規則、法は守らねばならないのだ」


「あら、面白そうなお話ね」


 面倒な説教が始まりそうだ。そう覚悟白宗次郎に、再び来客が現れた。




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