No.16 フライヤーさんがやってきた!
「揚げたてと書かれておったが? あ、いやいや、これはモンクレでは無くて、その確認みたいなものじゃ」
「あ、大丈夫ですよお客様。これからですんで」
そういって店員はフライヤーを部屋に運び込んできた。二畳しかないので、それだけで部屋の半分が埋まってしまう。
不安そうに眺めていたら、店員が安心させるような笑みを浮かべた。
「では、サーターアンダギーから揚げていきますね」
ジュワーという調理音。ドーナツ特有の甘い香り。
音と香りという圧倒的なまでの暴力にノーガードで妾たちは晒されてしまい、気付けば大量のヨダレが出ていた。
なるほど。確かに揚げたて0分の謳い文句なだけはある。
ドーナツを頼んだらフライヤーごと届いたのだから。
しかし、色々と納得がいかないこともある。
「……のぅ、店員さんよ。油が跳ねて畳がギトギトなんじゃが……」
「あぁ、終わった後に拭きますんで。お客さんのご自宅のようなフローリングではないキッチンは珍しいですね」
畳の油染みが取れるのか妾は一抹の不安を覚えるのだった。
次々とドーナツは揚がり始め、ラザもこちらへきて一緒に食事を摂る。
油染みに比べたら土がちょっと乗るくらいは大したことがないように思う。
ラザが隣で食事をしていることには微笑ましく思うが、流石に零し過ぎだ。
「ラザよ。そのような食べ方をすると畳に零してしまうではないか。こうじゃ、こう」
『う~? おいしいござる~』
「おい、カルカンや。なんとかせい」
「にゃー……むにゃむにゃ」
ダメだ。呑兵衛は完全に夢の中。
そしてラザは畳の上に直でドーナツを置いてそれを犬のようにむしゃぶり食う。
妾一人では止められない。
揚げ終えて店員も畳を拭いてくれたが、案の定さっと拭きだけ。
「あ、そろそろ時間なんで。またのご利用お待ちしております!」
バイトの時間があるのかさっさと帰ってしまった。
オールドファッションを齧りながら現実逃避をする。
「もう二度と頼まん」
『う~、また食べたいござる~』
「ラザが言うのなら検討しようかのぅ」
ラザと二人満腹になる。
古い中華屋か人気ステーキハウスのようなギットギトの畳の上で寝ころんだ。
「甘い香りよのぅ……あーベタベタするのじゃ」
畳は消耗品の扱いで取り替えて貰う懇願をしようと心に決めるのだった。




