83話 仮初の楽園
晴希の死を知ってから半年……孤独と喪失感から僕の心は完全に壊れていた。感情を持たない人形と化した僕は、不思議と晴希の事を考えない時間が増えていた。
これ以上、晴希の思い出に近付くと……
僕の心は焼け焦げて……
灰になってしまいそうだったから……
そんな、ある日の事……僕は、家の整理をする為に自宅へと戻る事になった。正直、晴希との思い出が詰まったこの場所へ戻ってくるのに躊躇が無かった訳じゃ無かったけど、それでもココに戻って来たのは、晴希の幻影を求めてだったのかも知れない。
「直樹さん……お久し振りです」
「…………」
家には母の他に、亜紀が一緒に来てくれた。亜紀も晴希の死には酷く心を痛めていた様だが、少しでも僕の力になりたいと、来てくれた様だ。
そんな亜紀に対して、僕は声を返すでも、頷くでもなく、ただボーッと一点だけを見つめ続けていた。
まるで、景色の一部でも見ているかの様に……
自宅は、当時のままなのに、そこにはポッカリと、穴が空いてしまった様に晴希だけがいない……
再び、僕に絶望が押し寄せ様とした時……
ふと、誰かに呼ばれた様な気がした。
声がする方に向かうと、そこには……
「晴希? やっぱり晴希はココにいたんだ!!」
そこには、僕がずっと求めていた『晴希』が静かに、そこへ座っていた。
嬉しさのあまり、僕が涙を目に溜めながら抱き締めると……
『直樹さん……大好きだよ。心はいつも一緒だからね』
「ううぅぅ……晴希……ずっと、会いたかったよ」
晴希の優しい言葉に、僕は涙を流しながら喜んだ……本当に胸を空く思いだった。
そして、この日を境に僕は、少しずつ元気を取り戻してゆく事になったのが、晴希の一周忌を迎えた日に……事件は起きた。
― お寺 ―
晴希の一周忌には、結婚式の参列者達が集まった。その中には、亜紀や夏稀もいたのだが……
「桐月先生、草原さんの様子はどうですか?」
「うん……最近、ようやく落ち着いて来てね。昨日は、ご実家でゆっくり過ごせたみたい」
あれから亜紀は、頻繁に僕の家へと訪れては食事などを作ってくれていた。嬉しく思いつつも晴希との関係を思うと、少しだけ複雑だった。
「今日は草原さんも、来るんですよね」
「えっと、それは……」
夏稀の質問に対して顔を曇らせた亜紀は、喪服のスカートをギュッと握ると俯いてしまう。その表情は何処か暗く……バツが悪そうな顔をしていた。
そんな悲しそうにしている亜紀の姿を目の当たりにした夏稀は、思い立った様に……
「ハルだって、きっと草原さんと会いたいはずですよ。実家は、この近くでしたよね。俺、呼んで来ますから……」
「あっ、小湊さん、ダメッ!! 今の直樹さんは……あっ……」
慌てて引き留め様とした亜紀だったが、勢い良く扉を開いた夏稀は、そのまま外へと出ていってしまう。この辺りには数軒しか家がないので、小料理屋である僕の実家はすぐに分かったらしい。
コンコンコン……
扉を叩くと……
「はーーい、今日はお休みですよ……って、あれっナツじゃないか? 久し振り、こんな田舎まで旅行にでも来たのか?」
「草原……さん?」
思いの外、元気そうな僕を見て、目を丸くした夏稀は突然、僕の腕を掴むと……
「行こうよ草原さん、今日は晴希の……」
「晴希なら、まだ寝室で寝てるけど会ってくか?」
「はっ?」
夏稀は耳を疑っていた……
死んだはずの晴希が今……
ココにいると言うのだから……
信じられない様子の夏稀を引き連れ、僕は二階へと駆け上がり、襖を開くと……
そこには……
「ほらっ、晴希。ナツが遊びに来てくれたぞ」
『朝だよぉ!朝だよぉ!!直樹さん起きて〜』
「えっ?」
晴希の声が入っているヒヨコ型の目覚し時計『ハルルン人形』が、大切そうに布団の上へ置いてあった。まるで、本物の晴希を見るかの様に、接してる僕を見た夏稀は……
――草原さん……壊れちゃってる……
俯いた夏稀の目には涙が滲んでいた。
晴希が死んでしまった悲しみじゃない……
晴希の死と向き合えずに……
壊れてしまった僕を見て……
晴希の事を不憫に思ったからだ。
「草原さん……晴希は死んだんだ、もういないんだよ。今日は一周忌だろ、一緒に晴希の所に……」
「違う、晴希はココにいる……ココにいるんだ」
それでも諦め切れず、僕がハルルン人形を大事そうに抱き抱えていると、何を思ったのか夏稀が無理矢理、ハルルン人形を取り上げ……
「何するんだよ、ナツ。晴希を……僕の晴希を返してくれよ」
「こんな物あるから、いけないんだ。こんな物ぉ……
」
鬼気迫る顔で、夏稀がハルルン人形を床へと叩き付け様とした瞬間だった……
『今日は喧嘩しちゃったけど……私の事を嫌いにならないでね』
「ハル……ハルぅ……うっ……うううっ……」
偶然だったのかも知れない……でも僕には晴希が喧嘩を仲裁してくれたんじゃないかと思ったんだ。
その場で涙を流しながら腕を止めた夏稀に対し、僕は床に手を付くと頭を擦り付けながら……
「お願いだ、ナツ。僕の事はいくら殴って貰っても構わない。だから、これ以上、晴希を……晴希を虐めないでやってくれ」
晴希を守りたい一心で僕は必死に土下座した……
もう二度と晴希の事を失いたくなかったから……
「草原……さん……うううっ」
そう言うと夏稀は、静かにハルルン人形を置いて部屋から出て行ってしまった。そして、入れ替わる様にして亜紀が駆け上がってくると……
「はぁ、はぁ、はぁ……晴希ちゃんは?」
「無事だよ、亜紀さん」
ハルルン人形の無事を確認すると、亜紀はふぅ……と息を吐き、肩を撫で下ろした。どうやら亜紀も夏稀に壊されるんじゃないかと心配していたらしい。
でも本当は亜紀も分かっていた……
仮初の現実に縋り続ける事は……
何も解決しない事を……
それでもハルルン人形を失なえば、今度こそ僕は駄目になってしまうかも知れないと考え、亜紀は黙って受け入れる事にしてくれた。




