75話 ウェディングリート
和訳は『結婚挨拶』
晴気のお祖父さんが亡くなって四十九日を迎えた後……僕達は田舎の小料理屋に来ていた。母に晴希を紹介するためだ。
「直樹さん、緊張してるの?」
「えっ、いや……僕なんかよりも晴希の方が緊張してるはずなのに、ごめんな」
何故か緊張している僕とは裏腹に、晴希は少しだけウキウキしている様に見えた。それは、母と合うのが楽しみだったからに他ならないのだが……
「初めまして、春日野 晴希と申します。本日はお忙しいところ、お時間を頂き感謝しています。これっ、つまらない物ですが……」
「はっ……初めまして。なっ……直樹の母、芳子と申します。こここっ……この度は、遥々とこんな田舎まで足を……」
「かっ、母さん。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
母は極度に緊張しており、会話も、しどろもどろになっていた。見兼ねた僕が、間を取り持とうとすると……
「あの、すみません。私もちょっと緊張ちゃって、お手洗いをお借りしても宜しいでしょうか」
「トイレは、カウンターの横にあるから適当に使って……」
どうやら緊張が伝染してしまったのか、晴希はトイレへと立ってしまった。すると、母が小声で僕に問い掛けてくる。
「ちょっと、あんな若くて可愛い子が来るなんて聞いてないわよ。良くアンタなんかと一緒なりたいって言ってくれたわね。もしかして、結婚詐欺師とか何じゃないの?」
「いっ、いや……晴希は、ああ見えて資産家令嬢だし、詐欺なんてしないと思うけど」
そう言うと、母は目を丸くし、開いた口が閉じなくなってしまった。そんな話をしていると……
「席を外してしまい、すみませんでした。このお店、風情があって素敵ですね」
「まあ、古いだけだよ。ほらっ、母さんも何か、お菓子とかお茶は無いの?」
「そうだ、いけない……すぐに用意するわね」
そう言って母は立ち上がると、ヤカンでお湯を沸かし始めた。暫く、晴希と二人の時間が流れる。
「ごめんな、なんか母さん緊張してるみたいで……」
「そんな、大丈夫だよ。それに直樹さんのお母さん、優しそうで安心したよ」
母の緊張を僕が謝罪すると、晴希は笑顔で返してくれた。どうやら、実家のお店も気に入ってくれたみたいで、僕が安心していると……
「ごめんねぇ。急だったから、こんな物しかなくて……」
「お気遣い、ありがとうございます。いただきますね」
そう言って母が出して来たのは、お茶と羊羹と……何故か漬物だった。
どうして、こんな物を出したのか僕が問い詰めようとしたところ、晴希が羊羹を食べ始めてしまったため、文句を言う事も出来なかった。
仕方無く、僕もお茶を啜っていると……漬物を食べた晴希が、目を丸くして驚いていた。
「お母さん、このお漬物凄く美味しいです」
「晴希ちゃんは、まだ若いのに漬物好きなのかい」
昔ながらのぬか漬だが、野菜の質から酸味、塩気に至るまで、全てが完成されており、晴希は右頬に手を当てると、体を左右に揺らしながら喜んでいた。
「大好きです。家では良く作ってたんですが、中々、思うように味が出せなくて……」
「良かったら、ぬか床を少し持っていくかい?」
「良いんですか。直樹さん、美味しいぬか漬がお家でも食べられますよ。ふふふっ……」
どうやら晴希には、この漬物が刺さった様で、大喜びしていた……そんな時だった。
プルルル……
すると突然、家の電話が鳴った。受話器を取ると、何やら母が困った様子で話していたのだが……
「今日、バイトの子が熱を出してしまって、ランチタイムを代わりに出なくちゃいけなくなったの。夕方には戻るから、良かったら町の散策でも……」
「いや晴希もいるんだし、何とかならないの?」
そんな事を話していると、何を思ったのか晴希が神妙な面持ちで母の前に立つと……
「ご迷惑じゃなければ、私達もお店のお手伝いさせていただけないでしょうか。ねぇ、直樹さん」
「えっ?」
何と晴希は自ら、お手伝いを志願して来たのだった。少し困惑していた僕だったが、母はこれを喜び、歓迎してくれた。
「晴希ちゃん、これお願い出来るかしら?」
「はい。あっ、お客様2名来店です。こちらの席にどうぞ」
昼時と言う事もあって店には、かなりの客足があったのだが、晴希は卒なくこなして行く。そんな晴希におじさん達が……
「あれっ、今日は可愛い子が来てるね。新しいバイトの子かい?」
「ふふふっ……それが源さん、息子の婚約者でね。もう結婚しないと思ってたから、嬉しくってね」
余程、嬉しかったのか、笑顔で返す母の目は少しだけ潤んでいる様だった。その後も晴希は、手際良く接客をして、大活躍だった。
「晴希ちゃんは、本当に良く働く子だね。直樹には勿体ないくらいだよ」
「私なんて、そんな事ないですよ」
完全に意気投合してしまった二人を見て安心した反面、僕が会話に入れずに困っていると、ここで母が少し苦笑いをしながら……
「でもウチの子に、こんな素敵な彼女がいるなんて未だに信じられないわよ。ねぇ、晴希ちゃん……直樹のどこが好きになったの?」
「ちょっと、母さん」
答えづらそうな質問に僕は内心焦っていたが、晴希は優しく微笑むと……
「直樹さんは、優しいんです。困っている人を見過ごせないって言うか、いつでも誰に対しても温かくて……そんな、直樹さんに私は惹かれました」
「晴希……」
母は、目を瞑りながら納得した様に頷くと、晴希の手を取りながら……
「これからも直樹の事、宜しくお願いしますね。天国のお父さんにも、やっと嬉しい報告が出来るわね」
そう言って、母が仏壇に手を合わせると僕達も一緒に手を合わせた。
それから夕食を食べて帰宅している時だった……
「今日はごめんな。なんかお店の手伝いまでさせちゃって……人手が足りて無いみたいだからさ」
「えっ、そんな事ないよ。お手伝い楽しかったし、お母さんも優しい人で良かったよ」
僕は母の対応の悪さに失礼があったのではないかと懸念していたが、晴希は貴重な体験が出来たと逆に喜んでいた。
「あのぉ……直樹さん、ちょっと良いですか?」
「?」
僕が肩を撫で下ろしていると……改まった様子で晴希が声を掛けて来た。
「直樹さんのお父さんは、どんな方だったんですか?」
何でも仏壇で見た父の遺影が思っていたよりもずっと若く、その容姿が僕にそっくりだった事もあって、ずっと気になっていた様だ。
「父さんは真面目で、優しい人だったよ。友達の少ない僕とも良く遊んでくれて、休みの日には一緒にゲームなんかもしてくれてさ」
面倒見の良かった父は、夢だった小料理屋を開店させ客足も上々、順風満帆な生活を送っていたのだが、仕入れで市場に行った時に、人生の転機が訪れてしまった。
何でも、その日は酷い霧で視界も悪く、1m先も見えなかったらしい。そんな中、横断歩道を渡っていた少女を救うために飛び出して、父は帰らぬ人になってしまったのだ。
「即死だったんだ、本当に酷い状態だったから病院で顔を見た時も、初めは誰だか分からなくてさ……ずっと、父さんが死んだって受け入れられずにいたんだ」
「直樹さん……」
悲しそうに語る姿を見て、晴希もまた涙を流していた。そんな様子に気付いた僕は……
「ごっ、ごめんな。こんな話をするつもりじゃなかったのに……」
すると晴希は首を横に振って静かに抱き締めてくれた。晴希の優しい鼓動が温かくて、僕の冷たくなった心を優しく包んでくれる様だった。
辛い事もあったけど、晴希に出会えて幸せだったと、この時の僕は実感していた。




