63話 パインフォーフレイム
和訳『恋い焦がれし炎』
― 舞台裏 ―
僕達がイベントを進めている頃、バックヤードでは二つの影が密かに蠢いていた……スランとリオルドである。
どうやら二人は、ゲームアカウントを消された腹癒せに冨幸へ報復を企てていた様だが……
「流石にマズイんじゃ……」
「だったら、このまま引き下がれって言うのかよ。俺は、嫌だぜ……あんなに、こき使われた挙げ句、ポイ捨てなんてよ」
二人の目の前には、数台の精密機械が並べられていた。これは特設ステージの制御装置の様だが、スランは徐に数本のケーブルを握ると……これを一気に引き抜いた。
ウィーン……ウィーン……
「なんか、ヤバくないですか」
「ずっ……ズラかるぞ」
ガンッ
突然の警報音に驚いた二人は、急いでその場を後にしたが、途中で置いてあった一斗缶を倒してしまった。缶の中には大量の油性塗料が入っており、ゆっくりと床へと広がってゆく……
・
・
・
あまりの激痛に気を失っていた僕が、目を覚ますとバーチャル映像は消え、部屋には非常灯の明かりだけが灯っていた……いったい、何があったのだろうか?
キンコンカンコーン……
「会場の皆様にお伝えします。只今、停電の原因を調査中です。すぐに明かりが点きますので、その場から動かずに待機して下さい」
会場のアナウンスで停電が発生している事を知った僕が無言で待機していると……数分後に明かりが点いた。
ゲームを再開した僕は、敵の攻撃を受けない様に細心の注意を払いながら、ステージを進めてゆくのだったが……
「あははは……随分と時間が掛かった様だね。待ちくたびれちゃったよ」
「…………」
なんと最終ステージの直前で冨幸と鉢合わせになった……いや正確に言うと僕が到着するのを待っていた様なのである。
「待ってたのか?」
「こんな余興だけど、世界に配信されてるんだ。ちょっとは盛り上げないと、宣伝にならないじゃん。まあ、君に経営者の苦労は分からないだろうがね」
すると僕達の前に、車椅子へ乗った晴希のお祖父さんが現れ、押し迫って来た。
「お前達は晴希を手に入れて、どうするつもりだ」
「勿論、事業の拡大ですよ。これは、ビジネス……あなたの莫大な資産を利用しない手は無いでしょ」
慶恩寺グループの一員となれば、一生の安泰が約束される……これは春日野家に取っても、またと無いチャンスであった。
「お前は、どうなんだ」
「僕は経営の事なんか全く分からないけど……一生を賭けて晴希の事を幸せにします。晴希がずっと笑顔でいられる様に、その為だったら僕は命だって……」
僕の答えを聞いた冨幸は、馬鹿にしたように高笑いしていた。それは、あまりにも幼稚で具体性の欠ける回答だったからだ。
そんな僕を見て、お祖父さんは……
「命をそんな易々と賭けられる訳が無かろう。軽口を叩くでないわ」
二人の回答を聞いたお祖父さんは、冨幸こそ後継者に相応しいと送り出し、僕の行く手を阻んだ。炎に囲まれた城の階段を一歩、また一歩と登ってゆく冨幸だったが……
――ん? 何だ、この焦げた様な匂いは……それに気のせいか少し熱いぞ。
次の瞬間、城の窓が弾け飛ぶ……
本来の演出とは異なる展開に、慌ててVRゴーグルを外した冨幸が見たなのは……炎に包まれているハリボテの城であった。
「やばっ……」
慌てて引き返した冨幸は、足をバタバタとさせながら落ち着かない様子で何処かへ連絡していた。
「おい爺や、どうなってる」
「はい、坊っちゃま、緊急事態です。建物内で火災が発生しました。原因は分かりませんが、消火設備が作動しません。今、すぐにお逃げ下さい」
電話終えた冨幸は、自らの身の危険を察し、僕達には目も向けず擦り抜ける様、走り去ろうとすると、お祖父さんが強引に腕を取って引き留めた。
「おっ、おい……助けに行かんのか。晴希はまだ、あの中におるんじゃぞ」
「痛ったいな……そんなの知らないよ。そんなに助けたきゃ、アンタが自分で行けば良いだろ?」
冨幸は、冷たい言葉で罵るとお祖父さんの腕を振り払い……そのまま非常口の方へと消えてしまった。
無情にも裏切られる形となってしまったお祖父さんは、肩を落とすと深く溜め息を吐いた。
「もう手遅れじゃ。あとは、消防隊に任せるしか……」
「消防隊なんて、待ってられませんよ。晴希は、あの中にいるんですよ」
僕はおじいさんの制止を振り切って城へと向かって走り出した。勿論、怖くなかった訳じゃない。でも晴希を見殺しにするなんて、僕には出来なかった。
「小僧、無駄死にする気か?」
「晴希のいない世界なんて、僕には考えられない……ココで晴希を守れないなら、死んだ方がマシです」
僕は後ろを振り返りもせず、一目散に城へ向かって走り出した。
晴希が苦しむ顔を思い浮かべながら……
城の扉を開けると、そこは大広間となっており、既に火が回っており、煙が充満していた。手探りで辺りを探していると……部屋の奥に小さな扉を見付けた。
ドンドンドン……
「晴希……聞こえるか晴希。僕だ、直樹だ」
どうやら奥の部屋へ幽閉されている様だが、火災の影響なのか扉がロックされてしまっている。僕は必死に呼び掛けたが晴希の反応は無かった。
――晴希は、本当にココにいるのか?
晴希がいなければ、僕は無駄死だ……でも引きは返せば見殺しも同然である。不安が疑念を呼び、疑いが心に闇を灯すと、僕の頭の中を絶望の二文字が埋め尽くした。
刻一刻と迫るタイムリミットの中で、僕は選ばなければ、ならなかった。
自らが、進むべき道を……
――晴希、教えてくれよ。僕は、一体どうすれば……
目を瞑りながら、僕は心の中で問い掛けた……何度も何度も問い掛けた。最早、選択の余地は無く、このまま終わってしまうのかと諦め掛けた、その時……ふと誰かに呼ばれた様な気がした。
――晴希はいる……間違いなく、ココにいる。
これが天使の導きだったのか、悪魔の囁きだったのかは分からない。
でも、僕は確信していた……
晴希は、そこにいるんだと……
部屋に置かれていた冨幸の胸像を抱え、扉に向かって叩きつけると、なんと鍵が壊れて扉が開いた。
奥の部屋は既に灼熱のサウナ状態。辺りを見渡すと……床に横たわる晴希の姿を見付けた。
「晴希っ!!」
晴希を抱き上げると息はしていたが、既に意識は無く、その顔は赤く火照っている。余程、激しく抵抗したのだろう、手錠を掛けられた細い腕は鬱血し、皮も破れている。
ポタッ……ポタッ……
その凄惨な姿に僕の頬には、まるで雨にでも打たれたかの様に止めどなく涙が流れた。
晴希を縛る手錠は特殊な構造をしており、鍵穴が何処にも見当たらない……括り付けられた柱も頑丈で、とても破壊出来そうには無かった。
僕は困惑していた……
この絶望の中で……
どうやって晴希を救えば良いのかと……
炎の勢いは増すばかり……
究極の選択を迫られた僕だったが……
答えは既に決まっていた。
「大丈夫だ。僕はずっと、晴希の傍にいるから……」
このまま晴希を置き去りにするくらいなら、共に死んだ方がマシだと……僕は自らの死をも受け入れる事を覚悟していた。
押し寄せる熱波に朦朧とする意識の中、僕が晴希の乾いた唇へ、そっと口付けをすると……晴希の目尻からは、一縷の涙が溢れ落ちた。
これが嬉し涙だったのか、悲し涙だったのかは分からない。でも1つだけ言えるのは、ココには確かに、真実の愛が存在していたのだ?




