42話 ドーニングフルムーン
和訳『霞む君の笑顔』
僕は悩んでいた……
来る日も来る日も、ずっと……
晴希と亜紀の事を想いながら……
― ミカゲマート ―
「あっ……」
アルバイト中に晴希と目が合ったが、何故か視線を逸らされてしまう。ただの照れ隠しなのか、何か思惑があるのかは……分からない。
でも……
「あのぉ、テンダイさん。これどうしたら良いですか?」
「あぁ、これはね……」
いつもなら、僕に聞きに来る様な事も、晴希は、態々他の人に聞いて回っていた。
あれだけの事があったのだから、そう簡単に和解出来るはずが無い。それは分かってたけど、晴希の行動は赤ら様で僕もつい目が行ってしまう。
――やっぱり、晴希との復縁は難しいのか……
急に余所余所しくなってしまった晴希を見て、僕は気掛りで仕方が無かったのだが、理由を聞こうにもなかなか、声を掛ける事が出来ず……
もどかしい日々が続いた……
― 運命の日 前日 ―
恐らく、三人の今後を左右するであろう決断の日の前夜……僕は夏稀と同じシフトでバイトに入った。
「あのさ、ナツ……ちょっとだけ良いか?」
閉店時間を迎え、帰ろうとしていた夏稀を僕が神妙な面持ちで呼び止めると……
「どうした……もう決めたのか?」
「それが、まだ……」
未だに決め兼ねている僕に対して、夏稀の怒りのボルテージが上がると……
「まだ、決めてねぇのかよ。アンタがそんなんだから、ハル達は……」
「頼む……僕の話を聞いてくれ」
残された時間で、亜紀と晴希どちらかを選ばなければならなかった僕は、夏稀の罵倒に割り込む様な形で懇願した。
「晴希の様子がおかしいんだ。急に余所余所しくなって、僕からも距離を取る様になって……」
「でっ?」
僕の話を夏稀は、仏頂面で腕を組みながら静かに聞いていた。
「他に好きな人でも出来たのかなって……ナツは何か知らないか?」
「お前……それ本気で言ってるのか?」
「…………」
そして、暫くの沈黙の後……夏稀は一言、二言、話すと、そのままバイクに乗って行ってしまった。
― 運命の日 ―
僕は意中の人へ告白する事になった。
待合せ時間は16時……亜紀を選ぶなら『藤見が丘公園』、晴希を選ぶならパン屋『ル・シエル』に僕が迎えに行く事になっていた。
初めは恋路には加担しないと提言していた夏稀だったが、こうやって告白の場まで用意してくれた事には感謝しかなかった。
約束時間の10分前……
僕が足を止めたのは、藤見が丘公園だった。
ベンチで座りながら待っている亜紀は、僕の姿に気が付くとゆっくりと立ち上がり、優しく微笑んでいた……その手には、収穫祭で獲った小さなクマの置物が握られていた。
「直樹さん……」
――私を選んでくれたの?
流石の亜紀も不安だったのだろう……その目には、薄っすらと涙が光って見えた。
「直樹さん、ありがとう。私……」
感極まって走り出した亜紀に、僕は……
― 昨夜 ―
晴希には他に好きな人がいるのではと、僕が夏稀に問い掛けた時の事……
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「…………」
俯きながら、すっかり沈黙していた僕だったが、ふと顔を見上げるとすぐに違和感に気付いた。だって夏稀の目からは、涙が溢れ落ちていたのだから……
「ハルのバカは、何でいつもそうなんだよ。自分の事より、他人の幸せがそんなに大事なのかよ」
「ん? それって……」
夏稀から語られたのは、晴希の口止めだった……
晴希に取って僕は、体に触れられてもパニック症状の出ない特別な男性……その事実を亜紀には言わないで欲しいとのお願いだった。
「ハルは、不公平になるから言わないでくれって……もう、それで十分じゃんか」
「ナツ……」
すると、夏稀はポケットからスマホを取り出し、SNSのメッセージ投稿サイトを開いた。スマホの画面には『ハルル』と言う名前でメッセージが投稿されているが……どうやら、これは晴希の様だ。
ハルル【私には好きな人がいます……】
晴希の実情や内なる気持ちが書かれていた。実名こそ伏せているが、そこには僕や恩師である亜紀に、幸せになって欲しいと書かれている。
ハルル【それでも私は……】
晴希は、僕の事を嫌いになった訳でも好きな人が出来た訳でも無かった。
大切な人達に幸せになって欲しいと思う反面、諦めきれない自分自身にジレンマを感じ、押し潰されそうになり……無意識のうちに僕を遠ざけてしまっていたらしい。
ハルル【だから私は、信じて待ち続けるんだ……】
僕が、再び振り向いてくれるのを待ち続ける……
それが晴希の出した答えだった。
晴希の強い想い……
何よりも深い愛情を知った時……
僕の心には突き刺さる様な衝撃が走った。
確かに、最近の晴希の行動は可笑しかったかも知れない……だけど、それは僕が幸せになって欲しいと願う晴希の優しさからだった。
――僕は、勘違いをしてたのか……
自らの愚かさと、晴希への愛を思い出した僕に……もう迷いは無かった。
「じゃあ俺はもう行くから……後はあんたが自分で決めろよな」
・
・
・
顔を上げた僕は何かを決意した様に、真剣な眼差しで亜紀と向かい合うと……
「ごめん……僕は、亜紀さんとは付き合えない」
「…………」
まさかの言葉に、目を丸くして驚いた亜紀は、俯いたまま声を震わせると……
「だっ……だったら何でココに?」
「亜紀さんには直接謝りたくて……その……本当にごめん」
僕の言葉に、ハッとした亜紀は思い出していた。
――私はずっと、直樹さんの誠実さと優しさが……
「私なら大丈夫です。それより、早く行った方が良いですよ……女の子を待たせるなんて、最低ですから」
「すみません。それじゃ僕、行きます」
「晴希ちゃんの事……幸せにしてあげて下さいね」
にっこりと笑った亜紀を見て、僕は静かに頷くと、そのまま夕焼けへと消えて行った。
「うっ、うっ……うううっ……」
ずっと堪えていたのだろう。
去ってゆく僕の背中を見つめながら、亜紀は涙を流していた。溢れ出る涙は頬を伝い、夕焼けの赤に染まりながらキラキラと落ちてゆく……
それはまるで……
サルビアの花弁の様に……
綺麗で儚く散ってゆく様だった……
― パン屋 『ル・シエル』 ―
――晴希……晴希……晴希……
走馬灯の様に蘇る……
晴希との思い出……
『やっぱり直樹さんは私の運命の人なんです。もし、ご迷惑じゃなければ私をずっとお傍に……二十歳になったら、直樹さんのお嫁さんに下さい』
照れくさそうな顔をしながら、モジモジとしている晴希は何だか可愛らしかった。
『ふふっ……草原さんって、可愛いパンツを履いてるんですね』
『ふふふ……ビックリしました? 今日からは私もバイト仲間だよ。宜しくお願いしますね……直樹先輩』
太陽の様に明るい笑顔に照らされて……
『直樹さんの優しさに付け込んで、無理なお願いばかりして最低ですよね……グスッ』
『でも仕方が無かったの……グスッ。私が直樹さんに恋してるって事がバレれたら、きっと直樹さんはナツに壊されちゃうから……グスッ……だから……ううぅぅ……』
優しい涙によって、僕の心は満たされていた。
――もう迷わない、僕は晴希の事が……
パン屋に到着した時には、待ち合わせ時間を10分も過ぎていた。辺りを見渡すが……晴希の姿はどこにも見えなかった。
『ふふふっ……ココは私に取って特別な場所なんだ。毎年この日になると、屋上の鍵を貸して貰うの。ほらっ……もうすぐ始まるよ』
思い出した七夕の花火大会……
僕はビルの階段を駆け上がっていった。
そして……
「はぁはぁはぁ……」
息を切らしながら屋上に向かうと、そこに……晴希はいた。
「ごめん。遅くなって……」
振り向いた晴希は、僕の顔を真っ直ぐに見つめると目には涙を滲ませていた。
「待ってたよ。出会ったあの日からずっと……」
待ち焦がれていた事を告げると、晴希は凄い勢いで僕の胸へと飛び込んで来た。そんな晴希を受け入れる様に僕は優しく抱き寄せると……
「ごめんな、晴希……本当にごめんな」
「ううん」
僕の腕の中で『そんな事をないよ』と言わんばかりに首を横に振った晴希だったが、その目からは涙が滲んでいた。
そして一旦、晴希の肩を引き離すと、僕はゴクりと息を飲み込みながら、真剣な面持ちで向き合いながら……
「僕はやっぱり、晴希の事が好きなんだ。こんな僕で良ければ……付き合って下さい」
「はい……宜しくお願いします」
恋人は……女子高生。世間から見たら、あまりにも不釣り合いな関係かも知れないけど、もう僕の迷いは無かった。
「ふふふっ……」
「あははっ……」
この想いに嘘偽りはなく、夕闇に溶け合う影と共に、お互いの心を満たしてゆく……
――もう、後悔なんてしない……
握られた二人の手はきっと、二度と離離れになる事はないのだから……
過去描写
※運命の人 『5話 チアキューピッド』
※可愛いパンツ 『3話 オールドメイド』
※バイト仲間 『9話 マーメイドティアーズ』
※直樹の優しさ 『12話 ストロベリーロマンス』
※夏稀への懸念 『16話 アイラブレラ』
※七夕花火大会 『18話 サマーバレンタイン』




