34話 ワクシングフルハウス
和訳『隠れた横顔と二股の恋』
※ワクシングは上弦の月の事です。
※フルハウスはワンペアとスリーカード
亜紀は抽選会を楽しみにしていた様だったが、僕は断らなければならなかった。晴希達と遭遇してしまえば、全てが終わってしまうからだ。
それだけは……絶対に阻止しなければならなかった。
「あの、亜紀さん実は……」
「はい?」
亜紀には悪いと思いつつも、僕は用事があると説明し、抽選会へ行く事を断念した。
少しガッカリとしていた亜紀に、一人で抽選会へ行く様に提案してみたが、亜紀は首を横に振り、一緒に帰宅する事にする。
「ごめんね、亜紀さん。楽しみにしていたみたいなのに僕の都合で……」
「いえ、気にしないで下さい。急にお誘いしたのは私の方ですし、それに……ふふふっ。今日は本当に楽しかったから……」
亜紀の温かさと包容力……
そして優しい笑顔。
晴希の事を話してしまえば、きっと二度と亜紀とは会えなくなってしまうだろう。それでも僕は諦めなければならなかった。
晴希と真っ直ぐに向き合う為にも……
これ以上、亜紀の事を好きになってしまったら、きっと離れる事が出来なくなってしまう……そう実感していた僕は、運命の決断する事にした。
僕はポケット中で拳を握り締めると亜紀の方へと、体を向け真剣な眼差しで向かい合うと……
「あの、亜紀さん……」
「……はい」
どうやら亜紀は告白だと勘違いをしている様で、持っていたバッグを後ろへと回しながら頬を赤くしていた。
そんな亜紀を見つめていると僕は酷く心が傷んだ……亜紀が悲しむ顔を想像すると、とても苦しかった。
それでも……
「亜紀さん、実は……」
「きゃっ……」
決意を固めた僕が、晴希の事を打ち明けようとした瞬間だった。なんと覆面を被った男が亜紀のバッグを持ち去ってしまう……どうやら、この男は引っ手繰りの様だ。
「あっ……待てぇ」
直ぐ様、覆面男を追い掛けた僕達……人通りで遮られた事もあり、覆面男との距離は徐々に縮まってゆく……
2m……1m……
やっと追い付いた僕が、覆面男の肩へと手を触れた瞬間だった……
「捕まえ……うわぁああ」
ザバーーン!!
激しく抵抗した覆面男によって僕は近くにあった噴水へと押し退けられてしまった。
「つっ、冷た……」
着ていたシャツとジーンズに水が染み込み、ズッシリと重い……
「はぁはぁはぁ……直樹さん、大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫、それよりあの男を……」
心配して駆け寄って来た亜紀だったが、覆面男との距離は無情にも離れてしまった……このまま抽選会場へ紛れてしまえば、きっと探し出す事は困難だろう。
藁をもすがる思いだった……
「引っ手繰りです。誰かその覆面男を捕まえてくださーい」
だが僕の悲痛な叫びとは裏腹に、誰も反応をしてくれない。きっと皆、お祭りの最中、厄介事には関わりたく無いのだろう。
最早ここまでか……と思われたまさにその時、だった。人混みの中から何と、覆面男が外へ飛び出して来たのだ。
「テメェ、ぶっ殺され……ぶぼぉ」
「俺の目の前で引っ手繰りとは……良い度胸だな。目障りだ、さっさとそのバッグを寄こしやがれ」
地面へと蹲る覆面男……
どうやら誰かが捕まえてくれた様だ。
大慌てで僕はお礼を言いに向かったのだが……
「引っ手繰りを捕まえていただきありがとうございます。なんてお礼を言ったら良いのか……なっ!?」
見覚えのあるスカジャン姿に僕は驚きを隠せない……それもそのはずだった。
「別に気にしなくて良いよ。悪い奴を懲らしめるのは当然の事だし……って草原さん!? なんでアンタがここにいるんだよ」
何と覆面男を捕まえたのは、なんとバイトを終えて会場まで来た夏稀だったのである。
祭の誘いを断っていたのにも関わらず、会場にいた事を不審に思った夏稀は、下から僕の事をジーッと睨みつけていたが、少し遅れて亜紀が駆け寄って来ると……
「私のバッグを取り替えしていただきありがとうござ……あれっ、小湊さん!?」
まさに三つ巴……
僕は必死で言い訳を考えていたが……
事態は更に悪い方向へと傾いてゆく……
「ハァハァハァ……もうナツったら先に行っちゃうんだもん。探したよ、ってあれ? 亜紀先生に……直樹さん?」
今度は人混みの中から晴希が現れた……これは今、想像し得る最悪のシナリオである。
突然の事態に動揺を隠せない僕……
ただ無言のまま睨みつけている夏稀……
状況を飲み込めずポカーンとしている晴希……
そんな沈黙の中、最初に口を開いたのは亜紀であった。
「今日は直樹さんにお祭りを案内して貰ってたんだけど、バッグを取られてしまって……小湊さんが取り返してくれて良かったわ」
「ナツ凄ーい。亜紀先生もバッグ取られなくて良かったね」
亜紀の話に納得した様子の晴希であったが、依然として夏稀の目は鋭く尖っていた。
「草原さん、ちょっと良いか?」
「……うん」
夏稀が僕を尋問しようと声を掛けた、瞬間だった。
「このガキがぁ、舐めやがって……」
倒れていた覆面男が急に起き上がり、夏稀を目掛けて突進して来た……その手には白く光るナイフが握られている。
異変に気付いた夏稀が、咄嗟に振り返ろうとした、まさにその時だった。夏稀を覆う様にして大きな影が現れると……
「ふはははっ……鉄拳制裁」
ドッゴーーーン!!
何かが破裂する様な音と共に、覆面男が姿を消すと、目の前には派手な金の龍が描かれたスカジャン大男が立っていた。
「俺の女に手を出すとは、命知らずな奴だな」
「ふぃ……助かったぜ」
大男の正体は、夏稀の彼氏である政斗であった。以前に見た時は包帯でグルグル巻きで気付かなかったがスタイルも良く、その顔はかなりのイケメンである。
一瞬焦った顔をしていた夏稀だったが、政斗の登場ですっかり安堵した様だった。
「テメェの女を守るのは当然だ。それよりナツ、恐かっただろ? 俺が熱い抱擁で癒して……痛っ!テメェ命の恩人に何すんだよ」
「何すんだじゃねぇよ。ドサクサに紛れて人に抱き付こうとしてんじゃねぇよ」
照れ隠しをしている夏稀を見て、ニヤニヤとしている一同……すっかり安心しきっていた僕だったが、後ろからただならぬ殺気を感じた。
「なんだ、コイツ。もしかして、さっきのヤツの仲間か。鉄拳……」
政斗が僕に対して拳を振り上げた瞬間、夏稀が庇う様に間へと入ると……
「バカっ、この人はバイト先の先輩だ。この前、イザコザの時にも助けに来てくれてただろうが……」
なにやら難しそうな顔で僕をジロジロと観察している政斗だったが、何かを思い付いた様に手を打つと……
「忘れた。男に興味ねぇし……そんな事、イチイチ覚えちゃいねぇよ」
「………………」
やれやれといった様子で、呆れている夏稀にだったが、僕には一つ気になっている事があった。
「あのさ……さっきの覆面はいったいどこにいったんだ? 危険だし、早いところ警察に引き渡した方が……」
「あぁん? 救急車の間違いだろ。ほれっ、そこの茂みでくたばってるよ」
政斗が指差した5m先の茂みには小さな窪みがあり、覗き込むとさっきの覆面男は泡を吹きながら倒れていた。あと一歩、夏稀の制止が遅かったらと思うと、身の毛もよだつ思いだった。




