32話 トワイライトスポット
和訳『夕陽の当たる場所』
悪夢のお茶会から一夜が明け……
思い出すのは二人の事だった。
晴希と亜紀……
二人の女性を、同時に好きになってしまった僕は、後悔と罪悪感から何も手につかず、無気力にゲームをしながら過ごしていたのだが……
チャラチャラン……
スマホが鳴り響いた。どうやら亜紀からのメールが届いた様である。
【拝啓……初秋を迎え、森の木々達は夏の終わりを告げる様に、彩り鮮やかにその葉を染めてゆき……】
例によって超長文のお礼メッセージが届いていた。話を要約すると、どうやらデートの誘いの様だ。
【お誘いありがとうございます。どこに出掛けますか?】
亜紀から誘われたのは、収穫祭だった。この綿樫町では毎年、秋になると収穫祭が行われている。
開催場所は亜紀と出会った『藤見が丘公園』だ。夜になると、公園はライトアップで飾られ屋台が出店される。
小規模ながら花火なども打ち上がり、この小さな町では一年で一番大きなイベントであった。どうやら引っ越して間もない亜紀は、他に頼れる人もおらず、僕に案内をお願いして来た様だ。
今夜、18時に公園で待ち合わせ……
特に予定も無かった事もあり、快く亜紀とのデートを承諾してしまったが、これが波瀾の幕開けになる事など、今の僕は知る由も無かった。
― ミカゲマート ―
バイトを終えると引き継ぎへと向かう。事務所には入替えで来た夏稀が待機していた。珍しく早い到着に違和感を覚えていると……
「草原さん、ちょっと良いか?」
夏稀は僕を呼び寄せると、懐から薄汚れた財布を取り出した。
「この前のいざこざの時に、草原さんが落とした財布だ……取り敢えず、返しとく」
「あっ、探してたんだ。ありがとうな……ははは」
財布を受け取った僕は、ジュースを飲みながらスッカリ和んでいたのだが、夏稀は少し強張った顔をしながら近付くと……
「なぁ、草原さん。桐月先生と本当は、どういう関係なんだ?」
ブハァ……
あまりにも唐突な質問に、僕は驚いてジュースを吹き出してしまった。噎せ返して苦しんでいた僕は……
「ゴホッゴホッゴホッ……なっ、何を急に……」
「なんか親しげだったし、ただのご近所さんにしては、ちょっと怪しいかなって……」
亜紀との関係を疑いながら近付いてくる夏稀に、僕は動揺を隠せず、目を泳がせていた。
――これは、マズいぞ……
「あはは……亜紀さんも言ってただろ? たっ、ただのご近所さんだよ」
今、亜紀との関係をバラす訳にはいかなかった。
取り繕った様な言い訳で、僕はその場をやり過ごそうとしたが、夏稀は更に睨みを利かせながら、押し迫って来る。
「本当の事を言えよ。いったい何を隠してやがる」
「えっと、あの……その……」
ガチャ……
「はぁはぁ……遅くなっちゃいました」
「チッ……」
推し測った様なタイミングで晴希が事務所へと入って来ると、夏稀は舌打ちしながら出て行ってしまった。まだ疑いは晴れた訳では無さそうだが、取り敢えず今日の所は、大丈夫そうだ。
事なきを得て、すっかり安堵していた僕だったが、晴希は近付いて来るとペコリとお辞儀をしながら……
「直樹さん、昨日はご馳走様でした」
「あっ……ああ……」
満面の笑みでお礼を言う晴希だったが、目が合うと何だか気まずくなってしまい……僕は素っ気ない返事を返してしまった。
そんな僕に、晴希は悩まし気な顔をしながら詰め寄ってくると……
「あのぉ……直樹さん。今夜、予定って空いてたりしますか?」
「えっ? あっ、今日はちょっと用事があって……」
そう……今夜は亜紀とのデートの約束があるのだ。
誘いを断ってしまったが、晴希の残念そうな顔を見ているとバツが悪く、罪悪感から顔を上げる事が出来ずにいたのだが……
「そっか……残念だね。折角、店長から綿樫祭の抽選券を貰ったからナツを誘って3人で行きたかったのに……」
「えっ!?」
僕は完全に固まっていた……まさか、晴希達までお祭りに来るとは、予想だにしていなかったからだ。
「じゃあ、遅れちゃうから……もう行くね」
「あっ……」
レジへと走ってゆく晴希を……
僕は引き止める事が出来なかった。
その場から動けずに立ち尽くしていた僕だったが、ココにいても何も変わらないと、取り敢えず帰宅する事にした。
考えれば考える程に……
分からなくなる自分の気持ち。
最早、晴希と亜紀のどちらを好きなのかさえ分からなくなり、進む道を見失った僕は、自身の不甲斐なさに憤りを感じながら歩いていると……藤見が丘公園の前に差し掛かった。
公園では、セカセカとお祭の準備が行われており、下見がてら中を通り抜けると、少し離れた場所で屋台の準備をしていたお爺さんが、苦戦しているのを見つけた。
「あのお爺さん、どうかしましたか?」
「なんじゃい.お前さんは? 店はまだじゃよ、聞こえんのかぁ」
見兼ねた僕がお爺さんへと声を掛けたのだが、どうやら客と勘違いして追い返されてしまった。普段だったら立ち去ってしまう所だが、どうにも危なっかしくて、見ていられなくなった僕は……
「大変そうですが、何かお手伝いましょうか?」
お爺さんは、僕の申し入れに笑顔で手を打つと、今度は肩をバシバシと叩いて来た。
「おぉおぉ、すまんのぉ若いのぉ。実は腰を痛めてしまって困ってたんじゃ」
「はははっ……まずは何から手伝いましょうか」
不慣れな僕は、悪戦苦闘しながらも、おじいさんの指示で屋台の組み立ててゆき……
「ふぃ……終わったぁ」
「いや……助かったぞ、若いの。ありがとのぉ」
僕の活躍もあって、日暮前には何とか屋台を完成させる事が出来た。
「それじゃ、僕はこれで……」
約束の時間までは残り2時間、僕が急いで帰宅しようしていると……
「若いの、ちょっと待ってろ……(アレでもない、コレでもない)……あったコレじゃ」
お爺さんは屋台の奥にあった重そうなバックの中から1枚の紙切れを取り出すと、僕へ手渡して来た。
「これは……」
「祭の抽選券じゃ。こんなもんしか、あげられなくてすまんが、良かったら持って行ってくれ」
「あっ……ありがとうございます」
僕はお礼を言うと駆け足で家へと帰宅した。部屋に入ると、ベッドの上に座っているハルルン人形を見て……思い出す晴希の事。
『はい、これ。最近なんか元気無かったから私からのプレゼント。気に入ってくれると良いんだけど……』
『直樹さんお疲れ様です。ハルルンちゃんは可愛がってくれてますか?』
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――今日こそは、亜紀さんに晴希の事を……
晴希への愛を胸に、亜紀へ真実を告げる決意をした僕は公園へと足を急がせた。




