29話 ジェネラルミート
和訳『焼き肉奉行』
※今回は箸休め回なので、気楽に御覧ください。
夏稀達の救出から一夜が明けると、全身に駆け巡る酷い痛みで僕は目を覚ました。
「あぃたたた……」
生きて戻って来れた事にホッとしていた物の、やはり殴られた箇所は青アザとなっており、少し動かしただけでも鈍痛が迸った。
チャラチャラン……
動かない体に鞭を打ちながら、朝食を作っていると……突然、スマホが鳴った。
朝から晴希か?
それとも亜紀か?
どちらに転んでも、この耐え難い苦悩は変わらないだろうと感じながらも、スマホを手に取ると……
そこには……
【緊急招集】
なんと『中年童貞の集い』の招集であった。実に数ヶ月振りの招集……
無料で美味しい食事にありつけると心を踊らせていた直樹だが、内容を見て唖然とした。
『バーベキューパーティ』
全身の痛みに堪えながら、集合場所の河川敷まで移動すると例によって四十代童貞達が仁王立ちで待ち構えていた。
「おせぇぞ、草原。毎度毎度、遅れてくるんじゃ……なっ、その怪我どうしたんだ?」
いつもの様に甲高い声で怒鳴られると思っていたのだが、アザだらけの僕を見て安倍は目を見開きながら驚いていた。
「いや、ちょっと階段から落ちてしまいまして……」
咄嗟に言い訳をする僕だったが、安倍は目を細めて疑っていた。そんな状況など全くお構い無しに、ただ黙々と準備に取り掛かっている人物がいた。
『大食漢の童貞 太田』
ぶら下がる肉によって隠れた下顎……
白く伸び切ったヨレヨレのTシャツ……
前につき出す砂丘の様な腹……
そのあまりの巨漢振りは、まさに怪物と言っても過言では無いだろう。だが、この男には信念があった。
料理は愛情……
食事は交流……
食に掛けては人一倍のポリシーのある太田は、料理の準備や下拵えに余念が無かった。
「阿倍さんも、草原君も話して無いで手伝って欲しいだによ」
「ああ悪い悪い、今行くから……飯の事でアイツと揉めると面倒だからな」
太田の一言により難を逃れた僕だったが、そこに待ち受けていたのは……
「じゃあ、草原君には買い出しを頼むだに。ここに書かれているものを買ってくるだによ」
手渡されたメモを見て僕は驚愕した。二度見、三度見するが……どうやら見間違えでは無いらしい。
そこに書かれていたのは……
【牛ロース 5㎏】
【牛カルビ 3㎏】
【豚ロース 5㎏】
【野菜・お酒 大量】
【その他……】
あまりにも大量の食材に、僕が青ざめていると……
「遅れると太田君の機嫌が悪くなりますし、良かったら僕もお手伝いしますよ。大丈夫、この台車を使えば何とかなるさ」
戸惑う僕を見兼ねてなのか、優しい城崎が声を掛けてくれた。
火起こしだけすると寝転がったり、猫と遊んでいたりと自由にしている他のメンバーとは違い、城崎だけはいつも味方をしてくれる……
そんな城崎の事を僕は陰ながら、兄の様に慕っていた。
― 買物の帰り道 ―
傷だらけの僕の代わりに、台車を押してくれていた城崎。僕が人知れず感謝していると、誰もいない路地に差し掛かった時に……
「その怪我、いったい何があったの?」
「実は、その………」
怪我について尋ねられた僕は、城崎にだったらと、ありのままを話す事にした。バイトの仲間が暴走族に捕まった事、助けに行って暴行を受けてしまった事。
「なるほど、それは気の毒だったね。警察には届け出ないのかい?」
「あんまり大事にはしたく無くて……あっ、この事は……」
「分かってる。誰にも言わないから、安心して良いよ。そろそろ河川敷に着くね」
城崎は目を細目ながら軽く微笑むと、何事も無かった様にメンバーの中へと溶けて込んで行った。ルックスも良くつ、こんなにも出来た人なのに何故、彼女がいないのか?
そんな疑問を抱きながらも、僕は太田に材料を手渡した。
太田は買ってきた食材に頷くと、まるで精密機械の様に繊細で素早く瞬く間に捌かれてゆく肉塊。
そして、舞台はコンロへと移る……
ジワジワと灯る炭火に……
炙られ滴り落ちる脂……
その一つ一つはまるで水晶の様でもあり、芳ばしい香りが僕達の食欲を駆り立てていた。
「はい。これは、焼けたから盛り付けても良いだに。こっちは、まだ早いだにね」
焼き肉奉行とは、良く言ったものだ。
メンバーのお腹を満たすべく……
華麗に、かつ繊細に……
そして、大胆に焼き上げてゆく太田……
焼き上げた大量の肉を、豪快に盛り付けてゆく姿は……まるで、食の支配者の様であった。
「よーし、食材も焼けて来た所で、恒例のフードバトルやるぞ。太田はいつも通り、ハンディとして焼きながらで、三人前上乗せな」
フードバトルとは恒例の大食い大会である。各自皿に盛られた食材を食べ進めてゆき一番食べた人が優勝。勿論、優勝者には豪華景品が待っている。
今回の景品は……
大魔界酒造『八重垣』
一般には出回らいない幻の酒で、入手困難な上、数も少ない。今回は佐武の伝手で偶然、手にいれる事が出来た様だが、酒好きのメンバーは、この銘酒を手に入れようと手に汗を握っていた。
白熱すると思われたフードバトルだが、食材を半分程使いきった所で、殆どのメンバーがギブアップ……最後は阿部と太田の一騎討ちとなった。
「太田よぉ……食に掛けるお前の熱意は、認めてやる。だがこの戦いは俺の……なっ?」
大皿に乗っていた肉や野菜を、まるでブラックホールの様に一気に飲み込んでゆく太田の姿を見て、流石の阿部も呆然と固まった。
「きょ、今日の所はこの辺で勘弁してや……」
「阿部さん、御代わりはいらないだにか?」
依然として衰える気配の無い太田の食欲に、阿倍は完全に屈した……そして、心に誓った。
もう太田とフードバトルをするのはやめようと……
結局、ハンディも物ともせずに、太田の独壇場で優勝。だが当の太田は景品には全く興味が無い様で……
「オデは今日いっぱい食べれただけで満足だによ。これ草原氏にあげるだに、三十路童貞になったのに、何もあげて無かったから」
銘酒を受け取った僕だったが、回りからの視線が熱い……熱すぎる。
お酒に興味が無かった僕も正直、いらなかったが、太田の好意もあり……返す事も、譲る事も、出来ずにヒソヒソと持ち帰る事にしてしまった。
真夏の暑さを越え、晩夏の頃……
秋風に揺られる金木犀の蕾と、空にうっすらと浮かぶ白き月は、秋の訪れと運命の綻びを予期していた。
ご覧頂き有り難うございます。
第二章も、これで完結となりますが、如何だったでしょうか?
『第三章 ノクターン 〜秋空に沈む太陽と昇る月〜』も引き続きお楽しみ下さい。
【ファントムグリフ 構成員紹介】
五十路童貞(リーダー)
・情熱の童貞 安倍
四十路童貞
・激情の童貞 佐武
・博愛の童貞 城崎
・大食漢の童貞 太田
・???
・???
三十路童貞
・若葉の童貞 草原




