22話 クロスデスティニー
和訳『交錯する運命』
思い返すと感じる晴希への強い不信感……
出会った頃は、あんなにデートをしたいと迫って来たのに、夏稀がバイトメンバーに加わってから、一度も誘いが無い事に僕は違和感を感じていた。
真相を探ろうとオンラインゲームのメッセージ機能を利用してを確かめようとしたのだが……
【昨日、真桜町のアーケードに……】
――ダメだ。こんなの、送れないよ。
いざメッセージを送ろうとすると、嫌な事ばかりが思い浮かび、どうしても送信する事が出来無かった。
真相は知りたいけど……
現実を知るのは恐くて……
結局、不安から一睡もする事が出来ず、目にはドス黒いクマが浮かび上がり、掻き毟った髪は酷く乱れていた。
――はぁ……今日は、晴希と同じシフトか。
楽しみのはずの晴希とのシフトも、昨日の光景を思い浮かべると胸が苦しくなってしまい、その顔はどんよりと暗くなっていた。
― ミカゲマート ―
僕がロッカーで、身支度をしていると晴希が勢い良く事務所へと入って来ると……
「おはよ、直樹さん。昨日ねぇ……」
「ごめん晴希。今日はその、体調が悪くて……」
気持ち良く挨拶をして来た晴希だったが、僕は極度の眠気と疲れから、冷たくあしらってしまった。すると……
「そうですか……ごめんなさい」
「あっ……」
僕の冷たい態度に視線を落とした晴希は少し寂しそうな瞳で謝ると、そのまま事務所を出て行ってしまった。
一度は近付いた僕達の心も、今はまるで見えない壁にでも遮られたかの様に、その内側が分からないでいた。
バイトが終わる頃になると……
何故か夏稀が現れ……
再び晴希を連れ去ってしまう。
不安を募らせながら……
一人呆然と帰路についていると……
ピピピ……
「わぁああ……」
突然、スマホが鳴った。
――こんな時間に、いったい誰だろう?
恐る恐るスマホを見てみると着信は母からだった。恐らく、食事会の事だろう……
「もしもし、母さん」
「あっ、直樹。食事会の日時決まったわよ」
明後日の午後7時、待合せ場所はこの前見に行った真桜駅のレストラン『ベルベット』で確定したらしい。
「それで母さん達は何時ごろこっちに来るの? 良かったら駅まで迎えに……はっ?」
どうやら母達は用事がある様で、来るのは相手のお嬢さんだけらしい。口を半開きにしながら固まっていた僕だったが……
「それじゃあ、忙しいからもう切るわね。くれぐれも無礼が無いようにね」
「ちょ、ちょっと母さん……あぁ」
あまりにも投げ槍なお見合いに、僕は文句の一言を言おうとしていたのだが、母は適当な言い訳をして、そのまま電話を切ってしまった。
途方に暮れていた僕だったが、不思議と晴希への罪悪感は薄れていった。
――晴希だって浮気しているんだし、良いよな。
別に付き合う訳じゃないんだし、ただ食事を一緒にするだけだからと、僕は自身に言い聞かせ納得していた。
家に帰った僕が、パソコンを立ち上げゲーム画面を開くと、晴希からメッセージが入っているのに気付いた。
【直樹さんは明日、休みですよね? 良かったらナツと一緒に出掛けませんか?】
【ごめん、ちょっと用事があって】
本当は用事など無かったけれど、晴希達と顔を合せるのが辛かった僕は、つい誘いを断ってしまった。
― 翌日 ―
用事があると言ってしまった手前、ゲームをする事が出来ず、僕はゴロゴロとしながらテレビを見ていたのだったが……
晴希達の事を思うと、どうにも落ち着かなかったので、気分転換に散歩へ出掛けると……
『藤見ヶ丘公園』
先日、真珠を探していた女性と訪れた、あの公園の前にいた。
『ご心配をお掛けして……きゃっ』
『すいません私ったら……』
『私の……(ボソボソ)』
フラッシュバックする昨日の出来事……
あの女性は確かに美人だったけど、きっと高嶺の花だろ。もう会う事も無いだろうと思うと何故か胸がキュッとしていた。
――僕には晴希がいるのに、どうして……
あの女性の事を考えると、何故か胸が熱くなり、高ぶる感情を抑えながら僕は苦しんでいた。
日を追う毎に薄くなってゆく晩夏の青空は……
まるで、この夏と晴希への想いの……
終わりを告げている様で……
どこか寂しく、儚い想いと共に……
僕の心を冷ましてゆく様であった。
― 食事会の当日 ―
着なれないスーツ姿でお店へと向かった。失礼があってはならないと、予定よりかなり早くお店へと着いてしまうと緊張してしまい、お店の中へと踏み込めずにいた。
僕は気分を落ち着かせる為にもアーケードで散策する事にしたのだが、目に止まったのは……
先日と全く同じ光景だった……
飛び跳ねながら夏稀に抱き付いた晴希の胸には、プレゼントらしき紙袋を抱えられている。
――あぁ……最悪だ。
目の前でイチャつく二人を見て……僕は落胆した。晴希の目にはもう、夏稀しか写っていないのでは無いかと思うと、胸が急に苦しくなった。
途方に暮れていた僕の顔は、夕陽の逆光を受けて隠れてはいたが、その背中には哀愁が漂っていた。
― 洋食屋ベルベット ―
約束の時間になり、受付で名前を告げると奥へと案内された。席へ着くと花柄の白いワンピース姿の女性が窓越しに外の様子を覗いているのに気付いた……
「あの……初めまして『草原 直樹』と申します。お待たせして、すみませんでした」
僕に気が付いた女性は振り返ると、深くお辞儀をしながら丁寧に挨拶を始めたのだが……
「こちらこそ初めまして『桐月 亜紀』と申します。この度はお忙しい所、私の為にお時間を作っていただ……えっ!?」
「あっ!?」
口を手で抑え、驚きを隠せない様子の亜紀と目を丸くにして固まる僕。
それもそのはずだ……目の前にいたのはなんと先日、真珠を探していたあの綺麗な女性だったのだから……
驚きから暫く無言で僕達は固まっていたのだが、目が合うと不思議と笑みが溢れた。
「私、未だに信じられません。まさか、あの日、助けて下さった方が草原さんだったなんて……お礼もキチンと言えずにすみませんでした」
「いやいや僕の方こそ、驚きました。まさか貴女が桐月さんだったなんて……こちらこそ突然、飛び出したりして、すみませんでした」
それから僕達は食事を交えながら会話を楽しんだ。亜紀は落ち着いた雰囲気の女性で、一緒にいると不思議と心が和らいだ。
「そのネックレスは先日の……」
「はい、一緒に探して頂いたネックレスです。草原さんのお陰様で私は……本当に救われました」
亜紀の年齢は28歳と近く、同郷と言う事もあり、趣味や昔話などで自然と話が盛り上がった。
音楽や食事の好みなども似てる所が多く、どうやら家も近い様だ。この上無い程に理想の女性であったが……僕には晴希がいる。
「お客様、ラストオーダーのお時間になりますが……」
「あらっ……もう、こんな時間。そろそろ帰りましょうか直樹さん」
「本当に時間が経つのは早いですね。亜紀さん、帰りましょう」
時間も忘れて話し込んでしまっていた僕達は、食事が終わる頃には名前で呼び合うほど親密になっていた。
あの公園まで亜紀を送ると……
「今日は本当にありがとうございました。私にとって本当に……最高の一日でした。もし宜しければ、またお会いして頂けませんでしょうか?」
「こちらこそありがとうございました。連絡先も交換したし、また会いましょう」
亜紀と別れた後……帰り道で思い出したのは晴希達の事であった。
浮気しているとは言え、晴希の事をあれだけ好きだと言って置きながら、気付けば亜紀の事も好きになってしまっている……
そんな自分を僕は許せなかった。
後悔と罪悪感の念に苛まれた僕は、気付けば罪の意識から押し潰されそうになっていた。
※亜紀との遭遇は、前話『21話 トライアングルメア』を御覧ください。




