9. 初仕事です
ついに、初仕事の日がやってきた。ボビー、テオ、コリン、エラ、アタシの順でオリーがひく荷車に乗りこむ。今日はジョーさんも一緒に来てくれる。ジョーさんは馬に乗り、ネイトは馬の隣を走る。
オリーは力が強く、荷車は軽快に走り、すぐに王宮に着いた。王宮の周りは
高い塀で囲まれている。
「俺たちは下働き専用の入口から入るんだ」
ジョーさんがオリーを先導していく。下働き専用の入口は舗装されてない道の先にあった。偉い人用の入口は、石畳なんだって。
大きな木の門は開いている。衛兵がふたり門の両脇に立っていて、アタシたちが近づくと長い槍を両側から伸ばし交差させた。ジョーさんはひらっと馬から降りると、上着のポケットから許可証を出す。
「今日から下働きをする、孤児院の者です。管理部門清掃課のカーラさんと約束があります」
衛兵は許可証を確認し、すぐに通してくれた。
「すごいちゃんとしてるんだね」
「王宮だからね。許可のない人は入れないんだ」
そっか、そうだよね。王さまがいるところだもんね。
「ジョーさんがいないときは、アタシたちが衛兵さんに許可証を見せるんだよね」
「そうだね。慣れるまでは毎日一緒にくるよ」
「そうなの? 今日だけだと思ってた。記者の仕事はいいの?」
「記者の仕事もするよ。サブリナたちが働いている間、王宮内で調べ物をするんだ。ほら、簡単には入れない場所だからさ。こんな機会はめったにない。すごくありがたいよ。だから、気にしないで。俺には俺の仕事があるから」
「よかったー」
ボビーたちと顔を見あわせてホッとする。明日からジョーさん抜きで来るのかと怯えてたんだ。でもジョーさんに迷惑かけてばっかりもイヤだ。気持ちがグルグルしてたけど、ジョーさんが記者の仕事もするって言ってくれて、すごく気が楽になった。
色んな建物の間を通り抜ける。石造りの建物はどれも似ているから、見分けがつかない。ひとつの建物の前でジョーさんの馬が止まった。
「ここが管理部門清掃課だよ。みんな降りて待ってて」
ジョーさんは中に入っていき、しばらくすると女性と一緒に出てきた。シンプルな紺色の上着とスカートを着た、スラッとした女の人。茶色の髪に茶色の目。安全な色。
「みんな、清掃課主任のカーラさんだよ」
「おはようございます」
「よろしくお願いします」
「お世話になります」
事前にジョーさんと練習していた通りに、挨拶してお辞儀をする。
カーラさんは少しだけ微笑んで、何度も頷く。
「よろしくお願いしますね。私のことはカーラさんと呼んでください。パイソン公爵閣下から、あなたたちのことを任されました。あなたたちが無理なく、気持ちよく働けるようにするのが私の務めです。何かあったら遠慮なく言ってください」
「はい」
きちっと姿勢を正して答える。ダメな子だと思われないようにしなきゃ。
「さて、今日やってもらうことは、清掃課でもかなりキツイ仕事なのですが。本当にいいのでしょうか? もっと楽な仕事もあるのだけど」
カーラさんは最後の方はジョーさんに向かって言う。ジョーさんはアタシたちとカーラさんを交互に見ながら、アタシたちの代わりに説明してくれる。
「誰もやりたがらない仕事から始めたいという、この子たちのたっての希望なんです。それなら、仕事を横取りしやがってといじめられないんじゃないかと。あ、すみません。言葉が悪くて」
「いいえ、気になさらないで。こちらの仕事はきれいごとでは済まないことばかりですからね。多少の言葉や態度の悪さは見過ごします。ただし、貴族がいる前では隠すようにしてくださいね」
「はい」
ジョーさんも、アタシたちも元気よく答える。
ひととおり説明を聞き、現場に向かうことになった。
ジョーさんの馬を壁際につなぎ、水とわらを前に置く。オリーを荷車から外すと、オリーはのっそりとアタシたちの後からついてくる。オリーがアタシたちと一緒にいることを、王宮は許してくれたんだって。こんな大きな犬なのに、不思議。
歩いて行くにつれて、人が少なくなってくる。何度か門をくぐりぬける。カーラさんと一緒だと、衛兵は何も言わなくても通してくれる。
色んなところをグルグル歩いて、ものすごく広い場所に着いた。青々とした芝生。ゆったり曲がった一本の道の周りは、高い木で囲われている。道の先にはまた壁と門がある。
「こちらは通称、威圧の庭です。あちらの門の先には王族の住居があり、ごく限られた貴族しかあちら側には入れません」
どうりで、なんだかイヤな雰囲気だと思った。あっちには、絶対に、ぜーったいに、行きたくない。夢で見た恐ろしいことは大体あっち側で起こった。あの壁の向こうには行かない。
「ここを通る貴族には、王家の威信をひしひしと感じ、恐れおののいてもらわなければなりません。ですから、この道は常に美しく保たなければならないのです」
「そんな大切なところを、アタシたちが掃除してもいいんでしょうか?」
「本当はあまりよくありません。ですが、この仕事は人気がないのです。やってみればわかりますが、色々な意味でキツイのですよ。やってみて、明日からどうするかはまた後ほど話し合いましょう」
掃除道具が入っている小屋は、絶妙に道から見えない場所にある。なにもかも、計算されている庭なんだって、それだけでわかる。
「荷車はオリーにひいてもらえばいいでしょう。あなたたちは、このピッチフォークとバケツを持って、馬車が来るまで待機です。馬車の中にいる貴族に見られないように気をつけてください」
「はい」
柄の長い、大きなフォークみたいな道具を手渡された。
「今日は初日なので、お昼までで終了です。お昼になったら迎えに来ますからね」
「はい」
「俺もちょっと行ってくる。ちゃんと水を飲むんだよ」
「はい」
大人がふたり、行ってしまった。広い庭にアタシたちだけ。ぽつーんってこういう感じなんだ。
しばらく、ピッチフォークを持ってビシッと立ってた。ピッチフォークの先は、アタシの頭より上にある。なんだか衛兵になった気分。
「馬車、こねーな」
「ねえ、座ろうよ」
「ぼく疲れちゃった」
「飽きた」
「飽きたって。まだなんにも始まってないのに」
アタシたちは木やオリーにもたれて座る。馬車が来ないと、なにもすることがない。いい天気。青い空に雲がひとつ、ふたつ、みっつ。
「バウッ」
今まで一度も鳴かなかったオリーの声にびっくりして、目が覚めた。
「馬車が来た」
「隠れなきゃ」
「どこに?」
「木の後ろ」
慌てて木の後ろに張り付く。オリーはのんびり寝ころんでいる。
「オリー」
ささやいてもオリーはしっぽを動かすだけ。
「どうする? オリーが丸見えだけど」
「カーラさんは、貴族に見られないようにしなさいって言ったけど」
「でも、どうしようもなくね」
「オリー、せめて気配を消してー」
やけくそで言ったら、オリーはのっそり起き上がった。今までだらしなく口からはみ出ていた舌がひっこみ、キリッとした顔つきになる。空に向かって遠
吠えをしようとして──。
「オリー、ダメー」
「オリー、しーっ」
みんなで慌てて止める。オリーが口を開ける。そのまま静かに固まった。
遠吠えポーズをしているオリーを背景に、ガタガタと馬車が通り過ぎる。しばらく息をひそめていると、馬車は門の向こうに消えて行った。
「急げ」
ピッチフォークとバケツを持って走る。点々と落ちる馬の落し物を、ピッチフォークですくってバケツに入れる。
「次の馬車が来る。隠れろ」
慌てて木の後ろに隠れる。オリーはまた遠吠えポーズをしている。
荷車に馬糞を入れ、ダラダラし、馬車が来たら隠れ、馬糞を拾いに走る。その繰り返し。
お日さまが上の方に来たとき、ひっきりなしに通っていた馬車に、やっと切れ目が出た。
「ああああ、疲れたーーー」
「足が痛い」
「アタシ、手と腕が痛い」
ピッチフォークが長くて重いので、持ち運ぶだけでも大変。見ると手の平に水ぶくれができている。
「あーあー」
ボビーがアタシの手を見て、気の毒そうな顔をする。
「それいたいの?」
「そりゃ痛いよー」
答えてから、あれ、と思う。今のかわいい声は誰だ?
振り返ると、幼児がいた。五歳ぐらいだろうか。アタシよりもっとちっこい。銀の髪に金の瞳で、女の子みたいにかわいらしい男の子。
「げっ」
これ、ファビウス第二王子じゃん。ぎゃー。
焦るアタシをよそに、王子だと気づいてないボビーたちは気軽に話をしてる。
「え、なに? ピッチフォーク持ちたいのか? めっちゃ重いし、チビには無理じゃねえか」
ぎゃー、不敬、不敬すぎるー。
「ボ、ボボボボボビー。ちょ、ちょっと」
王子はボビーの失礼な発言も気にしてないみたいで、よろよろしながらピッチフォークを持つ。
「これもって、バウワウにのる」
「しょーがねーなー。落ちるなよ」
ボビーが王子をオリーにまたがらせる。オリーはおとなしくじっとしている。
「ぼく、ゆうしゃみたい? ねえ、ゆうしゃみたい?」
「おう、かっくいいー、勇者じゃん」
「いえー」
王子、大はしゃぎ。アタシは、どうしたらいいかわからなくて、ずっとアワアワしていた。
「馬車きたー」
テオが叫ぶ。アタシたちは大急ぎで木の後ろに隠れる。ボビーが王子にささやく。
「チビ、こっちこい。はやく」
「だいじょうぶ。どうぞうごっこ、ぼくじょうずだよ。みてて」
遠吠えポーズをするオリーにまたがり、王子はピッチフォークを持ったまま、ピタッと止まった。本物の銅像みたいで、とてもかっこいい。
「馬車が行ったぞ。みんな、急げ。チビはそこで待ってろ」
ボビーは王子の手からピッチフォークを取ると、バケツを持って走り出す。アタシも、馬糞に向かって走った。
「──んかー」
「どこですかー、で──」
走っているとき、遠くから声が聞こえた。王子の方を見ると、王子が手を振っている。
「おにいちゃんたち、あそんでくれてありがとう。またねー」
「おう、またなー」
ボビーはのんきに手を振ってる。アタシは、正直ホッとした。いつまでも王子にいられたら、困っちゃうもん。それに、夢ではあのファビウス第二王子との未来もあった。
青年になってもあの王子はかわいらしくて、女子より美人な王子として人気だった。そして、婚約者になった未来のアタシは、貴族令嬢たちから嫉妬されて罪をでっち上げられて、断罪されるの。恐ろしすぎる。もう、会いたくないよー、神さまー。




