30. 聖女の木の実
ピエールさんに相談したら、ピエールさんはパイソン公爵、ティガーン子爵、フェルデ伯爵夫人に助けを求めてくれた。そこから、王族も含めて色んな話し合いが行われたんだって。アタシは参加してないけど、ピエールさんとジョーさんに、アタシの望むこと、絶対イヤなことなんかをちゃんと伝えた。
「アタシは、ディミトリ王子と婚約も結婚もしません」
「わかった。そこは絶対に譲れない条件として伝えておく」
「アレックス王子とファビウス王子が、モニカ王女やロシェル王国の人と婚約しないようにしてほしいです。おふたりが望むならアタシが止める権利はないんですけど」
「ふたりとも望まないと思うぞ。ちゃんと言ってくる」
「それ以外でも、アタシがイヤなことはしないでほしいです」
「分かった。サブリナと、ウォルフハート王国の王侯貴族がいやがることは禁止してもらおう」
「孤児院がモニカ王女とディミトリ王子にとられないようにしてください」
「もちろんだ」
「アタシからはそれぐらいです」
「調整してくる。待ってなさい」
「お願いします」
アタシの要望と、ウォルフハート王国の上層部の思惑を、モニカ王女とディミトリ王子に提示したら、意外にもあっさり受け入れられたらしい。交渉の場にいたピエールさんは拍子抜けしたんだって。
「どれも問題ないと受け入れられた。いくつか彼らから希望を言われた」
「イヤな予感」
「それがそうでもなかったぞ。ディミトリ王子からは、自分の描きたい絵しか描かないし売らない、だそうだ」
「へー、そうなんだ。そんなのわざわざ希望しなくても、誰も無理強いしないと思うけど?」
「ロシェル王国では贋作を描かされて、それを他国に売ってたんだと。前孤児院長もたくさん買って、部屋に飾ってた」
「そんな秘密をベラベラしゃべっちゃうの、ディミトリ王子ってば大丈夫?」
「だろ、聞いてるオレの方が冷や汗でた」
思い出し冷や汗だろうか、ピエールさんの額が汗で光っている。
「モニカ王女は?」
「モニカ王女は、あれだ。モニカセレクションを自分で選びたいって。自分が本当に好きなものにだけモニカマークをつけたいらしい」
「へー、そうなんだ。そんなのわざわざ──、え? もしかして?」
「ロシェル王国では、上層部がモニカセレクションを決めていたらしい」
「ひえー、ひどいー。なんか、ふたりがかわいそうになってきたよ」
「だろ。でも、ひょっとしたらこれも作戦かもしれんからな。油断は禁物だ」
「うん。油断はしない」
もうすぐ、お茶会がある。油断しない、簡単にほだされない、だまされないぞ。
***
ウォルフハート王国はのほほんとしている。ギスギスとげとげのロシェル王国とは違う。
おばあさまがいた頃にはできていた、聖女の実がまだなっているのにも驚いた。ロシェル王国では、もう長年目にすることがなかった。体から毒素を排出する赤いトクシアの実。心の内で思っていることを洗いざらい吐かせることができる、黄色のクンツェの実。豊かな土壌を作れる緑のファグランの実。そして、定期的に飲ませれば相手を意のままに従わせることができる、禁忌の黒いアコニットの実。どれも、サブリナがいる孤児院の庭になっていた。
聖女だったおばあさまが消えてから、ロシェル王国はおかしくなった。平民に重税を課し、王侯貴族は栄華を極める。他国の悪いウワサをばらまくことで、民の憎しみを王族からそらすことばかりしてきた。ウォルフハート王国は格好の矛先。
ロシェル王国の上層部は、のんびりしたウォルフハート王国に、ジワジワと罠をしかけてきた。ロシェル王国製の方が優れているという風潮を作り。平民は生かさず殺さず搾り取るべき卑小な存在という考え方を広めてきた。
次の段階は、弱者は守るものではなく、税金のタダ乗り族と貶め。老人を老害と呼び、男女や世代間の対立をあおり、異物や弱者を排除することをおかしいと思わなくさせること。
思想を植えつけると合わせて、ロシェル王国の小麦を安く仕入れさせ、ウォルフハート王国産の小麦生産量を減らした。最終段階では、残っている小麦領地に黒魔術でイナゴを呼び寄せ、ロシェル王国からの小麦輸出を止める。
飢餓で苦しむウォルフハート王国を、救済という名目で乗っ取る。そういう計画であった。
失敗したのだ。
ロシェル王国の謀略の数々を防いだのは、孤児のサブリナだというではないか。
サブリナを篭絡し、ロシェル王国に連れていくのがわたくしの務め。
「さて、赤、黄、緑、黒。全ての実を手に入れたわ」
おばあさまに教えてもらった通り、天日に干してからすりつぶした。侍女に飲ませて効果も確かめた。侍女たちは、わたくしの行動を全てロシェル王国に報告している。誰もわたくしに忠義心など持っていない。わたくしは、ただの道具。
「黒の実は便利ね」
定期的に飲ませたので、侍女たちも、ディミトリの侍従たちも、今ではわたくしの忠実な下僕となった。
「さあ、次はどうしようかしら」
あの子に飲ませる? そうすれば、わたくしは英雄としてロシェル王国に帰還できる。
それとも、このままウォルフハート王国で生きていく?
「わたくしは、どうしたいのかしら」
ディミトリの気持ちはわかっている。あの子はもう、牙を抜かれた。
***
夢を見た。泣いている女の子の夢。真っ白な少女。未来の聖女として育てられたのに、おばあちゃんがいなくなってから、悪意の中で真っ黒にそめられた子。
青い鳥がおばあちゃんの手の平に止まる。いつもニコニコしていたおばあちゃんが、泣いている。
「サブリナや、覚えておくんだよ。黒いアコニットの実は使っちゃいけない。自分も呪われるからね」
「わかった。黒い実は使わない」
「ほらごらん。青い鳥が持って来たよ。黒に染まった白を、元に戻す花だ。呪いも解ける」
アタシの髪と同じピンク色の花。ハート型でとってもかわいい。この花を天日に干して粉々にすればいいんだって。毒性がないから、毒消し魔道具も効かないんだって。
お茶会の日、アタシは落ち着いていた。だって、おばあちゃんが教えてくれたもん。モニカ王女の中には、優しい女の子がいるって。手を差し伸べてあげたい。神さまも、きっとそれを望んでいる。
お茶会に現れたモニカ王女とディミトリ王子は、真っ白だ。ディミトリ王子は微笑んでいるけど、モニカ王女は無表情。
「いただいたレシピで、孤児院の料理長に王様のガレットを作ってもらいました」
レシピの絵では葉っぱ模様だったけど、今日は白鳥にしてもらった。
「あら」
モニカ王女の目がガレットにくぎづけだ。
「モニカセレクションのマークは白鳥一羽で、かっこいいですけど、白鳥二羽を向かい合わせてハートにしたら、かわいいかなと思って」
王宮の侍女が手際よくナイフを入れ、ひと切れずつお皿に載せてくれる。
「切ったらハートが消えちゃいましたね。でも、心の中にあるハートは大丈夫。アタシたちも一緒にハートを作れたらいいですね」
仲良くなろうよ。これがアタシのせいいっぱい。受け取ってくれるかな?
モニカ王女はガレットをひと口食べる。フォークが少し震えている。
ディミトリ王子もガレットを食べた。
ふたりとも、無言で食べ続ける。すぐに、お皿の上が空になった。
うつむいているモニカ王女の目から涙がポロリポロリと落ちて行く。
「モニカ様。アタシたち、同じおばあちゃんを知ってるんじゃないかなと思うんです」
モニカ王女が弾かれたように顔を上げる。金色の瞳がアタシの目をまっすぐに見る。
「わたくし、わたくしがあなたを守るわ」
「モニカ、それは僕が言いたかった言葉」
「では、みんなでお互いを守り合うってことでどうでしょう」
アタシが言うと、モニカ王女とディミトリ王子が顔を見合わせ、プッと吹き出す。
「そうね、そうしましょう」
「これからよろしくね、サブリナ。ロシェル王国は強敵だよ」
「はい。みんなで、明るい未来を作りましょうね」
おばあちゃん、ありがと。友だち、たくさんできたよ。
これからもアタシ、がんばる。見ててね。
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