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そんな未来はお断り! ~未来が見える少女サブリナはこつこつ暗躍で成り上がる~【連載版】  作者: みねバイヤーン(石投げ令嬢ピッコマでタテヨミコミック配信中)
【第三章】おいしいお菓子を食べたいな

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28. 終わりよければ

 帰国の途につく馬車の中で、モニカは荒れていた。


「この、役立たずな毒消し魔道具」

 首からネックレスを引きちぎり、足で踏みつぶす。


「どうやったんだろう。意味がわからない」

 ディミトリは両手首に巻いている毒消し魔道具を見て不思議がる。最高峰の魔道具だ。今まで一度だって裏切られたことはない。


「わたくしの、わたくしの素顔が見られてしまった。キイィィィ」

 獣の断末魔のような金切り声に、ディミトリは耳をふさぐ。


「素顔もかわいいよ。年の割に」


 モニカがいくつかは知らないけど。それは、ロシェル王国の触れてはならない謎のひとつとされている。ディミトリの適当な慰めは、モニカの耳に入らないようだ。そんなにわめくと、シワが増えるぞと、ディミトリは心の中でつぶやいた。


「味方を失い、心を折られた馬糞娘を連れて帰るつもりだったのに。わたくしのために馬車馬のように働かせるつもりだったのに。どうしてこうなってしまったの、イライラするわ」


「あちらの方が、一枚も二枚も上手だったってことだろうね。負けたんだ。まあ、あのかわいさには負けるよ」


 ディミトリは、足を踏もうと一生懸命だったサブリナの踊りを思い出し、笑みがこぼれる。


「不愉快」

 バシーンとモニカがディミトリの右頬を張る。


「顔はやめてよ。僕の商売道具なのに」

「役に立たなかったくせに」

「あの子はまだ子どもだから」

「あんただって、まだ坊やのくせに」


 モニカの憎まれ口は聞き流し、サブリナの可憐さを思い出す。あと数年もたてば、誰もが振り向かずにいられないほどの美少女になるだろう。そのとき、もう一度挑戦してみようか。


「王子と令嬢にがっちり守られて、難攻不落かもしれない」


 馬糞拾いの少女を、かの国の王侯貴族はなぜあそこまで愛するのだろうか。


 答えはわかっている。不可能かと思われる難題でも果敢に挑戦する勇気。困難な状況でも、仲間と力を合わせて突破口を開く知恵。自分の、仲間の、王国の未来を変えようと、まっすぐ前を見続ける健気さ。それは、好きになるだろう。


「それに、あの子は僕の絵を買ってくれた」


 幼いころから絵が好きだった。ロシェル王国の著名な画家の絵を模写すると褒められた。いつの頃だっただろう、自分が模写した絵が、他国に高く売りつけられていることを知ったのは。原作者への侮辱であるし、王子である自分を贋作者に貶めた恥辱に対して抗議したが、いい資金源だからと聞き入れられなかった。


 絵描きなど、ロシェル王国の王族にとってはいくらでも代わりのきく存在なのだと。絵描きだけではない、末端の王子である自分も交換可能な消耗品なのだと、身に染みて知らされた。


 せめてもの反抗に、それ以降は模写した絵には金のカギを描いておいた。これは、ただの贋作だと、誰かにわかってもらいたかった。


「著名な画家の絵の模写ではなく、僕自身が描いた絵を誰かに好きだと言ってもらいたかった」


 ウォルフハート王国に着いたとき、軽い思いつきで自分の描いた青い鳥の絵を画商に持ち込んでみた。もちろん、変装して身分は隠した。ロシェル王国の王子の描いた絵だからではなく、絵そのものを気に入って誰かに買ってもらいたかった。


 サブリナが、あの青い鳥の絵を宝物のように思ってくれていると知ったときは、全身が震えた。初めて誰かに認められた気がした。あの子のそばにいたい。あの子に、僕の他の絵も見てもらいたい。


 鳥カゴから逃げ出したい自分と、鳥カゴに入りたくないサブリナ。僕たち、利害が一致するじゃないか、サブリナ。


「負け犬は去るのみだと思っていたけど、やっぱり気が変わった。モニカ、帰国はやめだ」

「はあ? あんた、何言ってるのよ」


「ロシェル王国に戻ったら、また金の鳥カゴの中だ。僕は、自由になりたい。モニカもそうだろう?」

「わかったような口をきかないでちょうだい。わたくしはいつだって自由よ」


「本当に? 上から言われて、好きでもないものにモニカセレクションの白鳥マークをつけてない?」

「うるさいわ」


 モニカの平手がディミトリの左頬を狙う。打たれる前に、モニカの手をとらえた。


「モニカ。僕は知ってるよ。モニカだってあの子をおもしろいと思っただろう? ここまでモニカを手こずらせた子どもが未だかつていたかい? どうする? うかうかしていると、他国の王族にとられてしまうかもしれない。ウォルフハート王国はのんびりしてるからね」


 モニカの目が光った。


「あんたの計画を聞いてやってもよくってよ」


 モニカが悠然とほほえむ。

 ディミトリは形のいい唇をゆっくり開く。


***


 ドタバタがやっと落ち着いて、アタシは孤児院の院長室でやっとくつろいでいる。モニカ王女とディミトリ王子がいなくなるまで、安全のため王宮でかくまわれていたのだ。


「いやー、号外に二度も載ってしまったオレと君」

「ピエールさんってば、嬉しそう」

「だって、なかなかないことだよ。オレたち、すっごいよ」


 ピエールさんはふたつの号外を見ながらニッコニコだ。ひとつは、最初のひどいパーティーの後に出たアタシがピエールさんの愛妾だという号外。もうひとつは、庭園パーティーの後に出た。ロシェル王国のモニカ王女がガセネタを新聞社につかませ、ウォルフハート王国に混乱をもたらしたという号外。ピエールさんの無実が証明された。こっちは、ジョーさんの署名記事だ。


 ピエールさんはふたつの号外を額縁に入れ、どこに飾ろうか悩んでいる。


「それで、どうやったの? 早く教えてよ、ジョーさん」


 あの日、秘密の通路から離宮内に入って来たジョーさん。アタシには薬の盛り方を教えてくれなかったんだ。知っちゃってると、アタシが挙動不審になってバレバレになるからだって。正しいけど、正しいけどさーーー。なんとかして薬を盛るから、ふたりをあおってくれって言われたアタシ、めちゃくちゃ大変だったんだよー。


「じゃあ、三択。薬はどこに仕込んだでしょう。一、スパークリングワイン。二、受付で渡したバラ。三、噴水の水」


「噴水の水? いや、さすがにそれはないでしょう。スパークリングワインは、確かモニカ王女はアレックス王子のグラスと取り換えたから、ってことは、え、バラなの? どうやって?」


「正解。だけど、不正解でもある。薬は、三つ全部に仕込んでたんだ」

「うわー、すっごい、すっごーい。詳しく、お願いします」


「いや、本当に大変だった。パイソン公爵閣下のところの優秀な魔道具師がいなかったら、もうどうにもならなかった」


 向かいのソファーに座っているジョーさんが、長い足を組み替えながら、ため息まじりで言う。


「王族しか使えない最高級の毒消し魔道具を貸してもらって、サブリナの自白剤、じゃなかった黄色のクンツェの実を色んな濃度で試したんだ」


 孤児院のチャリティーパーティーで前孤児院長とシュバイン子爵を追い込んだ黄色の実。パイソン公爵には効かなかったもんね。


「毒消し魔道具には探知されないぐらい毒性を抑え、でもじわじわ自白効果が出て来る。その微妙なさじ加減をみつけるのに、何人もの罪人を──」

「やっちゃったの?」


「いやいや、何人もの罪人を、喉がカラカラになるまで自白させた。あいつらの自叙伝が何冊でも書けるぐらい、全てを知ってしまった。別にそこまで知りたくなかったのに」


 ジョーさんが遠い目をする。うわー、気の毒ー。


「毒性はすごく低いけど、アルコールと一緒に飲むと少し口が軽くなる濃度をみつけた。次に切り花をつける水に混ぜると、花の香からじわじわ効果があることもわかった。白バラは王族しか選ばないはずなので、白バラの水に薬を混ぜた」


「アレックス王子も白バラつけてたよね?」

「アレックス王子には事前に自白剤が効かなくなる別の薬を飲んでもらった」


「わー、手が込んでる。たいへんだったね」

「スパークリングワインもバラも効かなかった場合は、誰かがわざと噴水に落ちて、水をモニカ王女にかける計画だった。三つが揃えば、自白させられることはわかってたから」


「そっかー、アタシが落ちて、結果よかったんだね」

「サブリナは大活躍だったよ。よくやった。さすがサブリナ」

「えへへー、もっと褒めて」


「辛かっただろうに、本当にずっとがんばってきた。偉いと思う。尊敬するよ。君は立派な人間だ」

「ありがと」


 褒められて、胸がほっこりする。アタシ、がんばったなー。


「サブリナー、迎えの馬車が来たぞー。パイソン公爵の家でお茶会するんだろ。急げ急げ」


 ドアが開いてボビーがアタシを呼ぶ。


「あ、そうだった。今日はみんなでお祝いするんだった。行ってきます」

「楽しんできなさい」


 ピエールさんとジョーさんが見送ってくれる。アタシはボビーと一緒に廊下を歩く。


「みんなもう嫌がらせされてないよね?」

「されてない、まったく。つーか、されたのもちょっとだけだぜ。ピエールさんとサブリナの悪口を街で言われたことあるけど、その場所はゴミも馬糞も片づけないことにしたんだ。そしたら、謝られた」


「剣よりもペンよりも馬糞が強いんだね」

「なんだそりゃ。まー、そうかもな。ピエールさんとサブリナのあることないこと書いた新聞社あったじゃん」

「ピエールさんとアタシのないことないこと、だけどね」


 そこはしっかり訂正しておく。


「あー、わりい。あの新聞社の周りを馬糞で囲ってやったんだ。ざまあだろ」

「ざまあだね。訂正記事も載せさせたしね」

「まんまとモニカ王女に騙されやがって、あいつら」

「ホントだよ」


 ピエールさんは号外を壁に飾ろうとしてるぐらい、気にしてないから、もう許してやるけどさ。あいつらー。


「じゃあ、女子会でいっぱいケーキ食べてきな」

「うん。お土産たくさんもらってくる」

「やったぜ」


 ボビーに見送られて、パイソン公爵家の豪華な馬車に揺られる。楽しみだな。あの庭園パーティーからバタバタ続きで会えてないんだ。


 ドキドキしながらパイソン公爵家を案内される。豪華で品のありまくるお茶会の部屋に入ると、もう三人が待っていた。


「みんな、久しぶり」

「待ってましたわ」

「会いたかった」

「お帰りなさいませ」


 四人で手を取り合う。四人の手首で、シャラリと魔道具のチャームが揺れた。


「やっとお揃いが揃ったね」

「皆さま、がんばりましたわ」

「すっごくハラハラした」

「でも、冒険って感じがして楽しかったですわ」


 四人が集まると、笑いが止まらなくなる。


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