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そんな未来はお断り! ~未来が見える少女サブリナはこつこつ暗躍で成り上がる~【連載版】  作者: みねバイヤーン(石投げ令嬢ピッコマでタテヨミコミック配信中)
【第一章】おなかいっぱい食べたいな

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2. 直談判します

 酔っ払いに薬をのませるのでもドキドキしたのに。次はもっと難しい。大人って、怖いもん。


「どうしよっかなー」

 裏庭で木の実を調べながら考えてる。赤いの、青いの、黄色いの。木の実を触るたびに、おばあちゃんを思い出す。


「おい、それは食べられないぞ」

「キャッ」

 急に声をかけられ、飛び上がってしまった。振り返ると、いたずらっぽい顔をした男の子。


「なんだ、ボビーか」

「なんだじゃねえだろ。失礼だな」

 ボビーがぼさぼさの髪の毛をかきあげる。木の根っこみたいな髪がもっと逆立った。


「そういえば、ボビーって盗みが得意だったよね」

「おまっ、そういうことでかい声で言うなよ」

 焦っているボビーを見ているうちに、思いついた。あの人、カギをベルトにひっかけてたっけ。


「ねえ、ボビー、ふわっふわのパン、食べたくない?」

「食べたい」

「じゃあ、アタシのやること、手伝ってくれない?」


「なんだよ。盗みはもうやらねえぞ。今度やったらブタ箱入りだって、前に衛兵に言われたからな」

「そっかー、そうだよね。じゃあさ、アタシにスリのやり方教えてくれない?」


「ぶはっ、お前みてえなトロくさいやつにできるわけねえじゃん。一瞬でつかまるぜ」

「むー」


 そうかもしれない。うん、そうに違いない。スリって高度な技術がいるって、ボビーがしょっちゅう言ってるもん。


「まあ、話してみろよ。なんかいい考えが浮かぶかもしんねえじゃん」

「うん、あのね」

 こそこそささやくと、ボビーは目を丸くしたり、頭をがしがしかいたりしながら、一緒に考えてくれた。


「こんな感じじゃねえかな。後は度胸だ」

「度胸。アタシに度胸ってあるかな」

「無理そうなら、何もせずに出てくればいいだろ」

「うん」


「臨機応変にな」

「うん。がんばってみる」

「おれも一緒に行くから。まあ、やってみようぜ」

「ボビー、ありがと」


 ボビーが、度胸のある仲間を何人か集めてきてくれた。ふわふわパンを食べ隊が結成された。みんなで何回も練習する。


「いよいよ本番ね」

「どう考えてもサブリナにはできねえ気がする」

「ぼくも」

「同意」

「ぐぬぬ」


 まったく否定できない。我ながら、不器用でドンくさいんだもん。


「この手がー。この手が小さいのが悪いんだもん」

「まあな、お前、チビだもんな」

「あ、でもでも。サブリナ、泣きまねは誰よりも上手」

「それ思った」

「じゃあさ、いざとなったら泣くから。あとはなんとかしてよね」

「すげー、丸投げ」


 うだうだ言い合っているうちに、目的の場所に着いた。孤児院の階段をいくつも上がって、一番高いところの奥にある部屋。どっしりしたドアの前で立ち止まり、みんなで目を合わせる。ドアを叩こうと手を上げると、腕がブルブル振るえた。緊張する。怖い。やっぱり無理かもー。


 ダンッと背中を強く叩かれた。ボビーだ。

 やめるか? ボビーの口が動く。ちょっとだけ考えて、首を振った。

 やる。そう口を動かす。

 息を深く吸い、手の震えを止める。

 ドンドンとドアを叩いた。


「入りなさい」


 中から静かな声が聞こえた。ドアノブを回し、押す。動かない。ボビーがため息を吐きながら、ドアを押してくれた。ドアが開くと、中から葉巻の匂いが押し寄せる。


 むせそうになるのをグッとこらえ、大きく足を踏み入れた。フカフカの絨毯。大きな本棚には本がぎっしりと詰まっている。別の壁には絵がいっぱい。風景画が多い。どれも金ピカの額縁の方が目立っている。


「なんの用だ」

 問われて、慌てて額縁から目の前の人に視線を向ける。白髪の、鋭い目の孤児院長。


「あの、お願いがあって来ました」

 院長が目を細める。値踏みされている目だ。夢の中で、色んな人にこんな目をされた。


 負けない。一歩前に出る。


「食費の予算をあげてください。アタシたち、毎日お腹がペコペコなんです」

 言えた。やった。


「却下だ」

「はやっ」

 びっくりして思わず声が出た。やけっぱちで聞いてみる。


「ど、どうしてですか? あの金ピカの額縁より、焼きたてフワフワパンの方がいいと思います」

 言えた。やった。


「あの金ピカの額縁は、由緒ある貴族からの寄付。あの金ピカの額縁を仮に売って、その金で焼きたてフワフワパンを買ったとしたら──」

「したら?」

「貴族界にはあっという間にウワサが広まり、二度と寄付をいただけなくなるだろう」

「そっか」


 大人の世界って、色々あるんだな。しょんぼりしてると、院長はさらに追い打ちをかけてくる。


「孤児院の運営費は王家からいただいている。つまり、税金だ。血税だ。意味がわかるか?」

「わかりません」

 税金だから、何がどうだっていうんだろう?


「王都の民が払っている税金は主に、人頭税、水車利用税。農民なら土地税。商人なら売上税、通行税、塩税」

 難しい言葉がたくさん出て来て、頭がクラクラする。


「君たちの生活費はすべて税金。だが、君たちは一生かけても、受けた恩恵分の税金を納めることはないだろう。わかるか、君たちは、恩恵を受けるだけで返さない。つまりは、貸し馬車に乗っても運賃を払わない、タダ乗り族なんだよ」


「タダ乗り族」

 イヤな響き。なんだか、すっごくずるい人みたい。


「私はもちろん、きちんと納税している。貴族だからね。当たり前の務めだ」

 越えられない線が、院長とアタシたちの間に引かれたように感じた。ちゃんとした人と、タダ乗り族。


「でも」

 声が震えてちゃんと出ない。狙ってないのに、わざとじゃないのに、ポロッと涙がこぼれた。


「でも、ちゃんと食べて大人になったら、税金をはらえると思うんです。今のままだと、いつ死んじゃうかわからない」


 負けない。負けない。だって知ってるんだ。夢で見たんだ。いつかの冬を、越せない子が出て来るって。お腹が減って、病気になりやすくなって、春を待てなかった子が出るんだって。アタシたち、食べなきゃダメって知ってるんだ。


「ほう。これはなかなか」

 院長が立ち上がり、近寄ってきた。アゴを持たれて、顔を上げさせられる。涙がポロポロ、転がり落ちる。


「そうだな。その顔、声、涙。売れるかもしれんな。ふむ」

 

 鼻をすすりながら、院長のベルトあたりに手を伸ばす。

「アタシ、売り物になるんですか?」


 院長がアタシの髪を持ち上げ、耳や首を見る。


「売ってやろう。貴族と養子縁組できれば、こちらに代金と寄付金がくる。その分を、残された孤児たちの食費に回してやろう」

「養子縁組」


 なんだか、不吉な響き? 院長に背中を押され、くるりと回る。院長が、アタシの全身を見た上で、ふっと笑った。なんだか、背中が冷たくなった。


「シュバイン子爵がよさそうだ」

「シュバイン子爵」

 これは、ダメな名前。夢で見た。幼女趣味の変態だ。


「イ」

「まさかイヤとは言わんだろうが。お前が養子になることで、何人の孤児が幸せになる? 学のないお前でも、わかるだろう?」

「う」


 わかる。わかるけど、わかりたくない。でも、どうしよう。神さま、神さまは、アタシにそれをお望みですか? 

 院長が離れていく。


「もういいだろう。出て行きなさい。私は忙しい」


 院長は、もう何の興味もないみたい。椅子に座り、書類をめくり始めた。

 アタシたちは、黙って部屋を出た。部屋を出ても、誰も、何も言わなかった。


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