12. 紙ゴミは情報の宝庫です
しごできパイソン公爵が新たな仕事の扉を開けてくれた。財務省のゴミ捨てだ。財務省はお金を扱う部署なので、壁のあちら側にある。庭仕事を滞りなくやり遂げた、初期五人組が担当することになった。
「今までより、いい服を着るんだって」
「室内だから、帽子はダメだって」
「アタシとエラは、カツラかぶって髪を隠そう」
髪を三つ編みにして、頭にぐるっと巻いて、ジョーさんが買ってきてくれたカツラをかぶる。アタシもエラも、髪は切りたくなかったんだ。せっかく長いんだもん、伸ばすの大変だもん。
「どう、男の子に見える?」
「うん、見える。めっちゃかわいい男の子」
ボビーが言うと、ジョーさんとピエールさんの顔がくもる。
「変態の中には、かわいい男の子が好きなヤツもいるから、くれぐれも気をつけるんだぞ」
「オリーは室内に連れて入れないしなあ。心配、ああ、心配」
ジョーさんとピエールさんがヤキモキしてる。
「パイソン公爵がいる建物内で、悪いことする人っていないと思うよ」
アタシがそういうと、やっとジョーさんとピエールさんの顔が明るくなった。
「そうだった。あの人がいるから大丈夫だ。よしよし。何かあったら、パイソン公爵に言いつけてやるーって叫びなさい」
ピエールさんが無茶苦茶なことを言ってる。でも、心配されるって、いいな。
いざ財務省でゴミ捨てを始めると、変態に襲われることもなく、いじわるされることもなく、とても平和だった。
「なんか、あれだよね。みんな忙しすぎてオレたちに構ってるヒマねえって感じ」
「それ」
財務省は、官吏の中でもよりすぐりのしごできが集められてるんだって。廊下ですれ違う人たちは眉間にシワが寄ってたり、どこか遠くを見つめてブツブツ言ってたり、なんだか近寄りがたい。アタシたちは、邪魔にならないように、廊下の端っこをすばやく移動する。
「機密書類があるから、部屋には入らないでいいじゃん。だから、ぶっちゃけ楽だよな」
「廊下にゴミ箱が置いてあるもんね」
アタシたちの仕事は、廊下に置いてある木箱の中を空にすること。ほとんどが紙ゴミ。肩にかけた大きな布袋に、せっせと紙ゴミを移していると、ペンにヘビがからみついている紋章が目に入った。
「あれ、これ、どこかで見たな」
どこだっけ。確か、夢で読んでた新聞だ。号外じゃなくて、記事だった。
「あ、わかった」
パイソン公爵が失脚するきっかけになった事件だ。え、やばいじゃん。ダメだよ。パイソン公爵、あんなにいい人なのに。ダメダメ、止めなきゃ。どうしよう、どうしたらいいかな。でも、あんまり覚えてない。脱税の何かだったと思う。パイソン公爵の親族が税金をちょろまかしてたんだ。パイソン公爵に相談する? ううん、ダメ。なんの証拠もないのに相談なんてできない。ピエールさんに、「うちの孤児が夢を見ましてね」、とか言ってもらうわけにいかないじゃない。そんなの誰も信じないし、アタシの力をベラベラ話すのは危ないし。
紙ゴミを集めながらじっと考える。ちぎってある紙と、そのままの紙があるんだ。ちぎってあるのは、大事な書類なんだ、きっと。だったら、ちぎってある紙だけを集めて、パズルみたいに元に戻せばいいんじゃない。その中から、パイソン公爵の親族が脱税している証拠を見つけるんだ。アタシだけじゃ無理だ。子どもだけじゃできない。だって、税金の数字を見ても、なにがなんだかさっぱりわからない。
「ピエールさんに相談しよう。それで、数字に強い人を探してもらおう」
本当だったら、ゴミは焼却炉に入れるんだけど、孤児院に持って帰ることにした。アタシの突拍子のない行動にすっかり慣れてるみんなは、すぐわかってくれた。
「なんか思い出したんだな」
「しっ、内緒だよ」
「わかってるって」
オリーの荷車に集めた紙ゴミを乗せて孤児院まで戻る。ピエールさんに説明すると、どんどん顔色が悪くなる。
「まずい、まずいよ、サブリナ。パイソン公爵が失脚したら、オレも孤児院長ではいれられなくなるかもしれない」
「それは、こまります。ピエールさん以外の院長はイヤです」
「あ、やっぱりー。オレも、ちょこっとばかし、みんながそう思ってくれてたらいいなあーって思ってたとこ」
「みんな、ピエールさんが大好きだからね」
「もうっ、照れるじゃないか。このっ、このっ」
赤くなってモジモジしながらアタシをつつくピエールさん。ハッと厳しい顔になった。
「いかん、褒められて喜んでる場合じゃなかった。どうしようか。この紙ゴミを調べるんだね?」
「はい。パズルが得意な子たちで紙を元に戻していきます。その中から、重要書類を見つけてもらいたいんです。それは、アタシたちではできません」
「わかった。ぶっちゃけ、オレもできない、かなあ。オレさあ、素晴らしい絵を見つけるのは得意なんだけどさ、数字は苦手なんだ」
ピエールさんが、自慢と自虐を同時に入れてくる。そういうところも前院長とはちがって、みんなに人気がある。だって、おもしろいもん。それに、大人なのに褒められたがりなところとか、かわいいと思う。
「あの、数字に詳しい人を雇えないでしょうか。例えば、貧乏貴族の四男とか。ほいほい言いなりになってくれそうじゃないですか?」
「言い方ー。サブリナ、そういう発言は、孤児院の外ではしてはいけないよ。悪い子だと思われてしまうよ」
「はい、気をつけます」
「うん、でも、それはいい考えかもしれない。孤児院の教師を募集するから、応募者の中から探してみよう」
「授業がまた始まるんですね?」
「うん。前の先生たちは、前孤児院長の親族だったからさ。みーんな辞めちゃったからね。新しい先生と、数字に詳しい人をみつける。オレ、がんばる」
「がんばってください」
それから、毎日アタシたちは紙ゴミを集め、孤児院ではパズル好きな子たちが紙を元に戻す。
そうこうしている内に、数字に強い人たちがやってきた。
「サブリナ、貧乏貴族の四男とかで、くすぶっている若者を雇ったよ。サブリナに言われた通り、守秘義務契約も結んだ。孤児院で知った情報は、外では漏らさないって」
「いや、言い方」
得意満面なピエールさんの後ろで、お兄さんたちがざわついている。
「おっと、口がすべった。世間が才能にまだ気づいていない、宝石の原石たちだよ」
ピエールさんの露骨な言い直しに、若い男性たちが引きつった笑顔を見せている。
「よかった。財務省で集めた紙ゴミを調べてください。これは宝の山です。この中には金、地位、名誉、全てが詰まっているはずです」
ピエールさんが、つなぎ合わされた紙を一枚手に取った。
「パイソン公爵家の徴税官と徴税金額の一覧か、へー」
紙を見てつぶやくピエールさんの後ろを、お兄さんたちが取り囲んだ。
「それは、すごい情報ですよ。見せてください」
「私も見たいです。我が国で最も裕福な財務大臣パイソン公爵家の秘密がこんなところで見れるなんて」
お兄さんたちは急にやる気になって、生き生きと書類を見始める。
よかった、この人たちならきっと、パイソン公爵を破滅に導きそうな証拠を見つけてくれる。




