表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/155

67 武田信玄の希望

武田信玄は一つの大きな問題を抱えている。

騎馬隊という最強の武力。

甲斐信濃を支配する戦歴。

名門甲斐武田家という格式。

そして、それらを手に入れ守る為に得てしまった悪評。

名門名家にあるまじき悪名だ。

実父を追放し、義弟を騙して殺し、妹の子を謀殺し、敵の姫を強引に娶り、条約を破り、容赦なく敵を滅ぼす。

もちろん、その理由は武田信玄の歩んできた人生にある。生き残る為に悪名もいとわず突き進んできた結果だ。

その良し悪しについてどうこう言うつもりはない。

しかし、それが将来の甲斐武田家にとってぬぐい難い傷になる事は、武田信玄自身も理解していた。

そして、それを解決する方法も用意していた。


それが武田家嫡男 武田義信たけだよしのぶ

名門武田家の次の当主となる男だ。


武田信玄は、己の積み重ねた悪名を次代に負わせるつもりはなかった。悪名は自分一人で抱えて、次代にはその座だけを譲るつもりだった。悪名を負ったのは武田信玄であり、武田家ではない。そういう形で継承させようと画策していた。

戦国最強の武田家の後継ぎである。新当主の動向を諸国は注目するだろう。

そこで新当主武田義信が、条約を守り義に篤い誠実な行動を取れば、周囲が武田家を見る目も変わる。自分が権力の座から降りたとしても、戦国最強の武田家の力を侮りはしないだろう。己の悪名は己のみで背負い子に後を託す。父としても当主としても立派な覚悟だ。

だからこそ、今も自分が武田家の当主のままだ。もし、今川義元が上洛すれば、そこで当主の座を譲り将軍の義理の子となった武田義信を幕府の中枢に送り込んだだろう。

だが、上洛が失敗するなら、先の見えない乱世の中で、武田義信に当主を譲るわけにはいかない。

例えば、今川家が衰退し駿河を攻める事になれば、武田家は三国同盟破棄という悪評を抱える事になる。

もし、武田家を継承した武田義信がその悪評を抱えれば「所詮は信玄の子よ」という評価が与えられ、父親しんげんが墓までもっていくつもりだった悪名まで受け継ぐことになる。

つまりは、武田家が三国同盟を破棄する決断を下すのなら、武田信玄が武田家の当主であり続ける必要が出てくる。故に、甲斐武田家の安泰の目途がつくまで、後継者への継承を遅らせる必要があったのだ。

その考えは越後上杉家との第四次川中島の戦いで見てとれる。

それまでの三度の戦いとは違い、武田信玄は明確に上杉政虎(上杉謙信)と決着をつけようとした。

上杉家を倒す事で、甲斐武田家の最後の敵が消える。そうなれば、武田義信が義によって今川家を助ける事が可能だ。盟友を助ける事で、武田義信は父親とは違い甲斐の名君になれる。

しかし、川中島での戦いで決着はつかず、さらに被害を出してしまった。

それも実の弟である武田信繁が討死。武田義信を補佐する第一人者まで失ってしまう。武田家の安寧が遠ざかり、先の不安だけが増す結果になった。

武田信玄に残された道は、自分が倒れる事も許されず。三国同盟を破るまで義信に継承させる事もできず。その上で甲斐武田家を安定させる方法の模索。


故に武田信玄の未来を奪おう。

武田義信という希望を。

だからこそ、オレは武田信玄を敵と定めたのだ。

その第一手が先の手紙。それは、将軍家のお墨付きの事ではない。

武田信虎が武田義信に送った手紙。遠州騒乱のおり、あえて武田信玄に送らず手元に置いた手紙。

その手紙には一つの共通点がある。

武田信虎の目的だ。

武田信虎が遠江で独立勢力を確立させようとした。それはなぜか。

すでに老齢となった武田信虎が遠江で帰り咲いたところで未来はない。甲斐武田家は甲斐にあって初めて名門武田家なのだ。遠江でどれだけ勢力を維持しようと、甲斐武田家の武田信虎の復興とはならない。あるとすれば甲斐に侵攻し奪う事だが、甲斐武田家の味方である武田信虎は、甲斐を攻め疲弊させる事を望まない。

つまりは、武田信虎の陰謀は、遠江で得た勢力を武田家に組み込ませる事を目的としているのだ。それによって、武田家は念願である海を手に入れるという功績が手に入る。

それを次期当主の功績とする為に、武田信虎は武田義信と連絡を取り、今回の計画を立てた。

では、その功績を譲ってまで欲しい武田信虎個人の目的はなにか?

それは信虎と義信との手紙に書かれている。老境に差し掛かった猛虎が最後に望む願望。

『故郷での余生』

己の人生を費やした甲斐への帰還。手に入れた遠江の領土も東海の海も、老い先短い武田信虎にはたいした意味はない。だが、それを武田家に提供する事で、余生を故郷の甲斐で過ごす事が出来るならばどれほどのことか。

敵である武田信玄にではなく、次代の武田家当主武田義信に報いる事で、その下につき甲斐に戻る事が出来る。

屈辱に耐え、敵に慈悲を乞い、こうべを垂れるわけではなく。

東海の海を手土産に、歴戦の武将としての矜持を満たし、有終の美を飾り最後を迎える事が出来るのだ。

そして、その考えは間違ってはいない。

武田信虎も。

武田義信も。

甲斐武田家の益となり悲願をかなえるための行動として、なにも間違ってはいない。


ただ一人。武田信虎の敵である武田信玄を除いて。

追放した敵の帰還。それも、実子が敵である実父を内に取り込むという状況。

生き残る為に人生を費やした成功者せんごくだいみょうの武田信玄は、それを看過し、のぶとらを取り込んだ息子に自分のすべての権力を委ねるだろうか。

かつて自分が行った父親の追放という因縁を、己の後継者が行わないと信じきれるだろうか。

それこそが、オレの送る将軍家お墨付きという猛毒に紛れ込ませた埋伏まいふくの毒。

孫に託した祖父の切なる願いを綴った手紙どく


異国ギリシャの神話にある。

末子である農耕の神は、父である天空の神を討ち主神の座を手に入れた。それゆえに、己も自らの子に討たれるとされ、それを恐れて生まれた子を食らい続けたと言う。

神すら逃れられぬ宿業を退けられるか。

英雄ヒトよ。

※とりあえず伏線を回収でこんな内容です。28話で「武田の未来を奪う」といわれた時に、今川氏真が言葉を失ったのもうなずける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 希望を奪うってそういうことか… あまりの衝撃に鳥肌たった 祖父と父がお互いに同じ相手に希望を見出してたことがこんな悲劇になるなんて…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ