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35 人質に出す

井伊谷を出て駿府へ帰る。途中で、三河に救援に向う今川軍に合流する。

といっても、戦に行く今川軍に対して、オレは僧侶の装束だ。武器はおろか具足すら持っていない。

おかげで、間者ではないかと疑われて難儀をしたが、オレが僧侶である事から、不審者即成敗される事もなく、寄り子(雑兵)から寄り親(指揮官)への連絡体制により、身分が保証され本陣へ行く事が出来た。


「よう」


飛車丸は輿こしに乗って移動している。オレを見るとすだれを上げて、気軽に挨拶をする。

輿というのはお神輿みたいな人が担いで運ぶ乗り物だ。桶狭間でコレにのっていた今川義元が討ち死にしたので、足元がお留守な武将が乗っている印象を与えるが、コレは実は立派な特権で、コレが許される大名家は今の時代で今川家くらいである。

コレに乗っているだけで、「今川家は他とは違う」と喧伝する事になり、権威を示す便利な乗り物なのだ。

それで負けてりゃ世話ないけどな。


とりあえず、馬とは違い輿は人力で運ばれる。当然輿は重く、数人の兵によって運ばれるが、移動速度は速くない。

横を歩きつつ飛車丸に話しかける。


「話は付いた」

「そうか。後は?」

「人質を出す」

「……それほどか?」

「信用を得るためだ」

「いいんだな?」


オレの言葉に、飛車丸が確認するように聞いてくる。人質を井伊家に出す。それを提言する以上、出す人員はだれか想像が付いたのだろう。


「一年もせずに戻す。戻れば元服させる」

「わかった。よきにはからえ」

「御意」


併走しつつ許可をもらって、さっさと離脱をする。

最初にも言ったが、武器防具も持たずに、これから戦に出る軍隊に同行する意味はない。というか、立派な足手まといだ。さらに、最悪桶狭間と同じルートになったら、問答無用で死ぬ。

そんなわけで、これから三河で松平と戦う今川勢から離れる。

後は帰るだけだ。




「人質ですか」


オレの言葉に、鵜殿家嫡男の新七郎が、驚いた表情でオレを見る。

庵原家に戻ったオレは、井伊家に送るために新七郎に事情を説明した。一緒にいる藤三郎は驚いた表情でオレと自分の兄を見ている。


「そうだ。遠江の井伊家だ。今あそこは不穏な動きを見せている。井伊家をこちらに付かせる保証としてお前を送る事になった」

「…兄上」


不安そうに、兄の手を握る藤三郎。

残念だが、藤三郎は遠江には送らない。大事な鵜殿家の血筋だ。最大限の努力はするが、命の危険がないとはいえない。


「大丈夫だ。この話は一年。長くて二年もすれば終わる。そうなれば、新七郎は元服し鵜殿家を継ぐ事になる」

「それはまことにござるか!?」


それまで、二人の後ろに控えていた家臣の矢島殿が、抑えきれずに口を挟んだ。


「すでに氏真様の言質は取った。烏帽子親になってもらえるそうだ。そうなれば、藤三郎。お前も遠からず元服する事になる」

「おお、おお・・・」


オレの言葉に感極まったといわんばかりに涙を流す矢島殿。三河で人質となって以降、居候として庵原家に身を寄せて、どれだけ不安だったのか想像に難くない。下手をすれば、どこかの家に婿入りで、ゆるやかな御家断絶の可能性もあった。

感激する矢島殿の姿におどろく藤三郎の横で、新七郎が思案げな顔を上げて聞いてきた。


「師匠」

「うん?」

「私が見張るべき相手は誰ですか?」


元服でもなく、鵜殿家復興についてでもない新七郎の言葉に少し驚く。


「井伊家が不穏な動きを見せているなら、懸念を持つ相手がいるはずです。元服前の私なら、子供と他の者から侮られている内に、井伊家を見張るという事ですね」


ああ、なるほど。反省しなきゃならんな。

コレが終わったら元服(成人)させるといっておきながら、そのために飛車丸に進言までしていながら、オレはまだ新七郎を子供と見ていたらしい。

自分の立場を理解して動くなら、それは立派な社会人おとなだ。


「井伊家当主井伊直親。そして家老の小野道好。お前と親しくするはずだ。表と裏でな」

「はい」


これで、井伊家からの報告に小野道好以外のルートが出来た。

ついでに新七郎の社会経験もつんでもらおう。ああ、向こうで勉強する為の写本をしないとな。


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