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27 敵を定めたる

永禄4年9月


第四次 川中島の戦い。


信濃北部にて武田信玄と上杉政虎(謙信)が激突。それは近年まれに見る激戦となる。万の軍勢が激突し双方数千の被害が出たらしい。

そして、手紙の一文に目を止めた。


「そうか……」


これは飛車丸が伝言レベルでオレに送った川中島の概要だ。詳細は今川館のほうに来ているだろう。一応、そちらも確認する必要がある。もっとも、だからといって事実が変わるわけではないか。


庵原館の縁側を歩いていると、中庭で新七郎と藤三郎が弓の訓練をしている。

二人はオレに気が付くと、こちらに駆け寄ってくる。


「師匠」

「ししょー」


そう呼ばれると、自然と笑みが浮かんでしまう。

あいにく、武術に関してオレはまったく役に立たないので、一緒に落ち延びた鵜殿家の家臣矢島殿にまかせっきりだ。もうそろそろ新七郎を元服させねばならない。一応、飛車丸こと今川氏真が烏帽子親になると約束してくれたので、元服後も悪い扱いにはならないだろう。

新七郎は愚鈍なところもなく、物事をよく考え真意を探る利発的な部分がある。慎重すぎるところもあるが、それは経験が補うだろう。

藤三郎は元気だ。少々過ぎるところもある。兄である新七郎と同じ事をしたがる。兄弟仲が良いのはよいことだが、少し落ち着きがない。もう少し年齢を経れば落ち着くだろうか。


「励んでおるか」

「はい」


まだ子供ゆえに弱い弓ではあるが、それでも十分な成果が出ているようだ。


「これから出かける。今日の座学はナシだ」

「はい」

「ししょー。それならお祭りに行っていいですか?」

「……そういえば、今日だったか」


9月の収穫が終われば、冬に向けての準備が始まる。その前に、収穫の労をねぎらうための収穫の祭りがそこかしこで行われていた。

子供にもお祭りは楽しみなのだろう。


「矢島殿から離れるんじゃないぞ」

「はい。やったー」


飛び跳ねるように喜ぶ藤三郎。その向こうで、温かい目で二人を見守る矢島殿に軽く目礼する。


「師匠」

「ん?」

「祭りとは今年の恵みを祝う祭りですよね」

「そうだな」

「では、その祭りの大きさで、今年が豊作なのかそうでないのかを察する事はできませんか?」


新七郎の言葉に納得する。たしかに、収穫を祝う以上、出来高によって祭りで振舞う量に差が出るはずだ。


「そうだな。商人ではなく、振る舞いをする物持ち(金持ち)に目をむけると良いだろう」

「はい」


胸を張る新七郎にうなずいて見せて、庵原館を出る。



9月の末。まだ暑い夏の日差しを避ける為に綱代笠をかぶって往来を歩く。

藤三郎の言うとおり、今日は駿府の町は祭りだった。軒には飾り付けをする者や、そわそわと落ち着きのない町人達。気の早い出し物や出店に、子供たちが群がっている。

中には朝だというのに酒を飲んでいるものもいるが、飲酒というよりは、出し物か神事の景気付けのようだ。

そこにあるどの顔にも、今日の祭りを楽しむ笑顔があった。


大通りを抜けて今川館へ。

すでに、門番とは顔見知りだ。軽く会釈して中に入る。

飛車丸の所在を確認する。名門今川家の棟梁は多忙だ。空いている時間というのは思いのほか少ない。重臣とやり取りをしているとの事なので、用事が終わるのを別室で待つ。

襖は開かれており、手入れの行き届いた中庭を見える。今川館の庭は、文化人でもある歴代今川家当主によって整えられ、降雨晴天四季折々の姿を見せて飽きないようになっている…らしい。

あまりそちらの文化には詳しくないのでわからないが、それでも夏の緑が目に優しく、風が吹けば草木の匂いが鼻をくすぐり清涼な風を感じる。

遠くからの祭囃子が世俗の匂いを見せる。外界を遮断するのではなく、外界を遠くに感じる。熱気の当事者ではなく、熱気の輪を眺めるような気分になる。

ふとしたときに心を安らげるそんな庭だ。これもまた一つの匠の技なのだろう。


近習に呼ばれて飛車丸の私室へ。あいにく部屋には誰もいなかった。家臣達と別の部屋でやり取りをしているようだ。

座って待っていると、足音と共に飛車丸が入ってくる。一緒にいたお付きの人は部屋の入り口で一礼して戸を閉める。


「よう」


礼儀も何もない挨拶だ。苦笑しつつ詫びる。


「すまんな、急に来て」

「別にいいさ。実りのある話ってわけでもなかったしな。で、どうした?」


前に座りながら飛車丸が聞く。その顔を見ながら口を開く。


「うん。武田を取ろう」


この日、祭囃子が駿府を包む中、今川家は戦国最強の甲斐武田家を敵と定めた。


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