21 小田原への手
永禄四年四月
駿府に帰ると、出陣していた飛車丸たちも帰ってきていた。関東での戦も終わったらしい。飛車丸の予想通り、今川軍が直接戦う事はなく、示威行為だけで帰ってきたそうだ。
一応、北条家も小田原城に篭城し生き残った。
ちなみに、同盟している武田軍だが、てっきり連携して甲斐から関東の軍勢に圧力をかけるのかと思ったら、長尾家の本拠地越後方面に進軍。そのまま、築城をして越後攻略を匂わせたらしい。これには、さすがの長尾景虎も黙っていられなかったようだ。
うまい手だ。同盟による助力と自国の拡大の両方をこなしている。今川家では地理的に出来ないが、関東と越後に隣接する武田家ならではのやり方だろう。
まあその結果、武田家と長尾家との対決が決定しているのだが、やっぱり隣接していないオレ達には関係ない話である。
あと、なんか長尾景虎の名前が上杉政虎になったらしい。
後の上杉謙信フラグである。仏門に入って「謙信」に名前が変わるんだっけ。
仏門から出てきたオレとは大きな違いだ。
そんなわけで、戦も終わって一服しているところに、岡崎から帰還したオレが交渉での合意内容を報告。
後は、助さんこと石川数正が来るまでお預けだ。瀬名の方様の館に、連絡のお手紙(ラブラブ和歌チクリ済み)を送って表の報告は一段落である。
「ただいま」
「おかえり」
飛車丸の私室に入ると、手紙を書きながらこちらを向く事もなく聞いてきた。
いつもの裏の報告の時間です。
「三河どうだった?」
「尾張三河の同盟は確定だ。尾張津島湊から駿府に来る交易船と話をつけた。これで定期的に尾張織田家の動向がわかる」
三河で織田家との同盟について話をしたが、否定される事もなく話が進んでいた。前後の状況(今回の多展開の城攻め)も含めるとほぼ確定だろう。
三河の現状に関しても、三河滞在時の食事が物語っている。来賓の客であるオレのあの食事内容。それも、非公式とはいえ食事の改善を要求しての、あの食事だ。
つまるところ、先の同時攻撃は三河松平家にとってもぎりぎりの戦いだったのだ。その足りない分を補ったのは、他者からの支援に他ならない。
となれば、九月の年貢まで三河単独で動くことは難しい。つまりは、動くか動かないかは織田家の支援次第となる。逆に言えば、織田家の状況さえわかれば、三河を支援する余裕の有無がわかる。織田家が自領の行動で手一杯になれば、三河を支援している余裕などあろうはずがない。
そして、松平家単独では秋まで動けないという事だ。
「織田と美濃斉藤家の決着がつくまで、積極的な介入はないと見るべきだな」
「この前の三河の城攻めは?」
「あれは同盟を結ぶ為の布石だ。結んでしまえば、それ以上はない」
「まあ、織田も松平も後ろを気にしないですむだけで十分か」
前にも言ったが、尾張と三河は長年争い続けた関係だ。同盟を結んだからと言って「はい信用します」とはいかない。言い換えれば、いきなりそこまで親密な同盟は結べないという事だ。最初は、警戒しつつも様子見。恩の売り買いをしてより親密になる。
そこから先は、お互いの器量がものを言うわけだ。
「北条家に関してはどうする?」
「予定通り。この後、友野屋に行くよ」
「また蔵が軽くなるな」
氏真は一旦筆を置くと、横に置いた文箱から一枚の紙を取り出すとこちらに放る。
拾い上げて中を読むが、こちらの求めていた内容が書かれていた。
「余りあこぎにむしるなよ」
「関東に手を伸ばすなら、ある程度はやらんとな」
「薮蛇になるのは勘弁してもらいたいな」
「今ならまだ許容範囲さ。向こうだってそれ位は織り込み済みだろうよ」
別に非道な事をするわけではない。今回の大戦で北条家は被害を受けた。篭城戦の準備に、そして復興の為の作業が待っている。
さらっと流したが、今回の戦いを前に、オレ達は西からのルートを押さえ小田原より東へ行く荷を止めた。
戦が終わり封鎖が解かれれば、まさにかきいれ時というわけだ。
が、ソレはあくまでも商人側の話。
買い手側の北条家としては、戦争で生き延びたものの、得るものがあったわけではない。関東勢は反北条家として連合を組んだ事に変わりはなく、周囲は相変わらず敵だらけだ。
一刻も早く復興する必要があるのだが、蓄えには限界がある。
そこで経済支援である。名門今川家が北条家を支援するわけだ。
もちろんこれも100%善意というわけではない。なぜなら肩代わりの代償に、担保を提供してもらうからだ。
そしてその為に、駿府一の大商人『友野屋』を仲介する。
あえて商人を仲介するのは、提供される担保を一元化して委任する為だ。友野屋は利益を求める商人だ。その担保に利益を求める。北条家に担保として、特定商品に対する免税権などの何がしかの利権を出してもらうことで、友野屋は管理する担保によって利益を得られる。今川家は得られた担保を管理する手間から解放される。
重要な点は二つ。一つは、これらの代金を支払うのは今川家であり、その特権の所有権はあくまでも今川家のものである点。友野屋は交渉こそすれ、代金もしっかりもらえる立場であるが、あくまで委託されているに過ぎない。
二つ目が、これらの権利は売買が可能であるという点。つまり、友野屋に売り払う事もできるし、逆に北条家に買い取ってもらう事もできるという事。
商人相手なら、それには金銭が絡むだろう。彼らは利益を求める職業だ。
だが、相手が大名家の場合、その代価は金銭以外のもので代用できる。大名は金銭的利益を求めているわけではないからだ。
「様々な交渉事」によってやり取りされる事もあるのだ。たとえば、有事の際に援軍を出してもらう代わりに・・・といった、方法で買い戻す事ができる。
商人として利益を求める友野屋は、買い戻されるまでこの利権で利益を得られる。今川家は交渉カードを手に入れることが出来る。北条家は復興の為の資金を得られるうえに、金銭での割り増し支払いを逃れる事ができる。もちろん交渉次第では更なる不利益をこうむる場合もあるが、現在ソレを考慮して手を引くことはできない。
こちらとしては、小田原の港へ手が伸ばす事ができた。特権という影響力の橋頭堡が出来たわけだ。
被害はないとはいえ、今川家だって兵を出したんだ。どこかで元を取らないとな。
今後増加する東海の交易に、それを行う交易船の増強。そして、小田原相手の貿易特権。
後は友野屋にお願いすればいいわけだ。
矢銭(資金提供)のお願いを。
船を貸与した際の利益の徴収も、利権の分の優遇も矢銭に含めてよいとすれば、負担も減るだろう。その負担をさらに減らすために、小田原の経済圏に手を伸ばしてくれよ。今川家御用商人。
君たちは利益を求める職業だ。だが、大名家は違う。そういう事だ。
活動報告にも書きましたが、毎日更新がそろそろキツイ状況になりました。
まだ、書き貯めはありますが、定期更新になります。




