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152 武田への恩

駿府へ戻ると、当然だが磯野員昌とは別れる。

降伏した敵将の再教育とかオレの仕事じゃないからな。

というか、そもそもオレの仕事は今川家と織田家の婚姻の準備手伝いだから。そもそも、磯野殿の移送もオレの仕事ではないからね。




「ほんと。なんでこうなるのやら…」


愚痴りつつ駿府の今川館に向かい、氏真の私室で報告する。


「殿様。信長の次の狙いは比叡山だ」

「天台宗の総本山?…そうか。織田家に敵対している勢力を取り持つのは浄土真宗の石山本願寺。天台宗である比叡山延暦寺に手を貸すこともなければ、助けを求めることはできないのか」


純粋な軍事力的な意味で、比叡山に力を貸せる大名がいない。

悲しいかな、本願寺が反織田勢力をとりまとめたがゆえに、長年反目していた比叡山がその連携に従うことは難しいだろう。


「となれば、比叡山攻めは徹底的にたたくことになるな」


比叡山攻めは見せしめの意味合いも強い。

たとえ、天下の天台宗総本山であろうとも、容赦をしないと示すことになる。

とはいえ、それは文字通り諸刃の剣だ。比叡山を攻め滅ぼしたことによる悪名は避けられない。

それを理由に織田家に敵対すれば、天台宗から格別の恩寵があるだろう。前にも言ったが、この時代の宗教観は現代よりも深い。

寺社による反乱や、逆に寺社による慰撫は領土運営に関して重大な意味を持つ。


とはいえ、これはオレが読み解いた予想でしかない。

しかし、オレの予想が間違ったとしても問題はない。信長が現状を打開できず浅井家と長期戦になれば、今回の浅井家との話が生きてくる。

そして、オレの考えが正しいか間違っているかは信長の行動で確定する。

比叡山の焼き討ち。


「こちらも比叡山攻めの対応で動く」

「そうか。となると…織田の同盟国である徳川は無理だから、北条か武田か」


オレの言葉に、氏真はうなずいて返す。

氏真が何を言っているかというと、比叡山を焼くのは防衛拠点を潰す事であって、そこにいる僧侶達を殺す必要性は低い。もちろん、殺さないわけではないが、皆殺しにする必要もない。

なによりも、比叡山延暦寺の座主は恐れ多くも天皇家の一族だ。

そんな事をすれば朝廷から悪感情を抱かれる。

そう考えれば、比叡山の僧侶を殺すことに意味がない。とはいえ、比叡山の僧侶も総本山を焼いた相手や仲間に簡単には従えないだろう。

なら、その受け入れ先を用意しようという話だ。


「武田だな」

「なぜだ?」

「一つは武田昭信の実績をつませる事ができる」


武田信玄を倒し甲斐武田家の当主となった武田昭信だが、だからと言って甲斐で実績を上げたわけではない。甲斐の豪族を懐柔したものの、内外に示すような実績を示したわけでもないのだ

さらに、同盟関係により北条家と今川家と事を構えるわけにもいかず、西の信濃は今川家と同盟を結んでいる徳川家。北にいるのはあの上杉家だ。

そもそも、甲斐を手に入れる被害から立ち直るにはまだ時間がかかるため、純粋な軍事行動をとるには時間がかかる。

そんな中で、軍事的ではなく名声を得られるこの話は、武田昭信にとって悪い話ではなかった。


「さらには、こちらから仲介することで、諏訪家との件の不信を軽減できる」

「あれをしたのはお前だぞ」


オレの言葉に笑って皮肉を言う氏真。

武田家を裏切り徳川家に加勢する事で信濃諏訪の領土を安堵された諏訪家と、今川家一門の鵜殿家との婚姻に、今川家から祝いの品を送っている。

それも甲斐を経由した形で、両家の関係について今川家が支援することで武田家を牽制している。

諏訪家当主諏訪勝頼は、武田昭信が倒した武田信玄の実子であり、甲斐に隣接する諏訪地方の領主だ。武田家からすれば、せっかく手に入れた領地の不安分子との繋がりを誇示しているように見えるだろう。

そんな武田昭信に天台宗の保護という名分を与える事で不信感を軽減させる事ができる。

もちろん、織田家と同盟関係にある今川家が堂々とこの話を持ち込むことはできない。


「だからこそ、オレがこの話を持っていけるだろ」

「俺は武田に嫌われて、お前は感謝されるか。いいご身分だな」


顎に手をやりニヤニヤ笑ってそういう氏真。

鵜殿家と諏訪家の婚姻も、今川家からの祝いの品も、今川氏真の決めた事だ。この動きを同盟国である武田家は当然良く思っていない。

そんな中で、オレが武田家の益となる提案をすれば、オレへの心証がよくなるだろう。


「で、本命からの連絡はどうだ?」

「…」


オレの言葉に、氏真は笑みを消すと戸棚から文箱を取り出すと中を開けて差し出す。

それを一つ一つ中を改めながら、笑みを深くする。


「よかったじゃないか。こっちでは、オレが蛇蝎の如く嫌われている」

「主君を蔑ろにする奸臣だ。今川家にはひどい家臣がいたものだな」

「どこにだって不心得者はいるさ。なあ、殿様。奸臣に必要なものが何だかわかるか?」

「うん?」


オレの読んでいた書状を後ろから覗き込んでいた氏真に、振り返って聞いてみる。


「甘言をもって、主君に信頼されている事さ」

「なるほど。実感がこもっているな」


オレの言葉に氏真が面白そうに笑う。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! >とはいえ、これはオレが読み解いた予想でしかない。 >しかし、オレの予想が間違ったとしても問題はない。信長が現状を打開できず浅井家と長期戦になれば、今回の浅…
[良い点] やっぱり本拠地でイチャイチャしながら悪巧みするほうが似合ってますよねw 東日本の安定化が今川にとって重要だけども、信玄が退場して徳川へのふたがあるだけでこうも違うのか…… 富国と協調外交(…
[良い点] いや全く。主君を蹴鞠の鞠に見立てて足蹴にしたり、年端も行かぬ娘に男(政略結婚の相手)との仲を取り持ったりねぇ。 バカトノ「そういう相手を懐柔するにもやはり血縁に取り込むことがだな」 ハラ…
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