136 嫁入りと援軍
元亀二年十月
織田信長と浅井家朝倉家との和睦が行われる。
京都からの手紙を読むに、思った以上に、戦況がグダグダになった為のようだ。
姉川の戦いの後、織田家は京都に攻め込もうとやってきた三好家と戦っていた。そこに一向宗が参戦。さらに織田軍の背後を浅井家朝倉家が襲った事で、挟撃される形になった信長は窮地に陥る。
そこで、信長は撤退して京都に戻ったのだが、そうなると今度は背後を襲おうとやってきた浅井家朝倉家が不利になった。
元々姉川で敗れ被害が出ている浅井家朝倉家が正面から織田軍と戦えるはずもなく、逃げようとすれば今度は自分達の背後を襲われる。そこで、両家はそのまま第三勢力の比叡山に逃げ込んだ。
織田家はもちろん比叡山に、織田家につくか、せめて中立を保つよう要請したが、比叡山側はそれを拒否。
結果、浅井朝倉とにらみ合いを続ける事になったのだが、織田家も有利と言える状況でもなかった。最初に戦っていた三好家は当然まだ勢力を保っており、織田軍が撤退したことでむしろ攻勢を増している。さらに織田家の本拠地の尾張で一向一揆まで起こされる。
このまま戦ってもジリ貧なのだ。
そこで、織田信長は朝廷と幕府を動かし、浅井家朝倉家と和睦。
この件に関しては、今川家も織田家と浅井家朝倉家に和睦を勧める手紙を書いていた。
理由としては、織田家との婚姻だ。
長女を嫁入りさせるにあたり、嫁入り先の織田家の親類縁者が戦に駆り出されている状況というのは許容しがたいため、この慶事を前に矛を収めるよう両者を諫めたのだ。
もちろん、両勢力からすれば、こんな理由は「だからどうした」という話ではある。
だが、状況を打開したい両家からすれば、渡りに船だ。和睦をする為の理由の一端を今川家が持ってくれるからだ。
織田家は今川家との婚姻による同盟強化を出来て、浅井家朝倉家は縁のなかった今川家との交流のきっかけを友好的な形で持つ事が出来る。
織田家との婚姻に関しては、今川家が他家である浅井家朝倉家に対して公的に手紙を出した事で、阻止がほぼ不可能になった事もあるだろう。
ここで、今川家の援軍が織田家に合流したうえに、さらに浅井家朝倉家に対して悪印象を持つことに比べれば、今川家の意向を汲むことで良好な外交的関係を築くことは悪い話ではなかった。
一向宗本願寺に関しては、仕切りなおされてしまったことで、彼らの思惑を外れて織田家が危機を脱してしまったのだが、残念ながら今川家は武家として織田家と浅井家朝倉家らと話をしているので、仏門である一向宗には関係のない話だ。
「元政。白建てはどうなっている」
「兵としては悪くないが、実戦となると不安は残るな」
御自慢の白建て鎧を着た庵原元政が、あごに手をやってそういう。
この日、白建て3千の兵を使っての軍事演習が行われたのだ。
内容に関しては各白建ての武将がすることなのだが、オレが今川氏真に働きかけ庵原元政に任せたものがある。
今川家の鉄砲隊。
今川家は織田信長よりも早く鉄砲を導入していた。今川氏真の父である今川義元時代に実際それを使って戦をしている。
とはいえ、織田家のように火縄銃を使う部隊としてではなく、各家臣の兵士の中に火縄銃を扱える者がいるという混成部隊での運用だった。
要するに、野球の得意なものを集めた野球部ではなく、各クラスの中に野球が得意な奴がいるという状況だ。両者が野球で競えば結果は見えている。まあ、他のジャンルや総合的な力になると話は変わるんだが、それでも甲子園に行けるのは前者だ。
兵対兵での戦いでは、多彩な選択ができる混成部隊は有利であるが、軍対軍の戦いでは、各部隊の能力を効率よく使う事が必要になる。当然、その部隊の選択肢が増えれば、その効率も上がる。
そして、今後それが必要になるのは、地元豪族同士の小競り合いではなく、大名対大名の戦争だ。
今川家は、今回白建てを選別するうえで、その火縄銃を扱える者達を優先的に選んで取り込んだ。とはいえ、現状では白建ての集団の中に火縄銃が扱える者たちがいるだけという状況だ。
だが、これから先は違う。
織田の鉄砲隊とは違い、今川白建ては「鉄砲を扱える精鋭兵」となる事を目指しており、総合力の強化が目的だ。
しかし、それには大きな問題があった。
「やはり鉄砲の玉薬を使えない状況では、鉄砲撃ちも実感がつかめん」
庵原元政の言葉にオレも同意するようにうなずく。
軍事演習なので、当然武器は模擬武器だ。怪我をするかもしれないが殺しはしない先を丸めた矢や槍を使う。
だが、鉄砲は殺人兵器だ。弾が出れば手加減は出来ず、相手を死傷する。
当然、訓練で実弾を撃つわけにはいかない。
かといって火薬だけで発射する空砲というわけにもいかない。
なにせ、火薬は製造できず購入するしかないのだ。
そして、白建てを今川家精鋭とする事で、その経費は今川家が持つことになる。弓矢のように簡単に作れるものではない。
「そこは少し待ってもらおう」
「アテはあるのか?」
「ああ、というかそのアテがあっての今回の婚姻だ」
オレの言葉に眉をしかめた元政は、何かに気が付く。
「そうか、婚姻の後は、そのまま織田家の援軍として残るのか」
「そうだ。そうなれば矢弾は織田家が出してくれる」
今川家の援軍を必要としているのは信長だ。その経費は織田家が持つ事で話はついている。まあ、駿河から定期的に補給が出せるわけもないので、そうせざるを得ないのだが、その点でも経費の掛かる鉄砲隊を白建てに組み込んで派遣するのは悪い話ではなかった。
「しかし、今の織田家で、のんびり訓練している余裕などあるのか?」
「おそらく、援軍として使われるが、本隊に組み込まれることはないよ」
この状況を何とかするには、信長は博打的な作戦をしなければならない。おそらく大規模な軍事行動に出るだろう。
問題は、そんなところに今川家の軍勢を参加させるかという話だ。
大事なことなのだが、今川家と織田家は桶狭間の戦いの加害者と被害者だ。まあ、今川家が織田領に攻め込んだので、加害者と被害者の関係は簡単に反転するのだが、要するに双方に甚大な被害が出ているのだ。
同盟を結んだとはいえ、両国の関係はまだ浅い。
そんな中、不確定要素がある能力未知数の軍勢を博打に参加させるだろうか。
しかも、その軍勢の数は3千である。
まず、今川家の援軍は参加させない。
となれば、大規模軍事行動での別の使い方をするだろう。
「今、信長が白建てを使うとすれば、本体とは別の備えとしてだ」
「相手への牽制か。備えるだけなら三千でも十分。それが白建てなら鬼に金棒よ。その点に関して不安はないだろう」
「ああ、その点に関してはお前を信用している。だが、他の点に関してはいろいろあるぞ」
「おい、そこは素直にほめるだけにしろよ」
自慢げにする元政に、皮肉を返す。
それを聞いて非難するように声を上げる学友に、笑顔で答える。
「多少の失敗は気にするな。何せ、こちらは望まれた援軍だからな。せいぜい他国の戦の仕方を学んで来い。お前ならできる。その点に関しては信用しているよ」




