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123 飴と鞭とテルモピュライの戦い

庵原屋敷で、居候としてかつて寝泊まりしていた部屋を改修して、今川家の子弟の教育の場とした。

とはいえ、教え子たちは下は5歳から上は9歳まで。現代風に言えば、幼稚園児から小学校中学年くらいだ。当然同じカリキュラムで勉強させるわけにもいかないので、それぞれの学習能力に合わせて学ばせる必要がある。

文字の読み書きが出来ないとか普通にあるからな。名門今川家の家臣の子息でもだ。

更に暴露するが、今川家家臣の中には大人でもそれが出来ない人がいるのだ。

そういった家臣達はどうしているのか。答えは「文字が書けないなら、書ける家臣に書かせればいいんだ」である。

まあ、紙が貴重な時代だ。そもそも、文字が身近にない時代である。文字を覚える必要性がそもそも乏しいのだ。現代風に言うなら「数学って、将来何の役に立つのだろうか」という疑問を持った事があれば、納得できるだろう。

大名ですら『右筆』という役職を与えてそれをしているのだ。一応、秘書のようなものだが、その主な内容は代筆である。文字が書けるのと書いた文字が綺麗なのは別だからな。

戦国時代は文字が綺麗にかける事はスキルなんだよ。それで食っていけるという話だ。

堺で会った松井有閑様なんかがこれの上級者みたいな感じだ。

つまり、文字の読み書きには、読んで書く以外にも「綺麗に文字を書く」というのも含まれる。

そして、文字を綺麗に書く方法というのは、延々と反復練習することしかないのだ。

そして、致命的な事に子供にそれをやらせるのは至難の業なのは、簡単に想像がつくだろう。

新七郎(鵜殿氏長の幼名)は、その辺を理解していた優等生だったが、弟の藤三郎(鵜殿氏次)は…うん。頑張っていたよ(贔屓目)。

まあ、そんなわけで鞭ともいえる面倒事はんぷくれんしゅうをさせる為に、飴を用意する事を忘れてはいけない。


案の定、集中力を失って目から光とやる気が失われ出したところで、意識を他に向けさせる。


「さて、ひとつ面白い話をしてやろう」


まあ、武門の子供が好みそうな飴については、臨済寺で学友の面倒を見ている頃からマーケティングリサーチは済ませてある。

つまり、武功話である。


「南蛮のある国であった戦の話だ。それは300名の兵士が20万の敵と戦った時の話」


一斉に目に光が宿る子供達。気分を変えるには童話とかでもいいのだが、武門の子弟である以上ある程度は将来に役に立つよう仕向けたい。

実際には300+連合軍で数千にはなっていたらしいけど、誇張した方が受けがいい。大丈夫、口頭で言っただけで資料は臨済寺にもないから。

言ったもの勝ちである。


「その国では、4年に一度の祭事の最中であった為、多くの兵士は戦に出ることができませんでした。敵はその隙につけこみ膨大な数の兵を送り込みました」


これが戦略だ。相手の不利な状況を利用する。敗戦で勢力が勢いを失っている所を攻める。相手が政治的に混乱している時に攻め込む。農民兵である足軽が田植えや収穫をする時期を狙って攻撃するなどだ。


「そこで、大将は300人で狭い隘路での防戦を選びました。大将に率いられた兵は一騎当千の勇士ばかり。それに対し狭い道では敵は大軍の利を生かせません。こうして、300人は20万もの敵を三日三晩押しとどめました」


そして、これが戦術という奴である。

鶴翼の陣とか方円の陣とかあるけど、あれを本当に必要とするのは指揮官で、現場の武将などが必要とする事は、現場でどう戦うかである。


「さて、これはどういうことを意味していますか?」

「勇者は300人で20万の兵を止められる」


生徒の一人の言葉に首を横に振る。


「ちがいます。この合戦で証明できたことは、少数でも狭い場所で戦えば大軍と互角に戦う事ができるという事です。つまり、自分達の兵が少数で、大勢を相手にする時でも、狭い道に誘い込むことができれば、数の差を押し返すことができます。これが兵法というものです」


馬鹿正直に敵に突っ込む事じゃないからな。

これはそのまま、城の防衛戦などの役に立つ。城内の道を細くする事で少数の兵でも大軍を足止めできるのだ。城で防衛する段階で、自軍の数が少ない事が多いので、随時敵の足止めが出来るこの利点は覚えておいて損はない。


「この戦いにはもう一つの意味があります」


オレの言葉に、生徒たちは目をキラキラさせて見ている。


「簡単な事です。敵が歴戦の勇士であっても、数で圧倒すれば倒せるという事です。つまり、相手が強力な武将でも広い場所で、より多い数で戦えば倒せます」


まあ、そう単純でもない上に、そうならないように動くのが真の強者なのだが、今の話で必要なのは、その利を説明する事だ。

現場責任者である武将となるなら、必要な知識になるはずだ。


「つまり、手柄を立てようとやって来た敵将を、足軽で囲んで叩けば、どんな強者であろうとも討ち取れるという事です。覚えておきなさい。一番槍というのは簡単に殺される立場だからこそ、成功させたことが功績となるのです。勇気の有無だけではないのです」


やんちゃそうな生徒を上から覗き込んで、威圧するように教えておく。


「さて、この300人の兵ですが、最後まで敵国の兵は隘路を突破することができませんでした。しかし、最終的には彼らは負けました。どうやったと思います?」

「火計」

「弓で撃った」

「一騎打ち」


生徒から意見が出る。大事なことは「考える」事だ。それがどんなに稚拙でも考えるという事は大事なことである。


「この時の敵軍は、地元の人間を調略し、隘路の反対側へ抜ける抜け道の情報を手に入れ、部隊を迂回させる事に成功しました。こうして、彼らは敗れる事になります」


調略する事と情報を得ることが大事だという事を伝える。力押しだけでは勝てないと認めて別の方法を模索したペルシア軍は、正しいのである。


「囲まれた大将に、敵軍が降伏するよう申し出ます。しかし、大将はこう返しました「取りに来るがよい」と」


オレの言葉に、聴いていた子供たちの目がキラキラと輝く。


「こうして、300人の勇士と大将は討ち取られ全滅しました。一人も生き残りませんでした」


防衛戦で、こちらの方が数が少ない。そんな所を死守しようとすれば、その結果どうなるかは火を見るより明らかだ。

城を枕に討死。殿軍として敵の追撃を防いで討死。武士である以上、そのような結末がいつ訪れても不思議ではない。彼等とて、そうならないとは言い切れないのだ。

武家の家系に生まれたという理由で、彼等には選択の余地すらなく、そうなる未来を与えられるかもしれないのだ。身分というのは、下層の人間だけを縛るものではない。

だからこそ…


「しかし、彼らの死は無駄ではありませんでした。3日間敵の進軍を遅らせた事で、彼らの国は残りの軍勢を追い返す準備ができ、さらに討ち取られた大将の仇を取ろうと10000の兵を集めて敵の国に攻め込み30万の敵軍を壊滅させています」


目を輝かせて話を聞く子供たちに、笑って見せる。

せめてそうなった時でも、自分の死に何かの意味があったと思って死んでもらいたい。

これが今の世の教育だというのだから、世も末だ。

※ペルシア戦争ではギリシャ連合軍7000vsペルシャ21万。隘路を迂回されても1200(内スパルタ兵300)で戦ったらしいです。囲まれていても4回ほど敵を撃退しています。

とはいえ、この時代の両軍の戦闘力対比はどうなっているんでしょうか。

ところで、WIKIでペルシャ軍210万になっているのは誤植?


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― 新着の感想 ―
[一言] 目を輝かせて話を聞く子供たちに、笑って見せる。 せめてそうなった時でも、自分の死に何かの意味があったと思って死んでもらいたい。 これが今の世の教育だというのだから、世も末だ。 将来…
[気になる点] アケメネス朝の推定人口って何万だっけ? [一言] 字が綺麗なのは現代でも食って行くに足る技能ですよ。 マンジュウガニさん書道を軽く見過ぎ。
[良い点] 今話もありがとうございます! ……月斎どの、教師としても、ぐう有能。 [気になる点] >「文字が書けないなら、書ける家臣に書かせればいいんだ」 これ、我々の世界の現代で 「パソコンを使…
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