122 今川家の教育者
京都からの手紙によると、織田軍と浅井軍が近江で戦ったそうだ。
戦いは織田軍が勝利したが、浅井家本拠地小谷城を落とす事は出来なかった。だが、近くにある横山城を落とし小谷城攻略の前線基地にしたそうだ。
これで、織田家と浅井家との関係は確定した。今後、織田家と浅井家、朝倉家は争い続ける事になるだろう。
近江が安全でなくなることで、織田家本拠地美濃から京都へのルートが不安定となり、京都の防衛にも問題が出てくる。京都から追い出された三好などの旧勢力が、この隙に動き出す可能性も高い。
そういう意味では、京都へのルートを防衛する近江の横山城は、織田家にとって絶対に死守するべき拠点だと言える。
まあ、そんな横山城の城主になった織田家家臣は大変だろう。
「どうだ!」
そう言って、オレの前でポーズを決めるのは、オレの学友でもあり、一時期その屋敷に居候をさせてくれた今川家家臣の庵原元政。ちなみに、三児のパパだ。ポーズなんか取ってる場合じゃないだろう。
とはいえ、今回庵原元政はかねてより計画していた今川家の精鋭部隊『旗本御家人衆』の指揮官である『御家人大将』に抜擢された。
それに合わせ鎧兜を新調し、そして何を血迷ったのかオレに見せに来たのである。ある程度は仕方が無い。
見せびらかす鎧兜の特徴と言えば、兜に短冊のような白い前立てが付けられて、そこには黒で一筆「一」と書かれている。さらに、鎧の両肩に備え付けられている大袖も白布で覆われ、戦場では背中に差す旗指物も白旗になるそうだ。
白旗は、別に降伏の合図ではなく源氏と平氏の指物を模しているという意味だ。
今川家は清和源氏の名門で、源氏の指物である白旗なのだそうだ。ちなみに平氏は赤旗で、紅白の区分けはこれが由来らしい。
そんなわけで、現在今川家ではこの精鋭部隊を「今川白建て」と呼んでいるらしい。
まあ、頑張れよと言ってやるくらいしかできない。
「父上かっこいいです!」
そんな、いい年こいてはしゃいでいる父親を、尊敬のまなざしで見ている奇特な少年が、庵原元政の長男で長太郎(命名者オレ)である。
オレが今川家に仕えてから生まれた子供であり、今年で七歳となり元気に育っている。
居候していたことからもわかるように、オレ自身も庵原家とは縁が深く、庵原家の居城である庵原城にも何度も招待された事があり、そこで元気に育つ長太郎達とも面識があった。
「まあ、そんなわけでよろしく頼むぞ太観殿」
元政は、満面の笑みを浮かべつつ、オレの背中をバンバン叩く。
そのダメージに顔をゆがめながら、こちらを見上げる少年を見る。
「よろしくな」
「はい。太観様。なにとぞゴベンタツのほどをよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる長太郎。七歳でこの挨拶は見事だ。まあ、そう言うように何度も練習したのだろう。多少棒読み感なのはご愛敬だ。
でも、オレの後ろで「よくできました!」と手を叩く父兄その1。お前のせいで大幅減点だよ。
オレが態々庵原屋敷で長太郎と落ち合ったのは、これからオレは庵原家嫡男の長太郎の教育係をするからだ。
なんでやねんと言いたいが、これも三国同盟締結に伴う面倒事というやつである。
つまり、オレが太原雪斎の後継者であると名乗りを上げ、ついでに実績まで作ってしまった結果、かつて師匠である太原雪斎が行っていた、「今川家の教育係」というものまで引き継いでしまったのである。
この延長上に何があるかはご理解いただけるだろう。今川家当主今川氏真の嫡男龍王丸は現在四歳だ。
来年にはオレが教育する事になると今川氏真から内々に連絡を受けている。つまりは、そのための予行練習という奴らしい。
ただ、それには一つ問題があった。宗教界でも偉大であった師匠には、臨済寺という自分の寺があったのだが、その点では不肖の弟子であるオレは、ただの平坊主でしかない。つまり、教育を施せる場所を持っていない。
そこで、現在駿府に『書作指南所』という学舎を制作中だ。一応、教師はオレ一人ではなく駿府に下向してきた公家の中から希望者を募ることになっている。文字通り和歌の専門家である公家の一族による教育だ。文化面での成長が期待される。
え?教材はどうするのかって?
臨済寺らから現在大量に運び込まれております。
かつて、臨済寺の書院番を務めていたオレが今川家に仕えるようになって七年。後任がおらず写本の依頼も受け付けていないため、邪魔になった書籍を引き取ることになったのである。
まあ、お寺にラブレター指南書の和歌とか、昔の日記とかエッセイとかあっても、古文書の確保という以外の意味はないよな。
まあ、そんなわけでオレに新しい役目が追加されたのである。
「確か3人だったか」
「いや、5人だ。孕石殿の子と、吉岡道場の師範の御子息が追加で参加される」
「吉岡道場?」
確か、今川氏真が京都に上洛した際、京都でも有名な剣術道場である吉岡道場と縁を持ち、駿河にも道場を建てることになったという話は聞いていた。確か、岡部様に丸投げした記憶がある。
とはいえ、いきなり当初の予定以外の人員が追加されています。
「ああ、道場には長太郎にも通わせる予定だ」
「はい」
元政の言葉に元気に返事をする長太郎。
ここでこんな話をしている理由は、その建設予定の「書作指南所」が完成するまでの仮の教育場所が、ここ庵原屋敷となっているからだ。
現在、教師の選定中で、確定しているのがオレ一人。さらに、庵原屋敷に居候していたこともあり、数年前はここで鵜殿兄弟を同じように教育していた。
ようするに、勝手知ったるナントヤラというわけだ。
「いや~。めでたい。今日は派手に騒ごう。知り合いも呼んでな」
「そんなことを言って、その甲冑を自慢したいだけじゃないのか?」
「バレたか」
未だに鎧を脱ごうともしないでポーズを決める庵原元政。
知っていたか、鎧武者を攻撃するときは、鎧の隙間を狙うのが定石だ。
つまり、喉、脇の下、内股などだ。
まだポーズをとる元政の喉にぬき手を入れる。
「へぶぁ!」
「うるさい。デカイ。邪魔だ。脱げ」
長太郎君。覚えておきたまえ。
教育で大事なことは、最初にガツンと言ってやることだ。




