表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

111/155

111 金ヶ崎の戦い

元亀二年(西暦一五六七年) 二月


越前朝倉家討伐に向かった織田家に対し、近江浅井家が同盟を破棄して敵対した。これにより越前侵攻は失敗し、織田軍は全軍撤退した。


「何があった?」


近畿地方から寄せられた書状の内容を見て背筋が凍り付いたが、織田信長は無事に京都へ帰還。とりあえずは無事らしい。ここで信長が討死でもしていたら近畿地方が大混乱になる所だったのだが、その心配は不要のようだ。


「こちらの状況は?」

「数日後に俺は甲斐に向かう。輿でな」


オレは報告内容を見た上で、今川氏真に確認をする。

年が開けて一月に武田昭信の婚姻がもたれ、北条家からの嫁入りに同行してきた当主氏康の息子で北条氏規ほうじょううじのりを代理人として、武田昭信、今川氏真との三者間で甲相駿三国同盟の再締結がされる。

そして二月に入り、今川家と北条家による甲斐侵攻も始まった。すでに事前の調略は年明け前から行われており、小山田家が今川家に寝返り。甲斐南部の巨摩郡の穴山家も家中を二分する形で内紛。

疑心暗鬼になった甲斐武田家の家中は混乱していた。

一応、去年の甲斐武田家新当主の公表の後に、武田信玄は自分の息子の武田信親たけだのぶちかを後継者に指名して国内の沈静化を図ろうとしていたが、残念な事に想定の範囲内だ。

近隣諸国と幕府が認めた当主が存在している以上、武田信玄の指名は武田信玄の派閥内での認識にしかならない。つまり、武田信玄を武田家当主代行と認めている派閥と同じだ。指名しようとしなかろうと問題はない。

それを押し通すには、武田信玄が武田昭信(+今川家)を撃破するしかない。元々戦うことを前提に準備してきたオレ達にとってみれば何も変わりはしない。

オレ達の目的は武田信玄ではなく、甲斐の豪族であり、彼らがこの劣勢の中寝返るための「言い訳」を提供しているだけにすぎない。選択する「言い訳」に対処しようとしても、何の意味もない。

そして今回、今川氏真本人が出陣する事で、甲斐の豪族達にさらなる圧力をかけ、その内紛を加速させる。

ついでに、北条家と武田家(今川家)の侵攻に合わせて、徳川家の信濃侵攻も始まっている。

オレは年末から徳川家に足並みをそろえさせる事に専念していた。とりあえず順調にスタートを切った事で、後はお任せである。


そんなわけで、最後に残った同盟国な織田家の状況の報告を読んでいるのだが、この有様だ。


「今川家に援軍の要請はあったのか?」

「ない。そもそも、越前討伐は信長が幕府の要請を受けての出陣だ。家格が上の今川家が出ると織田家の顔をつぶす」

「浅井家が裏切った理由は?」

「さあな。だが、浅井家は朝倉家と縁が深い。どちらを取るかとなった時に…」

「それはない」


まず、足利将軍の要請(上意)である段階で、その大義名分を知らないわけがない。

この段階で、浅井家は朝倉側につくか織田側につくか決める必要があった。

将軍からの命令という大義名分である以上、目的をたがえる事は出来ない。それ以外の事をすれば、その責任は将軍家にまで飛び火する。

織田家にしてみれば、越権行為で罰を受ける可能性を考えれば、そこまでして越前を攻撃する必要がない。適当な理由をでっちあげて私的に攻め込めばいいだけだ。(例:武田信玄)

地理的に考えれば、美濃を本拠地とする織田家が北陸方面を攻めるなら、美濃から直接越前へ向かうのが最短距離である。それを、わざわざ琵琶湖南部を通り京都を経由している段階で、今回の遠征が誰の命令であるかは一目瞭然だ。

隣接する同盟国の行軍理由を知りませんなんてことはあり得ないし、少し調べれば将軍家の要請であり目的が越前朝倉家討伐である事は簡単に分かるだろう。

大学教授がノーベル賞受賞を大学側に隠しきれるだろうか。マスコミ(軍勢)が動けば大学側にばれるだろうし、さらに受賞するために渡欧(上京)まですれば、分からなかった大学側に問題があるレベルだ。


では、知った上での浅井家の離反ならどうなるだろうか。

これも不可解だ。浅井家が織田家に反旗を翻してまで得る利益がない。

織田家と敵対したのは朝倉家なのだ。そもそも、浅井家が敵対する必要がない。同盟国であるという事は助ける理由にこそなれ、義務ではなかった。

そして、織田家を裏切り朝倉家に協力してまで得られるメリットが浅井家にはない。織田家の領土と接しているのは浅井家の北近江領。つまり、織田家と敵対した場合、浅井家は朝倉家を守るための最前線になる事を意味している。そのリスクを負ってまで浅井家が得られる利益がない。

まず、織田信長になり替わり浅井長政が天下人になる事はあり得ない。家格も実力も上の朝倉家がいる以上、浅井家が覇を唱えることは不可能だ。

目的がかつて敵対していた六角家の領土であった近江南部や、織田家の美濃の領地というのも無理がある。

不意打ちで近江南部の領地を手に入れても、かつて敵であった元六角配下の豪族達が服従するわけがない。将軍家に逆らったことを理由に、それこそ潜伏した六角家が台頭して終わるだろう。

美濃に関しても、信長を失って混乱したとしても、美濃は織田家の本拠地であり岐阜城は堅城だ。同盟を結んだ徳川家が現在東の信濃武田領に攻め込んでいるから、尾張の勢力を美濃に集める事で対抗できる。

さらに、これらの懸念と同時に、浅井家家中の親織田派閥の対応も考えると、確実性があるとはいえない。

何よりどうしようもないのは、足利将軍家の要請を受けた織田家を裏切った点だ。

力がないとはいえ、将軍家は将軍家。幕府は幕府である。将軍家に逆らったという理由で、逆賊の汚名をかぶることになる。それを理由に他国から攻められても文句が言えない状況だ。

名門という意味なら朝倉家よりも上位の将軍家がある。武力を持つ同盟国という意味なら、朝倉家よりも力を持つ織田家がある。

つまり、確実に得る利益がなく、離反する理由が浅井家にはないのだ。

現在の東海地方でいえば、徳川元康が突然信濃侵略をやめて遠江を侵攻してくる事に等しい。

まさしく、意味不明である。


「近江に行くか…」


折良く、甲斐攻略に関してオレの仕事は終わっている。これ以上は、指揮官である各大将達の問題だ。オレの出番は基本的にもうない。

情報収集をする意味でも、現在の中央の状況を見聞きするのは悪い選択ではないだろう。

去年の今川氏真の上洛と各貴族の下向で、今川家と京都中枢との縁が形成されている。そこに便乗するのは難しくないはずだ。

だが……

口には出したものの、とてつもなく面倒臭い事が予想される。


「なんだ月斎。花の京都に行くのは嫌か?」


よほど顔に出ていたのだろう。面白そうにニヤニヤ笑いながら氏真が聞いてくる。


「花をでる趣味はない。ましてや、悪鬼羅刹の住処に咲いている花ではな」

「護身に宝刀でも持って行けば、鬼も尻込みしてくれるかもな」

「返り討ちに遭うのが目に見えている。坊主は坊主らしく紹介状という護符でも持って行くよ」

「故事に倣うなら、鬼から逃れるのには三枚くらい必要らしいぞ」

「一枚で撃退できるくらい凄い奴にしてくれ」


それで撃退できるならいいのだが、気休めにしかならないだろうなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 京はマジでヤバイ。何がヤバイって?あの貧乏とか他の作品で書かれてる公方家の方々だよ。何故って、そりゃ滅んでいないからだよ笑
[気になる点] 主人公の前世での史実より約3年余り(※)前倒しになって起きた、 金ヶ崎の戦いでの浅井家の裏切り。 前世とは状況が違っているため、 純粋に合理的な観点からは浅井家が裏切る理由が見当たら…
[気になる点] これ浅井長政主導とは思えないんですよね 久政が勝手にやらかしたほうがありそうと個人的には思っております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ