109 二つの三国同盟
甲斐武田家当主武田昭信と北条家の姫との婚姻が行われ、さらに破棄されたはずの善徳寺の会盟(甲相駿三国同盟)が再締結されたことについて大々的に公表された。
自分が破棄した盟約を、自分以外の名義で再締結されるのだ。武田信玄にはまさに青天の霹靂だったろう。
そして案の定、今川家でもつるし上げが始まった。
豪族の一部から、敵である武田家に甲斐を返還するのはどういうことかという詰問が来ているのだ。
実際、織田家と徳川家の同盟の時にも同様の事はあった。同盟関係を結ぶ際の調整が、今川氏真、オレ、今川家重臣数名でしか取っていなかったので、反感は当然のことだった。
ただその時は、武田信玄との戦いに大勝した事と、甲斐への侵攻が見えたことで、それを一時的に抑え込む事が出来た。
彼らにすれば、その目の前にぶらさがった褒美(甲斐の領地)を放り投げてしまうわけだから、その反感が以前のそれと相乗してのしかかってくるのも分からなくもない。
もっとも、世間一般にそれは「捕らぬ狸の皮算用」と言うが、確実に手に入るわけではないと理解していても、不備があれば不満は上がるのである。
ましてや、それを主導したのが新参者で後ろ盾もほとんどない坊主である。何とも叩きやすく出てきた杭だ。
名門今川家の家臣の中から意見が飛び出す。
「そもそも、太観殿の見解では、信濃を徳川家に、甲斐を今川家にという取り決め。それを北条家に渡すなど当家をないがしろにされるか」
「無論。それは理由があっての事。そもそも、北条家に渡すのではなく、あくまでも武田昭信様にお返しするだけ」
「今回の北条家との婚姻を考えれば、同じことではありませぬか!」
「いいえ。まったく違う事です。武田家の家臣達、つまり甲斐の豪族達に北条家の手が伸びたところで、武田家当主に推薦し、甲斐侵攻を後押ししたのは今川家。つまりは、武田昭信様を後援しているのは今川家に他なりません。王将を抑えている状況で、金将や銀将のやり取りに意味がありましょうか?」
「……」
「どのみち、今川家だけで甲斐を確保したとしても、甲斐が荒れることに変わりはありません。そうなれば、同盟なき北条家がおとなしく見ていようはずもありません。ならば、その北条家と協力してある程度で抑えておけば、実質的に当家の利益は増えます」
「しかし、北条家の影響はできる限り少なくあるべきではないか」
「確かに、今川家の武勇知略を用いれば、北条家を抑えることも不可能ではありません。しかし、それをすれば北条家の警戒心と敵対心が増します。そして、駿河今川家の東にあるのが相模北条家。甲斐での確執で駿河を危険にさらすなど正に本末転倒。ならば、北条家の力を利用し、相手の納得できる形で事を収め、その被害を甲斐の地に押し付ける。当家の損害を最小に収め、勝利を手に入れる。これに勝るものはありますまい。恩を売り、恩を買い、恨みをそらす。それこそが最善と思いませんか?」
指摘していた家臣からの反論がなくなると、別の家臣から声が上がる。
「その北条家が、武田家を飲み込んで矛先を今川家に向けたらどうされる。そもそも、織田徳川との同盟もそうだ。同盟を結び油断したところで攻め込まれるのではないか」
「それゆえの策にございます」
さぞ、意味がある事である事を匂わせるように「策」という言葉を強く口にする。
「かつての善徳寺での会盟(前甲相駿三国同盟)は太原雪斎様の示した策にございました。その理由は、先の武田信玄の同盟破棄からの動きを見ればお分かりになるでしょう。武田家が同盟を破棄した事で、今川家は北条家と協力して武田家に対抗する事が出来ました。これが雪斎様の示された『一つに二つ』の策です」
ここで重要なのは、後ろ盾もろくにないオレの考えではなく、今川家の宰相として名をはせた師匠の太原雪斎の名を借りることだ。今川家において、故今川義元の善政と共に、師匠の名声に異を唱えられる者はいない。
「では、先ほどのように武田家と北条家が手を組んだとしたらどうされます?」
「……」
当たり前だが、オレの問いへの返答はない。そりゃそうだ。質問してきたのはその家臣である。答えられるならそもそも質問してこない。
そして、オレはそのための答えを持っている。
「故に、『二つに三つの策』になります。つまり、その二家が手を組むなら、こちらは織田家と徳川家と手を結ぶことで対抗できます。これはそのまま、徳川家と織田家が敵対した時にも同じことがいえます」
勘違いしてはいけないのは、今川家から見ると五国同盟に思えるが、実のところは二つの三国同盟でしかないという点だ。つまり、一つ目の同盟参加国と、二つ目の同盟参加国の接点は今川家一国にしかない。
現段階で、織田家と徳川家は、武田家と北条家と協力することはできないし、逆もまたしかり。なにせ、同じ今川家と同盟関係を結んでいるだけの他国なのだ。そして、現時点で、この両二国の領地は隣接していない。
「そして、何より重要なのは、この方法が可能なのは今川家のみであり、他の四家が出来るのは一つに二つの策のみ。織田家と徳川家は、武田家と北条家とはなんの関わりもありませぬ」
こう言うとすごい事のように見えるが、実際は師匠の三国同盟を踏み台にしているともいえる。つまり、これを否定するのは太原雪斎の同盟に異議を出す事に通じるのだ。
故人の名声を利用するのはいつの時代も有効である。
さて、次にどうしてこうならなければならないか、説明するとしよう。
「甲斐がどれほど治めるに難しい土地かご存じでしょう。あの戦国大名武田信玄亡き後の甲斐をどうやって治めるおつもりか。確かに、氏真様は武田信虎様の血を引いておりますが、今川家の当主にございます。駿河の民が今川家の支配を求めるように、甲斐の民が武田家以外の支配を認めるなどあろうはずもなく。故ある者ならそれを理由に下剋上をしようとするのは火を見るより明らか」
歴史って残酷なんだけど事実なんだよ。武田信虎が甲斐を統一したという事は、統一しなければならなかったという事だ。さらに、統一したはずなのに信虎は追放され、甲斐の豪族達によって傀儡の当主に祭り上げられたのが、その子である武田晴信(現在の武田信玄)だ。
甲斐という国が、信虎と信玄の二代にわたって、文字通り『試される大地』であったことは理解できるだろう。
「それとも、当家の中で甲斐を支配する正当な理由を持つ者がおりましょうか?」
同調圧力?させないよ。ここで、個人を指定させることで、反論を封じる。
名門甲斐武田家は、足利将軍家と同門の清和源氏の家柄だ。家格でいったら、将軍家の連枝である今川家に勝るとも劣らない。今川家の家臣で正式にそれを継げる家格の家があるなら驚きだ。今すぐ武田昭信と交代してもらおう。
おっと、主君である今川氏真に比肩しようというのは、下克上フラグだな。残念、交代はなしだ。そんな野心を持つ家臣は、粛正をプレゼントだ(強制)。
その辺は向こうも理解したのだろう。どこからも異論が出ない。
「近隣諸国と同盟関係を結んだことで、今川家は重要な立場になる事は理解されているはずです。隣国からの脅威が去ったことで、安全な駿府へ京都より貴人が下向され、彼らの歓待をまかされる事になるでしょう。ひいては朝廷の覚えめでたくなることにつながり、氏真様の忠節を天下に示すことに繋がります。それを可能とする家柄が、他にありましょうか」
元々斯波家の家老のさらに分家筋である織田家や、地元三河豪族出身の徳川家。名門であったが駿河に下向し相模の雄となった北条家(元伊勢家)。そして、今まさにとってかわられようとしている斜陽の武田家と比べれば、この同盟内で家格の高く安全な場所は今川家しかない。
領地や軍事力では織田家に劣るものの、織田家が将軍家の後援者なら、今川家は将軍家の直属の大名である。
そして、軍事力の差は埋めることができるが、出自の差を埋める事はできない。
「また、始まった茶の栽培についてはいかがされます。上洛した氏真様たっての願いであるこれらをないがしろにされる気か?」
経済発展にマンパワーの確保は必要だ。それを供給するのは最終的に地方の豪族であり、彼らの仕事である。それをないがしろにして新しい土地が欲しいとか、冗談も休み休み言えってことだ。お前らは仕事が終わっていないのに新しい案件を持ってくる(自称)敏腕営業マンか。
とはいえ、すでに裏工作は完了しているのだ。
重鎮の岡部様や遠江朝比奈様をはじめ、駿府で政務を取り仕切る三浦様や、居候先の庵原家。さらに、三河徳川家に嫁いだ瀬名の方様との関係改善を図る過程で関口家とも話はついている。
もちろん、今川氏真の名前で同盟を締結している段階で、家臣が反対できる根拠を示さない限り撤回は不可能なのだ。さらに、両家の婚姻に関しては今川家正室早川殿による北条派閥継承の公開発表の場でもある。
オレ個人を非難する事は出来ても、内容自体を拒否する事は出来ないだろう。
「今後、今川家の戦とは、同盟国に合力するものとなりましょう。関東を攻める北条家。甲斐国内をまとめる武田家。信濃を攻める徳川家。公方様をお守りする織田家。彼らに手を差し伸べるのが今川家なのです」
この点に関して、この時代の常識から考えると、間違いなく悪手だろう。
同盟国に協力するため戦う。逆に言えば、今川家が領地を得る方法が消えるのだ。この時代、誰もが新しい領地を求めている。領地は国力であり、国力は軍事力に直結する。だからこそ、家臣たちは領地を得るため手柄を求め、手柄を得るための戦争を求めて戦う。
それが出来ない今川家は、守勢に入ったとみるだろう。
それは正しい。
しかし、間違えてはいけない。守勢即衰退ではない。その価値観は戦国時代の価値観だ。戦国武将の常識だ。武田信玄のように家臣をまとめるために、国力という力を求める考え方なのだ。
だからこその『仮名目録』。
統治のための伝家の宝刀。治世の為の力である。
乱れた世と平和な世。治世がその力をよりよく発揮するのはどちらか。自明の理である。




