16 至高の平民
※ 第三者視点
老人はニコニコとした表情を浮かべてジーナに近寄ってくる。
その身に纏うのは純白の厚手の生地に金糸で彩られたつくりの良いローブ。
ぱっと見の派手さはないが見る者が見ればわかるかなりの高級品だ。
手に持っているのは太くゴツゴツとした大ぶりの枝を使って作られた人の背丈もあるほどの長い魔導杖。その頭の方は曲がっていてそこに大きな赤い宝玉が嵌められている。
見るからに魔法使いの出で立ちだった。
(誰!?)
ジーナは内心驚きでいっぱいだがそれを表情には出さない。
「貴方はどちらの方かしら? この方のいったい何ですの?」
「わし? わしか? わしはただの平民じゃよ。そこのジーナの祖父じゃ」
老人の言葉を聞いてキャロラインは笑みを浮かべる。
「平民!? やっぱり! おほほっ、見るからに粗雑でわたくしの思ったとおりですわ! こんな素養のない平民たちを遠縁と言って城内に入れるだなんていったいどういうおつもりなのかしら?」
キャロラインはそう言って今度はリーザロッテに強い視線を送った。
「…………」
「さあ、リーザロッテ様! 申し開きはおありになって?」
キャロラインは勝ち誇った表情でそう大きな声を上げた。
「騒がしい! いったい何事だっ!」
二人の周りには彼女らのやり取りを遠巻きに眺めていた御令嬢たち。そしてその保護者たちが野次馬として集まり厚い人垣ができていた。
そんな人垣に分け入ってこようとした人物を見るや野次馬たちは頭を下げて一斉に道を譲る。
海が割れたようにできた道を堂々と歩いてきたのは今日のこのパーティーの主催者であり、この国で最も尊いとされる人物。
ひときわ豪奢な礼服に厚いマントを身に付け、宝石を散りばめた錫杖を手に持つ一人の男。
「「国王陛下!?」」
「!?」
騒動の中心にいた二人は直ちに国王に身体を向けるとドレスのスカートを摘まみ腰を大きく落として深く頭を下げた。
ジーナも一拍遅れて二人と同じ姿勢をとる。
周囲の者たちがその一人の男に対して頭を下げる中、ただ一人、頭を下げなかった者がいた。
「ちょっと、貴方っ! 国王陛下の御前ですわよっ!」
キャロラインは、ジーナの祖父と名乗った老人に詰め寄るとその老人の腕を掴んで彼を引っ張り倒す。
そして頭を押さえて無理やりに国王に対して頭を下げさせた。
「待て、そなたはいったい何をしておるのだっ!」
それを見て慌てたのはその礼を受けた国王本人だった。
彼は老人が膝を付くや自らも錫杖を放り投げて膝を付く。
その姿を野次馬は勿論、二人の令嬢も目を白黒させて見ている。
キャロラインのしたことは貴族として取り立てて間違ったことではない。
多くの野次馬たちは内心そう思っていた。
そう、普通であれば。
その老人が本当にただの平民であったのであれば。
「臣下の者が大変な失礼を致しました。お怪我はございませんでしょうか?」
国王はそう言って目の前の老人に手を貸して恭しく立ち上がらせる。
その姿は上位の者を畏れへりくだっている姿に他ならずこれまでこの国の者たちが見たことのなかった王の姿だった。
「ほっほっ。ちいと腰が痛いがまあ大丈夫じゃ」
「なんとっ!? 大変申し訳ございませんでした、すべての責任は私にあります。どうかご容赦を」
国王のあまりの姿に周囲は騒めきだす。
そしてようやくこの騒ぎの中心にいる人物が実はとんでもない人物なのではないかという事実に思い至った。
「へっ、陛下。その御方はいったい……」
野次馬の一人。
中年の貴族の男が恐る恐るそう声を掛けた。
「この方はかの世界を救った大英雄。大陸会議より勲一等、『救世の大賢者』の称号を賜りし大魔法使い、アドゥル・テ・ワインズ様であられる」
「「「「「!?」」」」」
――救世の大賢者
この二つ名を知らない者はこの大陸にはいないと言われる。
かつて魔王を倒した勇者パーティーのうちの一人。
今や子供向けのおとぎ話にもなっている生きる伝説。
しかし今はどこにいるのか、そもそもいったいどんな姿をしているのかすら誰も知らないと言われその一切が謎に包まれている。
そんな人物が突然目の前に現れたのだ。
ある程度年をとっている者は彼が与えられた地位を畏れ頭を下げる。
救世の大賢者。
その称号とともに与えられたのはすべての国の王と同格であるというこの大陸における最高の身分だ。
救世の大賢者は誰に対しても頭を下げる必要はない。
頭を下げなかったことを無礼であると咎められることはない。
彼はこの大陸の最高峰の組織である大陸会議からそう認められた存在だった。
しかし彼の身分はあくまでも『平民』である。
平民という身分でありながらその存在は至高。
そんなイレギュラーな存在だった。
年若い者たちはそんな彼を地位や肩書ではなくおとぎ話の英雄として憧れをもって仰ぎ見る。
そんな英雄にケチをつけるということは知らなかったからといって到底許されることではない。
「そっ、そんな御方とは存じ上げず……」
キャロラインは頭を下げたまま顔を真っ青にしてその身を震わせる。
国王と同格。
いや、大国の王とも同格であるのだからそうでもない国の国王と比べればその格はより高いと言ってもいいだろう。
「知らなかったからで済まされることではない。衛兵、この者を連れて行け」
事態は飲み込めたものの未だにその事実を消化できず、茫然としているキャロラインは引きずられるように王城のホールから退場させられた。
そしてその事実は王子の婚約者選びのレースからの退場をも意味していることをこの場にいたすべての者が理解した。




