15 貴族の戦い
※ 後半第三者視点
「ジーナ、大丈夫だったか」
「あっ、はい。それよりも御嬢様は……御嬢様!?」
ジーナは自分の傍で倒れていたリーザロッテに気付くと彼女に向かって大きな声で叫んだ。
「ああ、俺が来たときにちょっと眠ってもらったんだ」
いくらなんでもこの力を見せるのは依頼者であるとはいえども憚られる。
そんな訳で魔法で少し小細工させてもらったというわけだ。
「う~ん……」
魔法で睡眠状態を解くと御嬢様は直ぐに目を覚ました。
「御嬢様、お怪我はありませんか?」
「ジーナ、ええ、わたくしは大丈夫よ。それよりあの男は?」
「ええっと……」
「御嬢様、あいつは俺とジーナの二人でなんとか撃退しました。さすがに深追いはできませんでしたけどね」
深追いどころかこの世から消してしまったことは黙っておいた。
いつも真実を知ることが正しいとは限らない。
ジーナと俺は視線で会話をするとお互いに頷き合う。
「それよりも御嬢様、早く戻りませんと!」
「そうね、早く戻らないと王子殿下がお越しになってしまうわ」
そんな御嬢様に付き添おうと思ったのだろう。
ジーナが御嬢様と並んで元来た廊下を戻ろうとする。
そんなジーナを見て俺は笑いながら言った。
「ジーナ、お前はそんな恰好で会場に戻るのか?」
「えっ……あっ」
ジーナは大きく切り裂かれていた自分のスカートを見てようやく自分の今の姿を認識できたようだ。
おそらく走って御嬢様に追いつくのに邪魔だったのだろう。
「御嬢様は俺に任せてお前は着替えてこい」
「すみません、しばらくの間お願いします」
そんなジーナを見送り、俺と御嬢様はホールへと戻った。
幸いなことに王子殿下はまだ下位の御令嬢との歓談をされているようで、しばらく時間は大丈夫そうだった。
そして着替え終わったジーナと合流すると御嬢様の護衛は再び彼女に任せて俺は俺で自分がいくべきところへと向かうことにした。
◇
「ううっ、恥ずかしいです……」
「似合ってるわよ、ジーナ」
ジーナに急遽用意された代えの服はそれまでのメイド服ではなくドレスだった。
これは当初ジーナがリーザロッテの護衛をパーティーに参加する御令嬢に扮してすることも考えていたため辺境伯家でジーナのために用意していたものだ。
ミッドナイトブルーと黒を合わせたシックな色のドレスだ。
もっとも、高位貴族である辺境伯家が用意したものであり、その素材は高級なものが使われていた。
そんなジーナは御嬢様の傍で周囲を警戒しつつもリーザロッテとの話を続ける。
先ほどのリーザロッテを狙った暗殺未遂は当然リーザロッテに大きな動揺を与えた。
しかしそんな彼女もジーナと一緒にいることで少しずつ落ち着きを取り戻していた。
次第に二人の間に笑みが生まれ穏やかな空気に包まれる。
しかしそんな穏やかな空気は突如として壊された。
「あら、リーザロッテ様でありませんか、ごきげんよう」
二人の前に現れたのはゴージャスな金色の髪を巻き巻きに巻き、身に纏うドレスはキラキラと目に眩しい装飾が施された真っ赤のドレスの御令嬢だった。
「これはキャロライン様、ご無沙汰しております、ごきげんよう」
リーザロッテは澄ました顔ですっと挨拶を返す。
ジーナはその名前を聞いて即座に身構えた。
予め聞いていた王子の有力な婚約者候補の一人。
そして、これまでの妨害工作を行っていたと疑われる侯爵家の娘だ。
二人の間に目には見えないもののバチバチという火花が散ったようにジーナには見えた。
「そちらの田舎領地から王都に来るのに随分とご苦労なさったでしょう。大人しく田舎に引っ込んでおかれた方がよろしかったのではなくて?」
「ご心配には及びませんわ。貴族として生を受けた以上、この国のためにできることは精いっぱい務めさせていただく所存ですので」
暗にお前が王子の婚約者となることは国益にならないと伝えるとキャロラインの表情がピクリと動く。
その二人のやり取りを周りの令嬢たちは固唾を飲んで見守る。
「それはそうとそちらの方は初めてお見受けする方ですわね。わたくしが許します、名乗りなさい」
キャロラインはその手に扇子を持って口元を隠しながらそう言うと、釣り上がったその目でジーナを睨み付けた。
彼女は実は少し前からリーザロッテのことを遠くから観察していた。
リーザロッテの傍にいるのはキャロラインがこれまで見たことのない御令嬢の姿。
傍から見ていてリーザロッテとそれなりの仲なのだろう。
しかし、その立ち居振る舞いはどう見ても貴族の令嬢のものではなかった。
キャロラインはそれをリーザロッテの隙としてそろそろ王子が来るであろう時間に合わせて牽制を仕掛けてきたのだ。
「初めまして、ジーナと申します」
ジーナはそう言ってぎこちなく頭を下げた。
王城に潜入するということで彼女は辺境伯家で最低限度のマナーを習ったとはいえ、やはり付け焼刃。
その表情は固くぎこちなさは隠しようがなかった。
「貴女、家名はございませんの? まさか、平民、ということはありませんわよね?」
キャロラインの目がギラりと光る。
彼女の侯爵家は貴族と平民との区別といった身分の差を重視する派閥の重鎮だ
そんな考え方一つとっただけでもリーザロッテたちとは大きな違いがあった。
「ジーナ・ワインズです。私は……」
「キャロライン様、ジーナ様はこの国の方ではございませんの。わたくしの家の遠縁にあたる外国の方ですわ」
リーザロッテはそう言ってジーナに助け舟を出した。
ジーナの名乗ったワインズという姓はジーナが令嬢として潜入する場合に備えて予めアドゥルから聞かされていたものだ。
聞かれることがなければそれでいいと言われてはいたがジーナも本当に聞かれるとは思っていなかった。
今回のパーティーはあくまでも王子の婚約者選びのためのパーティーで社交を第一にしたものではない。
そのため聞かれるとしても外国から来たと言えばそれ以上、追及されないと思っていたのだが……。
「あら、わたくしも外国であるとはいってもある程度の家格の方は存じ上げていますわ。ジーナ様、貴女はどちらの国のどういった地位の方なのかしら?」
「わた、わたしは……」
そこまで突っ込んで聞かれるとは思っていなかった。
明らかにジーナを狙ってきている。
素直に私はただの平民ですと言った方がいいのか。
ジーナは自問自答する。
しかし、そう言ってしまえばリーザロッテたち辺境伯家が何かと理由をつけて平民を王城に招き入れたという非難を受けることになりかねない。
この御令嬢に限らず、身分の差にうるさい貴族というものもそれなりの数がいたりする。
今回はリーザロッテの警護が目的であったとはいえ、それは辺境伯家の都合に過ぎない。
「さあ、ジーナ様? 貴方はいったいどこのどなたでいらっしゃいますの?」
「…………」
ジーナはぐっと唇を噛む。
ここまでかとジーナが腹を括ったとき、突然自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ジーナ、こんなところにおったのか、探したぞ」
「えっ?」
声のした方に顔を向けるとそこには白髪に白いひげを伸ばした見るからに老人の男の姿があった。




