14 撃退
※ 第三者視点
「そこまでだ」
突然ジーナの目の前に展開されたのは三重の魔法陣で構成された魔法障壁。
その魔力の壁が男の放った炎の大槍を受け止め雲散霧消させた。
「なっ……」
自信の一撃をなんなく弾かれ男は口を開き、あっけにとられる。
しかし、それでも男はそれなりの実力者だ。
直ぐに意識を切り替えてその妨害者へと視線を向ける。
コツコツと音を立てて誰もいない廊下をゆっくりと歩いてくるのはおそらくは30は過ぎているだろうローブを着た男。
見るからに冴えないおっさんだった。
「おじさん……」
「……何者だ」
男はアドゥルに誰何する。
見た目には騙されない。
それだけの経験がこの男にはあった。
「そこの娘の保護者だよ。うちの娘が世話になったな」
「人払いの結界を無効化したのもお前か?」
「さあな」
男がアドゥルを睨み付ける。
そんな視線などどこ吹く風といった飄々とした表情でアドゥルは右手を振った。
その刹那、アドゥルの元から複数の炎の矢が男に向かって乱れ飛ぶ。
「くうっ!」
男はとっさに魔法障壁を張って攻撃をしのぐ。
しかし、すべてを完全に防ぐことはできなかった。
「無詠唱、しかもこの威力……」
男はアドゥルを見て悟る。
「お前か、昨夜うちの連中をやってくれたのは……」
「何のことやら」
「とぼけるなっ!」
男は感情的に叫ぶと手に持った短剣をアドゥルに向ける。
「辺境伯邸に向かわせた俺の部下たちは誰一人として帰ってこなかった」
「そりゃおなかでもこわして家にでも帰ったんじゃないのか?」
「バカをいうな! お前いったい何をした?」
答えが返ってくるとは思っていない。
こうして問答をしている間に男はアドゥルの隙を探す。
男の目から見るアドゥルの姿は見るからに魔法使い。
それならば接近戦をと距離を詰める。
(速いっ!)
魔法と隠密技能を融合させた体捌き。
まだその域には達することはできないまでも目の前の男が自分よりも数段上の技術を持っていることだけはジーナにも理解できた。
しかし――
「まったくどいつもこいつも魔法使いだからってバカにし過ぎだろう」
「なっ……」
男の刃がアドゥルに届くことはなかった。
男が飛び込んだその先で男の目に映ったのは拳を握ったアドゥルの姿。
見た目は何の変哲もないおっさんのそれだけのもの。
しかし、渦巻く魔力で強化されたその拳は岩をも砕く。
一瞬遅れて男は自身の腹部にその拳が突き刺さっていることに気付いた。
「ごぼおっ……」
「やっぱりカウンターは楽だな。俺みたいなおっさんには一番合ってる」
男が膝をつき荒く呼吸をするのをアドゥルは冷めた目で見下す。
「お前、いったい何者だ……」
こんな化け物が小娘の護衛だなんて聞いていなかった。
そんな男の脳裏に一つの可能性が浮上する。
しかし、そんなはずはないと男は自らその可能性を否定した。
どちらにしてもこの男はマズイ……。
実力のある者ほど見極めはシビアだ。
既に男はアドゥルとの戦いを諦めこの場から逃げる算段を立てようとしていた。
男がじりっと一歩後ろに後ずさる。
「おっと、逃がさないぜ」
アドゥルが指を弾く。
その刹那、目に見えない壁が男の周囲を取り囲み男はそれ以上動くことができない。
「なっ、いったい何をした!」
「なに、逃げ道を塞がせてもらっただけだ。お前をこのまま逃がすわけにはいかないからな」
「ははっ、残念だな。俺を捕らえても俺が何かをしゃべることはないぜ」
男も裏の世界で動く者。
いざというときの覚悟はできている。
それが今日になるとは思ってもいなかったが目の前の男がもしも自分の想像通りの人物であれば到底逃げることはできないことを既に悟っていた。
「いや、お前から何かを聞こうだなんて思っちゃいないさ。ただな、俺を知っている人間は少ない方がいいからな」
男が「やはり」と口にしようとした瞬間、男の目の前で炎が弾けた。
その爆発は男の周囲に展開していた目に見えない壁の内側だけで起こる。
そして見えない壁がなくなりその爆発によって起こった灰色の煙が晴れた後にはその場所には何も残っていなかった。




