当たり前のこと
「……で、なんだかんだありつつも、俺たちは昼飯を食べに来たわけだが」
「モグモグ、モグモグ」
席に着いて早々に、花梨は食事に夢中になっていた。
よほど腹が減っていたのかあるいは映画の恐怖から目を逸らそうとしているのかは知らないが、まぁどっちでもいいだろう。
俺はというと、そこまで腹がすいているわけでもなかったので、花梨みたくがっつくつもりもない。
とりあえずセットで頼んだコーヒーでも飲もうかと、カップのフタをクイッと持ち上げ、そのまま口をつけて流し込む。
少しづつ口内にカフェイン特有の苦味が広がる感触が、俺は嫌いじゃなかった。
「……うん、普通だな」
とはいえ、別に美味いってわけでもない。
一口飲み終えた感想はTHE・普通。まぁこんなもんだろうっていう、舌に慣れた、予想通りの味だ。
いかにもなインスタントの味と匂いに、少しばかりの安っぽさを感じるものの、ケチをつけるつもりもない。
わかっていることに文句をつけるとしたら、それはただのクレーマーでしかないだろう。変に水を差す気は毛頭なかった。
「ふぅ…」
一息ついて、もう一度コーヒーカップに口をつけつつ軽く辺りを見回すと。周りの席に座っているのは俺たちと同年代くらいの高校生から中学生が多かった。
大抵スマホをいじっていたり、あるいは話し込んでいる姿が見受けられるが、ハッキリと言えることはここは落ち着いて食事を取る場所ではないってことだろうか。
「……ほんとにここで良かったのか?」
もう食べているから今更聞くのもあれかもだけど。
ここが花梨の望むデートのルートに入っていたのか、少し疑問に思ったのだ。
「んきゅ…うん、ふぁいふょうふだひょ」
「あ、こら。食べながら喋るのはやめなさい」
俺の質問に花梨は答えるが、口の中にハンバーガーを頬張ったままなので聞き取りづらいうえに、はしたない。
「まったく…ほら、口にケチャップついてるぞ」
「え、ふぉんふぉ?」
「待て、動くな。今とってやるから」
俺はセットに同封されたおしぼりの袋を破くと、花梨の頬についた赤いケチャップを軽く拭った。
(いつまでも子供だな、こいつは…)
ついそんなことを思ってしまったのは、花梨が素直に頬を差し出してきたからだろうか。
今俺と花梨がいるのは、ビル内にあるハンバーガーチェーンのテナントである。
映画館のあるフロアを降りて、一階にあるレストランエリアには、他にもいくつかのテナントがあったが、その中でここを選んだのは花梨だった。
俺としては一度ビルを出てからアーケードを軽く散策するのもありかと思っていただけに、この即決は予想外だ。
奢ると言ったし、少しばかり高い店になる可能性も考えていたので、財布にありがたいことは確かだったが…
「ん…ごくっ、ありがとう、トウマちゃん」
「はいはい、どういたしまして」
飲み込んだ花梨がいつも通りの笑顔を向けてくるが、それは華麗にスルー。
本題はそっちじゃないからな。先に聞きたいことを聞くことにした。
「それでさっきも聞いたけど、ほんとにここでよかったのか?ハンバーガーとか、学校帰りでもしょっちょう食いに来てるだろ」
「まぁ、それはそうなんだけど…」
ん?なんだ。歯切れが悪いな。
「もしかして、俺に遠慮してるのか?別にちょっとくらい高いところでも良かったんだが…」
「ち、ちがくて…そうじゃないっていうか…」
花梨の態度がどうにも煮え切らない。
言いたくないことがあるかのようだ。
「こ、怖くて…」
「へ?」
怖い?なに言ってんだ?
「さ、最初はレストランかスイーツのお店行きたかったんだけど…映画観たら、静かなところに行きたくなくなったっていうか…賑わってるところじゃないと、その…」
「……ああ。そゆこと」
なるほど。どうやら未だ映画の恐怖は抜けきっていないらしい。
「やっぱ映画のチョイス完全に失敗じゃねーか。変な計画立てないほうが良かったな」
「ううう、言わないでよぉ。後悔してるんだよぉ」
思わず呆れかえるも、花梨は縮こまってちびちびとハンバーガーにパクつくばかり。
下手な奸計は身を滅ぼすってやつだな。即跳ね返ってくるあたりが、らしいっちゃらしいが。
「次は先に相談しろよ。俺も調べたりしてやるからさ」
「……また観てくれるの?」
「?当然だろ」
なに当たり前のこと言ってんだか。
断る理由も特にない。
「……そっか。えへへ。そっか」
だっていうのに、花梨は何故か嬉しそうに笑っていた。




