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星座はまだ描けない①

「なんというか……ついにここまで来たな」

「そうですね、ツバサさん!」


 冒険者達で活気づく酒場の角で、ツバサとマリーは木で出来たジョッキを合わせる。そして飲む。飲み干す。細かいことは抜きにしたって、飲み干さねばならぬ理由があった。


「なんの成果も得られずにな……!」


 やけ酒である。ここ、ノーザンピークは読んで字のごとく大陸の北の外れにある小さな町である。それでもここが賑わっている理由は、海峡一つ挟んで魔界に繋がっているためである。今日も腕試し賞金稼ぎの冒険者達が、人類最後の砦で英気を養っている。


「まぁ、宇宙に興味を持ってもらうなんて無理があるんですよ。わたしも未だによくわかりませんし」


 リーエルの屋敷を後にしてから、彼らは行く町々でスポンサーや仲間探しに尽力したものの、色よい返事は何一つ得られなかった。宇宙に生きたいので金をくれと言った所で、首を横に振るどころか傾げるのが関の山だ。


「えぇ……こんだけ一緒に旅をしておいてか」

「だって見たことないですもん、宇宙」

「それはそうだけどさ」


 ツバサはつまみのソーセージをフォークで刺しながら、ため息混じりにそう答える。


「いい方法無いんですか? こう、わたしみたいな人でも宇宙の魅力がわかるようないい方法」

「あれば良いんだけどさ……」


 頭を悩ませるツバサだったが、そんな思考回路は直ぐに打ち切られる事となる。


「ここ……空いてるかい?」

「ええ、どうぞ」


 ツバサとマリーが座っている席の隣に、二人の女声が腰をかける。ちょうど四人がけだった席が、過不足なく埋められた。一人はいかにも冒険者と言わんばかりの、鼻の頭に大きなキズがある女性だった。服の上からでも解る鍛えられた筋肉は、くぐってきた修羅場の数を物語っている。座高にしてちょうどツバサと同じ程度なので、女性にしては大柄に分類される背丈だ。


 もう一人は、マリーよりも小柄なこじんまりとした女性だった。腰まで伸びた黒い髪は艶っぽいが、子供という印象が抜けはしない。二人の女性は、どこか好対照だった。方や動きやすい服に、方や手首手足が隠れる長いローブ。


「えーっと……すいませーん! ここで一番強い酒と、ミルク一つ。あとアテになるもの適当に!」

 

 大柄の方がウェイトレスが大声で店員を呼びつけ、適当な注文をさっさと済ませる。

 

 頼むものもそうだった。なるほどこの小さいのがミルクで大柄なのが酒なんだなとソーセージに粒マスタードを塗りつけながらツバサは一人納得する。マリーの方に目をやれば、うなずいている当たり同じような印象なのだろう。


「それにしたってさぁ……うちの大将にも困ったもんよね」

「そうですね……ここまで来たっていうのに、口にするのはあの人のことばかり。もう少し素直になってくれれば、我々もやりやすいんですが」

 

 マリーの乙女的な部分が彼女の耳の穴を無理やりに拡張させる。いつだって恋の悩みは、女性の酒の肴なのだ。


「ウチらも会ったことあるけどさぁ……覚えてる?」

「超ボンヤリとですけどね。その時の記録は覚えていますが、正直聞かれるまで忘れていました」

「だよねぇ、ウチも忘れてたもん」


 ため息を付く大柄な女性の前に、ミルクとツバサの鼻にも届くほどアルコール臭い酒を持ったウェイトレスがやってきた。そしてツバサの予想通り、強い酒を大柄な女性の前にミルクを子供の前に置いて。


「あ、逆です」

「逆かよ!」


 思わず叫んでしまったツバサ。するとさっきまで背景だったはずの彼に視線が集まってしまった。


「あ……いや、ごめんなさい」


 ツバサは思わず謝罪する。だがその言葉を聞いて大柄な女性は思い切り笑ってくれた。


「いや、いいのいいの。ウチら間違えられるのは慣れてるからさ……変な目で見られるより声に出してくれたほうがよっぽど良いよ」

「そうですね、全くこんなレディーがお酒を嗜むことが不思議だとは市井の人たちは変わっています」


 そう言って女性二人は各々のの飲み物に口をつける。内心で胸をなでおろしたツバサだったが、マリーは酔いが回っていたせいか少しだけ饒舌になっていた。


「お二人も魔界に行くんですか?」

「おうよ! これから魔族の連中をギャフンと言わせてやるのがウチらの使命って訳よ」

「今どきギャフンはいですよ、フェイさん」

「あぁっ!?」

「まぁまぁお二人とも……せっかくだし、乾杯とかしません? しません?」


 すっかり女性陣のペースだなと感じたツバサは、義務的に杯を合わせてからそそくさとトイレに退散することにした。どこかのDT様のように女性が苦手な訳では無かったが、高い女性比率に順応出来るほどでも無かった。


「いやぁ、少し凄いですねぇ……女性二人で魔界に挑もうだなんて」

「ん? いやいやウチらはね、三人組よ女性三人組。武器屋に剣の研ぎ頼んでから来るって言うからもう少ししたらかな?」

「あ、もしかしてさっきのお話の大将ってのも女性なんですか?」

「そうですね……良い耳をお持ちのようで。全く困ったちゃんなんですよ本当、いつまで初恋引き摺れば気が済むのだか。あ、すいませんおかわり下さい」

「えぇっ! 大将さんって初恋忘れられないんですか!?」


 思わず両手を握りしめ、満面の笑みで聞き返すマリー。


「まぁそこが良いところではあるんですけどね……でもそろそろ私達もうんざりしてきた所です」

「いやぁ……愛ですねぇ」

「本当本当。うちの大将は口を開けば本当に」


 そして女性二人は笑い合う。耳にタコなんて慣用句がちょうどいいぐらい聞き飽きたいのだろう。各々が思う大将の口調を真似て。


「「ツバサツバサツバサツバサって」」


 二人は笑う。マリーも笑う。みんな仲良し幸せな世界。


「いやー悪い悪い、トイレが結構混んでてさ」


 そして戻る張本人。マリーが誰よりも幸せそうな笑顔で迎えていたが、ツバサは酒のせいで気にはしない。


「いやーごめんごめん、武器屋がこう混んでてさ」


 そして遅れてくる大将。固まるツバサの表情、険しくなる大将の表情、ニヤニヤという擬音付きで笑い始める三人。


「あああああああっ!? お、お、お前はあっ!」


 叫ぶ女勇者ことマキナ。唇を噛みしめるツバサ。一瞬で状況を理解し、さらにニヤニヤし始める三人。


「ここで会ったが百年目だツバサ・ヴィーゼル! 今日こそ……今日こそ僕のなか」

「まぁまぁぁまぁ大将大将、とりあえず座ろうじゃないのマキナ」

「ですですですマキナちゃん。それにここは酒場です紳士淑女の社交場です。喧嘩が花は昔の話、とりあえずこうぐいっ、ぐいっと如何ですか?」


 今にも持っていないはずの剣で切りつけそうなマキナを抑える仲間二人。


「いやーこうなんていうんですかねこういうの……よくあるじゃないですか、運命、的な? あ、すいません店員さんこちらの乙女に何かおしゃれなカクテル一つ!」


 髪をかきあげながら火に油を注ぐマリー。そのまま爆発してくれとツバサは願うも届くことはない。マキナはツバサを全力でにらみながら、適当に持ってきた椅子に腰をかける。


 ――帰って寝たい。ツバサの本心は酒場の雑踏にかき消されて。


「えー……それではお二人の再会? 再会で良いんですかぁっ?」

「言うなれば……運命的な、ですね」

「あと情熱的なだね」


 どうしてこの女三人は笑っているのだろうかとツバサは不思議でならなかった。それでも揃った杯は、もはや乾かす以外の道理はなく。


「それでは! 運命的で情熱的な再会を祝して……乾杯!」


 ツバサ・ヴィーゼルにとって長過ぎる夜が、杯の触れ合う音で開幕した。

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