六十八 王生国天山・三廻部亜矢 深き淵より
目覚めると闇があった。
生きとし生けるものが生まれ出ずるのを待つ場所のような。あるいは死したる者が横たわり朽ちていく場所のような。一条の光すらも差し込むことのない深淵を思わせる、全き暗闇がそこにあった。
なぜこんな暗いところで寝ているのだろう。日ごろは夜中に目覚めても、寝床近くにある有明行灯の明かりで室内の様子を見ることができる。とすると、ここは御殿の奥寝間ではないのだろうか。しかし別の場所で就寝した記憶はない。いや、そもそも床に就いた覚えがない。
寝る前に自分が何をしていたか、それすらもいっさい思い出せなかった。こんなことは初めてで、少し不安になってくる。
そうだ、誰か呼ぼう。侍女でも何でもいい。行灯に油を足すのを怠って、部屋をこんなに暗くした文句を言ってやろう。懲らしめに軽く打ってやってもいい。
「誰か明かりを持て」
たしかにそう言ったはずだが、聞こえたのは首を絞められた者が発するような苦しげな音だけだ。もう一度言おうとして大きく息を吸うと、今度は激しい咳の発作に見舞われた。咳き込むたびに、喉の奥が裂けたかのように痛む。口の中は乾ききっており、歯茎も舌も干からびているように感じられた。
「みず……」掠れ声をどうにか絞り出す。「水だ、早くしろ!」
しかし、その下知に応える声はなかった。大急ぎで命令に従おうとする奉公人の足音も聞こえない。これまでは常に傍に誰かが控えていて、何を要求してもすぐに叶えられるのが当たり前だった。これほどの無関心にさらされたことはないし、こんな不敬を許しておくことなどできはしない。
「水だと言っているだろう、何をぐずぐずしている! 今すぐ持って来なければ痛い目に遭わせるぞ」
わめいているうちにまた咳が出て、自分が痛い目を見ることになった。喉も、舌の付け根も、やすりをかけられたようにヒリヒリしている。声を出したせいで口の渇きがいっそうひどくなり、それ以上何か言おうという気が失せてしまった。
もういい。自分で水を汲みに行く。いや待て、いつもは枕上に塗りの丸盆に載せた水差しと湯飲みが用意されている。今もあるはずだし、それを飲めばいいのだ。どうして忘れていたのか。なぜこんなに頭がぼんやりしているのだろう。
起き上がろうとしたところへ、闇の中から狙い澄ました一撃が飛んできた。見えないのだから避けようもない。
額を痛打され、鈍い音がして目から火が出た。
なすすべもなく仰向けに倒れ込み、そのまましばらく呆然となる。
誰かが殴った……。誰が、どうやって。わたしは何も見えないのに、向こうからはわたしが見えるのか。
自分以外の誰かが室内にいるなどとは思ってもみなかった。不快さを感じると同時に、にわかに不安になってくる。
殴られた箇所を中心に頭全体がズキズキと痛み、口の中には金気臭い味がした。後頭部が床にぶつかった衝撃で舌を噛んだらしい。ひどく痛かったが、その痛みで頭の中の霧が少し晴れたようだ。これまで用を為していなかった嗅覚や触覚などが徐々に戻り、自分の現状がようやくわかってくる。
わたしは裸だ——まず気づいたのはそれだった。下帯ひとつ身につけておらず、肌が床に直接触れている。ふだんは結っている髪も解かれているようだ。
かすかに木のにおいがしている気がするが、よくわからなかった。どうも鼻が詰まっているらしい。少なくとも片方の鼻穴は確実に塞がっており、息をするのが困難だった。それで眠っているあいだ、知らずに口で呼吸をしていたのだろう。口内が乾ききっているのはきっとそのせいだ。
鼻の詰まりを取ろうと右手で顔を触ると、先ほどの一撃にもまさる激痛に襲われた。思わず身がすくみ、一瞬息が止まる。
あまりに驚いたので、もう一度触れてみる勇気はなかなか出なかった。それでも確認しないわけにはいかない。意を決し、充分に心構えをして、今度は外側から顔の中心に向かって指の腹でそっとなでてみる。
顔は変だった。自分の知っている形ではなくなっている。左の頬骨のあたりが大きく膨らみ、鼻は明らかに右向きに曲がっていた。顔全体が火照っていて、皮膚はわずかな刺激にもチクチクと痛む。
怪我をしているのは間違いなく、それを理解するとますます心細くなってきた。自分には治療と看護が必要だ。なのにこんな、どことも知れぬ闇の中にいて、しかも悪意を持って攻撃してくる何者かが近くで見張っている。
叫んでも誰も来なかったのだから、助けを期待することはできない。何とか自分でこの状況から脱け出さなければ。
しかし敵はどこにいるのだろう。気配がまるで感じられない。起き上がろうとして即座に殴られたのだから、同じことはしないほうがいいに決まっている。では横に転がって、敵の手の届かないところまで逃れ、それから素早く立ち上がるのはどうだろう。
よし、やるぞ。
勢いをつけて右に転がろうとすると、一回転もしないうちに何かにぶつかった。すぐそばに壁がある。ならば反対側だ。しかし左に転がっても同じだった。左右を壁に囲まれている。
そこでふと気づき、おそるおそる手を上げてみると、肘を伸ばしきる前に指先が何かに触れた。天井がある。殴られたと思ったのは勘違いで、これに額をぶつけたのに違いない。さらに手を頭の上のほうに伸ばすと、やはりそこにも壁が感じられた。足指を伸ばせば、それも壁に突き当たる。
ここは部屋じゃない——そう悟ると同時にどっと冷や汗が出て、五体が激しく震えだした。
箱だ。わたしは箱に入れられている。
体の幅より少しだけ大きい、蓋のある箱に。
「棺……」
つぶやいた瞬間、それは否定しようもない事実となった。
わたしは死んだ。死んで棺に入れられ、埋められた。なのに土の下で甦ってしまった。もしここから出られなければ次こそほんとうに死んで、まだ生きていたと誰にも知られず腐り果てていくことになる。
そんな。そんなのは。
「いやだ——誰か、誰か!」
半狂乱になって見えない天井を殴りつけながら、三廻部亜矢は闇の底でどこにも届くはずのない声を張り上げた。
時が流れたが、何も変化はない。身を包む闇は今なお深く、よそよそしいほどの静けさに満ちている。
亜矢は棺から出ようとして力の限り暴れた。天井と壁を叩き、殴り、引っ掻き、蹴りつけた。両手足を突っ張って、なんとか蓋を押し上げようともした。しかし木製らしきそれを破壊することはできず、自分自身の肉体が徒に傷ついただけだった。
疲れ果てて暴れるのをやめ、爪の割れた指をなめながら泣きべそをかいているうちに、いつしか眠ってしまったようだ。そのままずっと眠っていられれば、どれほどよかっただろうか。しかし不本意にも目が覚めてしまった。
何の夢を見ていたかは思い出せないが、夢の中には光があふれていたように思う。その輝きと温かさが恋しかった。息が詰まるようなこの闇には、もううんざりだ。
さらに最悪なことに、喉の渇きはますますひどくなっている。頭の痛みも増し、拍動が耳の中で鳴り響くように感じられた。胸はむかむかするし、暴れた時にかいた汗が冷えたせいで肌寒い。
おまけに、もうひとつ退っ引きならないことが起きていた。深刻で、腹立たしくて、屈辱的なこと。どんなに意識を逸らそうとしても、絶えず体が欲求を訴えてくるので頭がそのことから離れてくれない。
手水に行きたい。もう寸刻も我慢できない。
眠りから覚めた時点で、すでに亜矢の膀胱は満杯になっていた。睡眠中に漏らしてしまわなかったのは、幼児期の排泄訓練の賜だろう。亜矢は躾の悪い娘だと誰からも思われているが、少なくとも二歳で寝小便を卒業してから十八歳の今日まで、手水以外で用を足したことはない。
だからどれほど苦しくとも、誰も見ていなくとも、この場所で漏らすなど考えるのも厭だった。これは尊厳にかかわる問題だ。
「誰か」
応じる声はないとわかっていても、呼ばずにはいられなかった。
「わたしをここから出せ」
弱々しい要請に対して返ってきたのは、冷たい沈黙だけだった。
声を出したせいで、下腹部からの欲求がますます強くなった気がする。亜矢は下肢を絡ませると、膝を閉じて内腿に力を入れた。唇を噛み締めながら息も殺す。そして、何かほかのことを考えようとした。
この墓の近くを通る誰かの注意を引く方法。棺を開けて土の下から這い出る方法。割れそうな頭の痛みを止める方法。飲み水を手に入れる方法。
馬鹿。水のことなんか考えるな。
自分を罵ったが、もう遅い。〝水〟という言葉が頭に浮かんだ瞬間から、今にもあふれそうな水を湛えた桶がまざまざと見えて、どうしても消えてくれなくなってしまった。その水面に一滴、また一滴と雫が落ち、小波が立つさままではっきりと見える。
跳ねる水の、ちゃぷちゃぷという音も聞こえる。
もう駄目……。
亜矢は戦いに敗れ、両手で耳を覆いながら長々と放尿した。そして自分の生温い小水に裸の尻を浸しながら、たまらないみじめさに打ちひしがれてすすり泣いた。
眠りは救いだった。とろとろと浅く眠っては目覚めるたびに、次こそもう目覚めないようにと祈った。
死にたいわけではない。なぜこんな——最低最悪の糞を掴まされたような——状況に陥っているのか、その理由も知らないままで死ぬのは厭だ。でも埋葬される前のことは何も思い出せないし、生きていたいと願ったところで、このままでいればどうせ遠からず死ぬことになるだろう。
ならば眠ったまま、せめて苦しみを感じずに逝きたい。
そうして半ばあきらめ、睡眠と気絶の中間を彷徨っていたので、どこからか聞こえてきた物音に気づくのが遅れた。
あれは何の音だろう。金属的な——。
そう思った時には、すでに棺の蓋が開かれようとしていた。
隙間から光が差し込み、闇に慣れた目を痛烈に射る。亜矢は痛みに耐えかね、力なく呻いて両腕を顔の前にかざした。外から入り込んでくる空気は冷たく、みるみる肌が粟立っていく。
瞼を細く開くと、ぼやけた視界に人影がふたつ見えた。手前の人影は棺の蓋を片手で押さえて立っている。明かりは奥側の人影が持っていた。手燭か何かだろう。
救いが来たのか。それともこれは夢?
亜矢は半信半疑で、ゆっくりと体を起こした。だいぶ眩しさが和らぎ、少しずつ周りが見えるようになってきている。そこでようやく、自分が閉じ込められていたのは棺ではなく、蝶番のついた片開きの大きな箱だということがわかった。恐ろしいほど分厚い木材を組継ぎして、堅牢に造ってあるようだ。
箱があるのは八畳間ほどの広さの部屋の中で、周りの壁も床もすべて石造りのように見えた。窓はひとつもなく、箱以外の調度も置かれていない。
ここはいったいどこだろう。このふたりは誰だろう。わたしはほんとうに救い出されたのか。
小さく身震いして、亜矢は眼前に立つ人物を見上げた。光源を背負っているため顔が影になっている。それをよく見ようと目を凝らし、相手が自分の取り巻きのひとりである杵築正毅だと気づいた瞬間、すべての記憶が怒濤のごとく蘇った。
人けの絶えた夜の曲輪道。
雑木林から現れた見知らぬ一団。
あまりにも突然だった黒葛貴昌の死。
石動元博に連れ込まれた祭堂の小屋。
そこへ踏み込んできた——あれはたしか、祖父の桔流和智に仕えている男だ。
そいつのあとから正毅が来て、わたしの腕を乱暴に掴み、抗おうとすると殴りつけてきた。物も言わずに顔面に三発。
記憶はそこで途切れている。つまり意識を失わせてここへ連れ込み、今まで閉じ込めていたのはこの男だったのだ。
なにもかも思い出すと、怖さではなく怒りを感じた。
「正毅ッ!」
亜矢は出せる限りの大声で呼ばわり、ぐらつきながらも何とか立ち上がった。男の前で裸体をさらしているが、完全に頭に血が上っていてそんなことは気にもならない。
「きさま、いったいどういうつもりでわたしにこんな真似を——」
語気鋭く迫っていく彼女を、正毅は無表情に見据えたまま片手で突き飛ばした。
予想外の攻撃に足がもつれ、衰弱した体は平衡を保てない。
あっと思った時には亜矢はもう箱の中に倒れ込んでおり、再び起き上がる前に重い音を立てて蓋が閉じられた。
失敗した。
亜矢は暗闇に横たわり、いら立ちを感じながらそのことを何度も考えた。
箱から出られた千載一遇の好機を、怒りに任せて無駄にするなどどうかしている。正毅を怒鳴りつける前に、一目散に逃げればよかった。箱から飛び出て、明かりを持っていたやつに体当たりを食らわせて、彼らが動揺する隙を突いて出口を目指すべきだったのだ。
少し落ち着くと、今度は先ほど思い出したことで頭がいっぱいになった。
暗い夜道。思いがけない襲撃。目の前で射殺された黒葛貴昌が、その直前にどんな表情をしていたかを覚えている。彼はわたしを友達だと言った。「あなたには幸せになっていただきたいのです」と。「天山にあなたの幸せはない」とも。
彼の言う通りかもしれない。報われることのない思いを抱えたまま天山にいるより、父上の命令におとなしく従って南部へ行き、黒葛家に嫁げばよかった。わたしが意固地になって直談判しに行ったりしなければ——南部衆をあの場所に足止めしなければ、貴昌は今もまだ生きていただろうか。
石動元博は初め、わたしが貴昌の暗殺を仕組んだと疑っていたが、そう思われても仕方がない。彼はあの時、天山で恐ろしいことが起きていると話していた。あれは何だったのだろう。わたしも巻き込まれている、今のうちに食い止めなければならないとも言っていた。きっと重要なことだったに違いない。もっと詳しく聞いておくのだった。
正毅がわたしを拉致したあと、祖父の家来と小屋に残った元博はどうなったのだろう。危険な目に遭っていないだろうか。
無事でいて欲しい。彼の身が案じられてならない。
自然に浮かんできた思いがあまりに純粋だったので、気恥ずかしさのあまり顔が熱くなった。だが自分の姿すらも見えない闇の中なら、強がることなく本心をさらけ出していいのかもしれない。
昔から石動元博が好きだった。出会いの時に見せた自分の態度はひどいもので、その後も顔を合わせるたびに嫌われるようなことばかりしてしまったが、内心ではずっと彼に好かれたかったし構われたいと思っていた。
元博は亜矢が憧れずにはいられないものをたくさん持っている。自然と他者を和ませる愛嬌と朗らかさ。思いやりに満ちた振る舞い。その善良な心根を映すかのような明るい目と、優しい笑みを湛えた口元。それらを思い出すだけで切ない痛みが胸を走り抜けた。
彼に美緒という許婚がいることは知っている。三廻部家支族の白須家の娘で、亜矢の妹沙弥姫に仕える侍女のひとり。人目を引く美人というわけではないが、森の端にひっそりと咲く花のような慎ましさと可憐さのある女だ。誰も気づかなくても、元博ならきっと見落とさないだろうと思えるような。
ふたりは似合いの一対であり、美緒の伯母の白須志摩と親友同士である母真名もそう言って婚約成立を喜んでいた。悔しく悲しかったのは、きっと自分だけだ。
元博を美緒から奪ってしまえたら。そう考えたことがなかったと言えば嘘になる。だが縁組を壊すことができたとしても、元博の心をこちらに向けさせることはできないとわかっていた。彼から好意を持たれるような部分が自分には何もない。母からも、きょうだいからも、三廻部家に仕える武将からも、御殿で働く奉公人からも嫌われている。唯一、愛情を傾けてくれるのは父大皇三廻部勝元だけ。その父にしたところで、子供たちの中でいちばん自分に似ているという理由で可愛がっているに過ぎず、人柄や才能を認めて愛してくれているわけではない。
それでも、わたしがいなくなったことに気づけば、父は必死に捜す。城じゅうをひっくり返し、天山の隅々まで念入りに捜索させるに違いない。ここがどこかはわからないが、まさか天山の外へは出ていないはずだ。おそらくは杵築家の屋敷の敷地内だろう。
それに、そうだ、わたしが正毅にさらわれたことは元博が知っているのだった。だから、いつかきっと助けは来る。だが果たして、それを待っていられるだろうか。すでに今もうこんなに弱り、傷つき、絶え間ない頭痛と渇きに苦しめられているのに。
亜矢は狭い箱の中で、少しでも居心地をよくしようと頻繁に姿勢を変えながら、次に蓋が開かれた時に取るべき行動を熟考した。
まずは出口がどこにあるかを見極める。次に箱から素早く出て、敵の手にある明かりを叩き落とす。自分も見えなくなるが、正毅の意表を突くことで脱出の成功率は上がるはずだ。
彼がもう来ないのでは——というかすかな不安はあるが、一度様子を見に来たのだから二度目もあると信じよう。そして、次こそはうまく立ち回ってみせる。
何ひとつ、考えていたようにはいかなかった。
たしかに正毅は再びやって来たが、それは亜矢が想像していたよりもずっと時が経ってからで、そのころには彼女は浜に打ち上げられた魚よりも弱り切っていた。
体は熱を帯びていて四肢に力が入らない。頭の痛みは万力で締め付けられているかのよう。唇はひび割れて、もう唾液すらも出てこない。横になっているのにずっとめまいがしている。
それでも鍵の音がして蓋が開いた時、亜矢は必死に体を起こし、かすむ目でその場の様子を見定めようとした。
右手奥に扉らしきものが見える。あれが出口に違いない。今回も正毅は明かりを持つ者を伴っており、それが女であることが初めてわかった。侍女のような身形の小柄で華奢な娘だ。あれに肩からぶつかれば、容易に転倒させることができるだろう。
よし。目に物見せてやる。
亜矢は力を総動員して立ち上がり、電光石火の早技で箱から飛び出した。
自分ではそうしたつもりだった。
しかし実際は箱の側板を跨ごうとしてもたつき、どうにか片足が乗り越えたところで、音もなく近寄ってきた正毅に拳を腹に叩き込まれた。まったく情け容赦のない強打で、とても立ってはいられない。亜矢は右足だけ外に出したまま箱の中に尻餅をつき、どぎまぎしながら見上げた顔に追加の鉄拳を食らって昏倒した。
意識が戻った時にはもう蓋は閉められており、ただ見慣れた闇があるだけだった。
三度目に鍵を外す音がした時、亜矢は逃げだそうという気概をほとんど失いかけていた。いま、ただひとつ望むのは水を飲むこと。ほんのわずかな水滴をなめるだけでもいい。それを得られるなら、正毅の前に跪くことも辞さない覚悟だった。
思えば彼はこれまで、ひと言も発していない。ともかく何か言わせて、そこからうまく交渉に持ち込むことにしよう。虜の身にされた怒りも不満もひとまず腹に収め、まずは相手の考えを聞く。それから自分の要求を伝える。最初は些細なこと——水が欲しいということだけ。
蓋が開かれると、亜矢はゆっくり上体を起こして膝を抱えた。こうすれば体をじろじろ見られずにすむし、立って逃げたりしないという意思表示にもなるはずだ。
「正毅」努めて静かに語りかける。「おまえがどうしたいのか聞かせてくれ。そして、もしわたしを殺す気がないなら水を——」
飲ませてくれないかと続けるつもりだったが、その前に正毅が無言のまま蓋を閉じ始めた。
「ちょっと待……」
予想外の展開で焦る頭上に、重い蓋が降ってこようとしている。脳天に手痛い一撃を受けたくなければ体を倒すしかない。
亜矢は急いで横になり、バタンと音を立てて蓋が閉められた。
四度目は交渉などという小賢しいことは考えず、ただ懇願することにした。体はもう限界に近く、すぐにも水をもらわなければ、次には起き上がることすら困難になるだろう。
蓋が開かれると、亜矢は急いで言った。
「頼む、正毅。どうかわたしに水を——」
バタン。
五度目はもっとへりくだると決めた。
横になったままで丁寧に頼もう。それがいい。
「正毅どの、お願いしま……」
バタン。
空しい試みを幾度も繰り返したあとで、亜矢は正毅がやっている〝遊び〟の決まりごとをついに理解した。
勝手に動かない。
自分からは話しかけない。
許可なく彼の顔や周囲を見ない。
何度目かに正毅がやって来た時、亜矢は蓋が開いても死体のように横たわったまま身じろぎもしなかった。明かりの眩しさから目を守るために手をかざしたりもしない。口を閉じ、視線を自分の胸のあたりに向けて、次に起こることをじっと待ち受ける。
少しのあいだ正毅は彼女を冷たく睥睨していたが、やがて箱の横側に歩いてくると、手真似で起き上がるよう促した。従順に体を起こし、そうしたことでひどいめまいを感じながらも、亜矢は座った姿勢を保ち続けた。そんな彼女の鼻先に、正毅が何かを突き出す。
手のひらに収まるほどの小さな器。中には水が満たされ、明かりを反射してきらめいている。
亜矢は思わず飛びつきそうになるのを必死に堪えた。よく訓練された犬のように、主人から「よし」と言われるまで微動だにしない。それは六度目か七度目の来訪の際に教え込まれたことだった。勝手に動いた罰として、ついに飲めると思った水を残酷にも床に捨てられることによって。
正毅はしばらく焦らしたあと、亜矢の乾いた唇に器を宛てがい、ゆっくりと水を流し込んだ。
たったこれだけなのか。ぜんぜん足りない。もっと欲しい。もっと。もっと。
あまりに少ないが、あまりに美味なその水をむさぼるように飲みながら、亜矢は閉じた両目から滂沱の涙を迸らせた。
杵築正毅は調教師だった。とても腕が良く、冷酷で辛抱強い。
彼は何ごとも呑み込みの悪い亜矢を、ゆっくり時間をかけて思い通りに仕込んでいった。鉄の手枷をつけ、裸のままで暗い部屋に閉じ込めて、少しでも意に染まぬことをすればいっさいの手加減なく殴る蹴るの暴行を加える。与えるのは最小限の食物と水のみ。
亜矢は歯を三本失い、顔と左手の指二本と右足の甲を骨折し、全身を痣と傷だらけにされたが、最後には正毅の教えを完全に習得した。彼に命じられたら、何であれ即座に従うということを。
救い出されると信じていたのは最初のうちだけで、すぐに希望はしぼんで消えた。助けが来るなら、もうとっくに来ていると気づいたからだ。元博は今どこにいるにしろ、彼女の窮状には興味がないのだろう。あるいはどこにもいないのか。そう思った時、亜矢は声を上げて泣いた。元博を呼び、父を呼び、母を呼び、かつて護衛役だった月下部知恒を呼んだ。しかし彼らが現れることはなく、見捨てられたという思いがいっそう強まっただけだった。
脱走も早い段階であきらめた。ある時、正毅が去る際に一瞬だけあの扉の向こうを垣間見たが、そこには部屋の壁と同じ石造りの上り階段があった。おそらくここは地下なのだろう。錠の下りた扉を何とか突破できたとしても、階段を上った先にはもうひとつの扉があり、そこで行き詰まるに違いない。逃げるのに失敗したあと、扉を開けようとした形跡を見つけられれば、恐ろしい罰を与えられるに決まっている。
そのころにはもう、逃げたい気持ちよりも恐怖心がまさるようになっていた。
当初は「なぜこんな目に遭うのか」「あの男の目的は何だ」とあれこれ思案をめぐらせもしていたが、いつごろからか何も考えなくなり、唯一気になるのは正毅が次にいつ来てくれるかということだけになった。
彼は定期的に顔を出すわけではない。気まぐれに来たり来なかったりで、時には数日間も飢え渇いたまま放置されることもある。だから亜矢は与えられた食物や水を節約することを覚えた。わずかな食べ物を一度にすべて食べてしまわず、空腹できりきり痛む胃袋をなだめながら一部を大事に取っておく。水は特に重要なので、飲む量を慎重に調節して、なるべく長く保たせるように気をつけた。
正毅はここへ来る時、明かり持ちのあの侍女を必ず伴う。彼女は鉄の輪に通した大きな鍵も持っており、扉の施錠を任されているようだ。侍女が来ると、亜矢にはひとつだけいいことがあった。用を足すために置かれている木桶を空にしてもらえるのだ。むろん、それで牢内の汚臭が多少でもましになるわけではないが。
地下にいるあいだ、正毅は侍女と言葉を交わさない。もちろん亜矢も話さない。だから、ある日——あれはいつのことだったろう。昨日のようにも一年前にも思える——彼女が主人の目を盗み、立ち去る間際にこっそり何か手渡してきた時には心底驚いた。
ふたりが扉の向こうに消え、足音が完全に聞こえなくなってからも、亜矢はなかなか手の中のものを確認できなかった。これは罠かもしれない。きっと手を開いた瞬間に、扉から正毅が入ってくるだろう。そして「おい、何を持っているのだ」と詰問し、あの鉄のような拳でまた殴りつけるのだ。
想像しただけで怖くなって、彼女はそのまま長いあいだ身動きもできなかった。それでも半刻も経つとようやく気持ちが落ち着いてきて、ともかく何なのか調べてみようという気になった。
おそるおそる指を開き、掌に載ったそれに鼻を近づけてみる。自分の汗と垢のにおいに混じって、かすかに甘い香り。ころんと丸い形。少し弾力がある。
果実だ——。
悟った瞬間、口じゅうに唾液があふれた。
食べたい。その言葉で、たちまち頭の中が埋め尽くされる。食べたい食べたいこれを食べたい食べたい食べたい。
亜矢の食欲は恐怖に打ち勝つほど強かったが、果実に齧りつく勇気が出るまでにはまたかなりの時がかかった。身に刻み込まれた恐れは、そう簡単には乗り越えられない。
それでも終いには覚悟を決めた。これを食べたことを咎められて殺されるとしても、少なくとも腹に何か入った状態で死ぬことはできる。
大きく深呼吸をしてから、亜矢は果実にそっと歯を立てた。薄い皮がプツンと音を立てて弾け、果汁が流れて甘い香りがさらに強くなる。貴重な雫を受け止めた舌には、爽やかで甘酸っぱい味が感じられた。これはスモモだ。
夢中になって果肉を囓り、汁を啜り、硬い種は噛まずに呑み込み、最後に手についた果汁も残さずなめ取ってから、亜矢はあらためて愕然となった。
わたしが囚われたのは水月の半ばごろだった。だが天山でスモモが食べられるのは、例年観月に入ってからだ。
では今はもう夏か。知らぬ間に季節が移ったのか。
この地下牢ですでに五十日近く過ごしているのだと気づいたことは、彼女の絶望をより深めただけだった。そんなにも長くひどい処遇に甘んじているという絶望。もう一生分苦しんだと思ったのに、まだたったそれだけしか経っていないという絶望。
しかし慰めもあった。この日を境に、ごくたまにだが、侍女が亜矢に秘密の差し入れをするようになったのだ。とはいっても飢えた彼女の空腹を満たせるほどのものは、正毅に見つかる危険があるので持って来られない。差し入れは袂に隠せるような、ごく小さなものに限られた。アンズや干したイチジク。落雁や飴。
それらを食べても腹は膨れないが、心はわずかに満たされた。誰からも忘れ去られた自分を、まだ気に懸けてくれる人がいる。そう感じることで、尽きかけていた力がまた湧いてくるように思えた。
スモモを受け取った日から、半月ほども経っただろうか。
闇牢にいると、時はずっと止まっているように感じられる。朝も夜もわからず、夏も冬も同じに思え、一日経ったのか十日なのか知るすべもない。
亜矢は虐待と飢餓でますます憔悴し、それでもまだ持ち堪えていた。
状況にはある程度慣れたとも言えるが、正毅への恐怖心が薄れることはなく、むしろさらに増している。彼が訪れると身がすくみ、近寄られると体が震え、昆虫のように感情のない目で見られるたびに呼吸が止まった。
彼が黙っていると怖いし、話しだしても怖い。室内にいるあいだは早く出ていって欲しいと願い、いない時にはどうか来てくださいと祈った。正毅がある日急に亜矢への興味をなくし、食べ物を運ぶのをやめて地下で朽ち果てさせればいいと考える可能性は常にある。彼女は何よりもそれを恐れていた。
あまりにも何度も殴られて顔の形がすっかり変わり、病に冒された老婆のように体が痩せ細っても、亜矢は今なお心のどこかで生にしがみついている。こんな状態で生きているのはつらく、いっそ終わりにしてしまいたいと思ったことは数知れないが、それでも自分から積極的に死のうとは試みなかった。
脱出も救出も疾うにあきらめ、乏しい糧でかろうじて命をつないでいるだけの日々なのに、なぜまだ生きていたいと思ってしまうのだろう。
箱の中に体を横たえてうつらうつらしながら、亜矢はぼんやりとそんなことを考えていた。
最近ひとりでいる時は、もう鍵をかけられていない箱の中で過ごすことが多い。石造りの牢内は常にひんやりしており、その冷気が弱った身には堪えるのだ。箱に入って蓋を閉めていると多少はましだし、精神的にも落ち着くことができた。少なくとも蓋が閉じられているあいだは、誰かに殴られる心配をしなくてもいい。
だから、扉の開く音が聞こえた時には泣きたくなった。いつだって平穏は長く続かない。
足音が近づいてきても亜矢は動かなかった。正毅が訪れた時にはどこであれ、それまでいた場所に留まってじっとしていなければならない。それが決まりだ。
息を凝らして待っていると、箱の蓋がゆっくり持ち上げられた。近ごろ亜矢はこの重い蓋を開け閉めするのに苦労するが、正毅は片手で軽々と扱っている。
「また、お気に入りのこれに入っていたのか」軽口を叩きながらも、正毅は笑わない。「ヤドカリのようだな」
この日の来訪では、悪いことは起きなかった。正毅はちゃんと食べ物と水を持って来ていたし、亜矢は彼の前で何も失敗をしなかった。
正毅が器を置いて「食え」と命じると、彼女は箱から出て石の床に這いつくばり、茸とも野菜ともつかない何かが混ぜ込まれた薄い粥をなめ啜った。もちろん一度に平らげたりはしない。半分ほど食べ残し、水を少し飲んでから、何か言われるかされるかするのを石のように硬くなってじっと待つ。正毅はそれを黙って見守っていたが、何ら感興が湧かなかった様子で、汚物を捨てに行っていた侍女が戻るとすぐ引き揚げにかかった。
ああよかった、今日はいたぶられずにすむ。さっさと扉へ向かう正毅の足音を聞きながら、そう思って内心ほっとしていた亜矢に、桶を定位置に戻した侍女がさり気なく身を寄せた。
今回は何がもらえるのだろう。美味しいもの? 甘いもの?
心は浮き立ったが、亜矢は期待を顔に出さなかった。正毅が急に振り向いた時の用心だ。そんな彼女に侍女は何も手渡さず、蚊の鳴くような声で耳に囁いた。
「戸の鍵をかけずに行きます」
この人は何を言っているのだろう。
「小半刻ほどしたら、わたしも逃げます」
これは何の冗談だろう。
「外へ出たら右へ行き、壁に突き当たったら左へ進んでください。番士のいない、小さい通用口がありますから」
彼女は最後に一瞬だけ亜矢と目を合わせた。
「姫さま、どうぞご無事で」
すでに階段を上ろうとしている正毅を追って侍女と明かりが去り、扉が閉まり、牢内に闇が満ちた。錠を差す音は聞こえなかったように思う。
亜矢は動けなかった。
突然すぎる好機到来に、体も心も反応できなかった。
混乱しきった脳内には、先ほど耳にした言葉が混ざり合って渦巻いている。それらが整理されて意味を為すようになるまではしばらくかかった。
あの人は、わたしを、逃がそうとしている。
ようやく理解すると同時に、亜矢の全身を凄まじい恐怖が貫いた。
ここから逃げる? 正毅から? 見つかる。きっと捕まる。連れ戻される。もっと痛いことをされる。痛くて、痛くて——痛くて痛くて痛いことを。
ヒッと声をもらし、彼女はその場にうずくまった。体が瘧に罹ったように震えて止められず、歯が激しくガチガチと鳴る。
あれほどまでに焦がれ、待ちわびた救いの手。二度と来ないかもしれない脱出の機会。
わかってはいるが、それを掴み取るための勇気を奮い起こせる気がしない。でも、あの人は小半刻したら自分も逃げると言っていた。そうすれば正毅は異変を察するかもしれない。いや、きっと察する。そしてここへ来るに違いない。無施錠の扉を見て激怒し、牢へ下りてきて、それから——逃げもせず間抜け面をさらしているわたしを見て大笑いするだろう。
〝姫さま、ご無事で〟
あの侍女の囁き声がもう一度聞こえた気がした。
姫と呼ばれたのはほんとうに久しぶりで、そのお陰で自分が何者なのかを思い出せた気がする。
わたしは——この聳城国を統べる大皇三廻部勝元の一の姫。天山の頂点で産まれ育った生粋の雲上人。どれほど汚れ、傷つけられたとしてもそれは決して変わらない。
亜矢は両目ににじんだ涙を払い、萎えた脚に力を入れて立ち上がった。そのまま出口のほうへ、よろよろと歩いていく。
重い枷をはめられた両手が、扉の表面に軽く触れた。
きっと開かないだろう。鍵はかけられているに決まっている。
緊張で吐き気を催しながら押してみると、扉は難なく開いた。何も見えないが、その向こうには短い通路があるのを知っている。慎重にすり足で数歩進むと、爪の伸びきった爪先が何かにぶつかった。ここから階段が上に向かっているのだ。
亜矢は苦労しながら、一段ずつ上がっていった。筋力が衰えているせいで足がうまく持ち上がらず、体重をかけすぎると骨折したまま治療されていない右足の甲に激痛が走る。それでも着実に上を目指し、やがて外に通じると思われる第二の扉に行き当たった。あと少しで出られる。自由になれる。
その扉を開ける前にも、再び吐き気を感じた。ここまでの奮闘が無になる予感に慄き、尻込みしそうになる。
そんな自分を叱咤して扉を押し開け——ふと気づくと戸外に立っていた。
外に出たはずなのに暗い。夜だ。欠けた月が出ている。周りは雑木林。振り向くと、そこには小さな小屋があった。地下に下りる入り口と物置を兼ねているようで、開いたままの扉から中に堆く積まれた荷物の影像がかすかに見える。
わたしはこんなところにいたのか……。
名状しがたい思いに囚われそうになったが、感慨に耽っている暇はない。
亜矢は小屋の右へ向かって歩き出した。地下からここへ出てくるまでに、どれぐらいかかったかが気になる。もうあの侍女は逃げ出したのか。正毅は何かに気づいただろうか。いずれにせよ、もうあまり時はないと思ったほうがいい。
痛む足を引きずって精いっぱい先を急ぎ、やがて教えられた通り壁に行き当たった。化粧漆喰を施した土塀ではなく粗末な板塀なのは、おそらくここが人目につかない屋敷の裏手だからだろう。
進路を変えて壁伝いに左へ行きながら、亜矢は必死に出口を探した。あの人はなんと言っていた? 小さい通用口がある、たしかそう言ったはずだ。どうして見つからないのだろう。もう見えてきてもいいころなのに。ぐずぐずしていたら、屋敷内の誰かに見られてしまうかもしれない。
焦燥感がつのるにつれて、疲労が増して行くように思えた。足にうまく力が入らない。少しでも気を抜くと、へたへたと崩れ落ちそうだ。
わたしは間違った方向に来てしまったの? あの人は右ではなく、左へ行けと言ったのだった?
不安と焦りが涙となってあふれかけたその時、探していたものが行く手に見えた。そこまでの十歩が果てしもなく遠い。だが残る力を出し尽くしてどうにか行き着き、胸ぐらいの高さの扉の前に立つことができた。
「やった……」
思わず声がもれ、別人のように嗄れたそれにぎょっとする。
亜矢は大きく息をつき、呼吸を整えてから扉を押した。ここにも鍵はかかっていない。
腰を屈め、難儀しながら低い戸口をくぐり抜けて顔を上げると、杵築正毅とあの侍女が並んで立っていた。
がたがたと震え出した亜矢を見下ろしながら、残酷な男が鼻を鳴らす。
「充分に躾けたつもりだったが、まだ手ぬるかったようだ」
そして彼は侍女のほうを見て、素っ気なくうなずいた。
「おまえはよくやったぞ」
侍女が彼を見つめながら嬉しげに微笑む。亜矢以上に入念に仕込まれ、飼い馴らされた犬が。
亜矢はがくりと膝を落とし、枷のはまった両手で頭を抱えながら声にならない悲鳴を上げた。
そのあと亜矢は虚ろになり、もう何も感じなかった。地下牢に連れ戻された時も、正毅が「仕置きが必要だな」と言った時も。最後の希望が絶たれたのと同時に、感情も死んでしまったようだった。
裏切り者の侍女は明かりを持って部屋の隅に立っている。しかしその姿が目に映っても、怒りすらも湧いてこない。
正毅は無抵抗の亜矢を箱の前に連れて行き、閉じた蓋の上に手をつくよう命じた。そして開かせた両脚のあいだに背後から体を入れ、これまでに一度もしていなかったことを彼女にした。
聳城国マップ https://13604.mitemin.net/i136505/




